第7話

 通りから見えてた階段を登って、着いた先の左手にチケット買うとこがあったから「一枚」言うて金差し出した。焦ってたんかもしれんし、いきなり金差し出して言うた言葉が「一枚」いうんも、普通や無かったんかもしれんな。言うんやったら「大人一枚」の方が良かったんやろか?「お願いします」ぐらいの言葉も付けた方が良かったかもしれん。アクリルの板の向こうにおったおばはんは、身じろぎもせず上目使いだけで俺を見て、それが妙に恥ずかしかったわ。「妖怪みたいやの、おばはん」思うたけど、何も言えんかったし、何も出来んかった。おばはんは、手元のチケット台紙から一枚ちぎって、お釣りと一緒に水色のトレイ(あの、触っても痛く無いチクチクがいっぱい生えたプラスチックのやつ)の上に置いたんや。

 俺は、もらったチケットを手に持って、さらに階段を登ってった。握り締めてぐしゃっとならんように気を付けて、なるだけもらった時のまま汚さんようにとか、勝手に考えてチケットの端の方を持っとんたんやわ。そしたらその先でボーイさんみたいな人が笑顔で迎えてくれて、差し出したチケットを受け取ってくれたんや。正直、その笑顔でだいぶ救われた気になったわ。なんか知らんけど後ろめたいコソコソした気持ちやったから、なんかあったら諦めて帰ろうとか勝手に思っとった。まあ、金払ったんやから、帰りはせんのやけど。

 「どうぞ」言われて、絨毯の敷かれた小さなロビーみたいなところから両開きの重い扉の片側を開けて、俺は、暗がりの中へと進んだんや。音楽が空間を包んどって、暗い先に明るく浮いたように円形の舞台とそれに続く花道が白く輝いとったんや。

 客席は満席で、立ち見がずらりと横に並んどった。あんまそんな様子を想像しとらんかったから驚いたんやけど、俺はとりあえず見てる人の邪魔にならん場所までそっと移動したんや。舞台の上で羽衣みたいな布生地をひらひらさせとる人がおったのは分かっててんけど、とりあえず落ち着ける場所に行くんが先決やった。ここやという壁際のとこまで来たら、一息ついて、壁にもたれながら前を向いたんや。

 女の人は、すううっと手を横に伸ばして、その動きに連られたように首から上がくるりと向こうを向いてまう。腕から胸を覆うように掛けられた半透明の布が泳ぐように宙を掻いた手に絡まって、ひらひらと腕の動きを追っかけて、黒い虚空に白くはためいておった。

 俺は、それを見たとき、何やこれは?と思うた。なんか見ていたその映像が時代を超えて過去の出来事でも見てるような感覚やった。そやけど、音楽は町の通りでもかかってる最近のバラード調の曲で、踊っとる女の人も上半身は裸で下はパンツだけやった。それで、そうや俺はストリップ見に来たんやと思い直したんや。

 俺は、踊っとる人の顔をよう見ようと思うた。そやけど、女の人は、ゆっくりと常に顔の角度を変えながら踊っとって、おぉ、こういう顔やったんかいう印象ができるその既の所で、くるりと後ろを向いてしまうんや。ひらり、ひらりと、まるでこちらの気を弄ぶように、舞台の花道を行ったり来たりしながら、そんでも忙しないわけでもなく、くねくねとその場にしゃがみこむように腰を落として、そんな様子に・・・・・・まあ、見惚れとったんやな。

 俺は、そんな女の人に釘付けになりながら、頭では冷静に、俺、見惚れてるなあと思うとった。そんときに頭に浮かんだんが、天岩戸の話ですわ。あん時の男の神様は、こんな感じやったんやろうか?いうこと。実感として、それ、分かるわぁいう感じで、エロスというより、下心というより、ただ単に気になってしょうがないというか、見ずにおれんというか、見落としてたまるかという、あん時の神様の気持ちがようようわかったんや。

 正直、暗い空間に放り出されたような感覚で急に見た光景やったからそう感じたんかもしれんかったし、少し冷静になってみて、最初思うたより女の人が歳をとっているように見えて、踊りのルーティンで髪をほどいたりパンツの紐を取るんを見て、やっぱそうかと、俺は、ストリップ見に来たんやなと思い直したんや。

 その女の人は、それから一応のルーティンを踏んで舞台を降りて行かはった。途中、そんなアクロバティックな格好もするんかいなと驚いたりもしたけど、一度冷静になってからは落ち着いて見れたんやないかとは思う。そやけど、思うてた以上に、下心は頭を擡げずにおった。そういえば、不思議とその感覚は、その先も続いてそうやったわ。正直いうと、全くそうじゃ無かったといえば、それは嘘やわ。ずっとそうやった。そうやったけど、そういう思いは初めから最後まであったけど不思議とメインじゃ無かったんやな。

 それからも何人かが舞台に出てきて踊って、その内に気付いたんやけど、その舞台全体が歌舞伎かなんかの話を模してて、その話に沿った内容で所々舞台っぽく、そやけど役者って訳でも無いから所々冗談ぽく、素人っぽく、お色気ありの、お色気ありきの、まあ・・そういう演出やったんやな。なんか初めての感覚やったわ。舞台を見ているような、エロを見にきてるような、ようわからん感覚で、女の子が舞台上で股開くんを凝視しとった。

 それからも、女の人が舞台の上に出ては踊って、降りて行った。そうしてしばらくして、ある女の子が舞台に上がったんや。俺は、ようわからんけど、すごくその子が気になったんやわ。何で気になったんかって言われれば、まあ、顔がタイプやったんかもしれんけど、なんかな、すごいぎこちなかってん、その子。踊りもそんな上手い訳でも無くて、おっぱいもお尻もそんな大きくも無かった。どっちか言うたら痩せてる感じで、頼りなかった。そやけど、見てて、動きになんかたどり着きたい線を感じたと言うか、やりたい動きが伝わって来たって言うか・・・・・・出来てへんねんで、全然伸びもキレも足りてへんけど、やりたい事だけはどんどん伝わって来たんや。そんで、そんな彼女を見てる内に、俺も「頑張れ」「もうちょい」とかいつの間にかそう思うとった。必死に、そこに辿り着こうとする強い気持ちを感じたんや。そういう自分に向き合って、対話しようとする彼女の姿も、そこに感じられた。音楽のメロディーや強弱に乗せて、そんな彼女の気持ちが高ぶるんが見て取れたんや。そん時に思うたんが、この曲、彼女の選曲ちゃうやろか?という思いで・・・・・・それが当たってるんか外れとるんか、そんなんどうでも良くて、ただ単に、その瞬間に彼女が弾けてしまうんや無いかと心配になるくらい、今、その瞬間の彼女が伝わって来たんや。だからルーティンで脱いでいく衣装とか、下着とか全てをさらけ出して、それが痛々しくもあって、それでも、それが今の自分なんやと、見て欲しい、受け入れて欲しいと。まあ、ほんま、それってこっちが勝手に感じてる事なんやけど、そう思うたら舞台上の彼女の仕草にプロとしての誇りや冷たさを急に感じてもうて、勝手に距離感を感じてしもうたり・・・・・・もうゆらゆらと揺らぐような気持ちで彼女のことを見ていたんやわ。

 それからしばらくの間、その女の子が舞台を降りて行ってからも、彼女のことを考えとった。それからも何人か別の女の子が舞台で踊ってたんやけど、そんな風に感じたんは、その時だけやった。

 それで時間が来て、その舞台が終わったんや。カーテンコールみたいなんもあって、その子も舞台におったけど、そん時は普通やった。人が立ち上がって劇場から出て行くんを見ながら、上手いことその流れに乗れる気がせんで、しばらく人がおらんようなるまで壁際でじっとしとったんや。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る