第6話
駅のホームには、何回も階段を上がった先で、やっとたどり着いたんや。そこを目指してた人は他にもいっぱい居たんやけど、たどり着いた向かいのホームに着いた電車から大勢の人が降りていって、急に階段の先に消えて誰もおらんようなったん見てたら、自分だけが取り残された気になってしもうて、立ち止まってしもうた。
実際、こっち側のホームには何人も人が同じように立ち止まっていて、電車が来るんを待っとった。だから、別に特段変なことでも無いんやけど、いつまでこうやって待ったらええんやろうと、さっきから気になっとった。
買い物袋を持ったおばはんも、こうやって東京で見てみるとなんか品があるなあぐらいには思うてまう。ただの紙袋やん。それでも、なんで東京なんかなあ、なんで東京なんて来てもうたんやろうなあ。なんか知らんけど、見るもん出会うもん、みんな洒落てるように感じてるわ。俺も、そんな洒落たもんになりたかったんかなあ。なんか馬鹿らしゅうなって、他所向いて、そういえばおかん元気にやってるんやろうか?思うて、気付いたら、ホームの屋根の切れ間から青い空を見上げとった。白い雲がモコっと浮かんでて、全部の形は見えんかった。そんだら、そんな瞬間に電車が目の前過ぎてってキイイーって、ブシュウーって、バカンっていうて扉を開いとった。
まあ、着いたんやからアナウンスもあってんやろうけど、あんまそれには気付かんだわ。まあ、ええやん。誰もおらん車両に乗り込んでどこに座ろう?どこでもええやん、どこだってええ。真ん中か?端か?優先席は避けなあかん思いながら、長い座席の一番端に座った。そこから一番よく見えたんは、美容整形の広告やった。ぱっと見で、何の広告か良うわからんかった。白地の背景に可愛いお姉さんがこっち見てて、なんか知らんけど清潔感のある笑顔やった。アルファベット3文字で会社名が書かれてて、何のことか訳もわからへん。そやけど、確かに悪い印象では無いわな。この笑顔のお姉さんは、ほんまに可愛くてええやん。
電車はしばらくしてから、ごとん言うて動き出した。いつの間にか人も乗って来てて、何人かは前の席にも座っとった。
「お前、東京なんて行って何すんねん?」
何年か前に誰かに言われたことを思い出した。
「別に、働くねん。」
「何して働くねん?」
「ええやん別に、何でもええわ。金もらえるんやったら何でもやるで」
「大阪でもええやん」
「大阪も京都も、もうええねん。疲れたわ。」
「何やねん、それ」
何に疲れとってんやろうと思い直したわ。簡単に言えば、人ってことやろか?身内にしても、友達にしても、何か自分のやること為すこと「見られてる」って感覚が嫌やってんやろうか?どうなんやろう。自分のことなんやけど、それも良くわからん。そやけど、何か疲れとる感覚はよう覚えてるわ。気だるく纏わりつくような感覚やったわ。それって、こっちに来て何か変わったんやろうか?まあ、あん時の感じとは、今は違うかなって思いもするけど、それって変わったんやろうか?まあ、身内とも友達とも連絡を取らんようになってから随分楽にはなったかな、ほんま。
身軽になったって言うんやろうか?どうなっても、どないになってしもうても、まあええかとは思ってるし、それで結果どないもならんようになってもうたとして、最悪は孤独死ってこと?それっていつ頃のことなんやろう?今から10年後?20年後?それとも来年あたりにそんなことなっとんのやろうか?えらい迷惑なことやけど、自分がもう死んでるって考えられるだけでなんか綺麗さっぱりな感じがしてもうてんねん。
昔、トムソーヤにそんな話なかったかな?草原で寝転んでるトムが死んだ子供のことを思い出してるようなシーンやったわ。漬物石みたいなサイズの石がその辺に転がってて、どこまでも広がった草原の草が強い風に吹かれてて、バササッ、バササッってなってる。結構な風やねんけど、トムはそんなん全然気にもせえへんで、葉っぱかなんか口に咥えながら頭の後ろで手を組んで、その子供のことを思い出してる。なんかな、そんな感じの印象になってしまうねん。
電車は、始発の駅を出てからしばらくは人気のある駅に停まっていく。だから、いつの間にか電車ん中は人でいっぱいになっとった。目の前に茶色いブレザーがゆらゆら揺れとったり、がやがや言うてつり革持つ人が目の前でぎゅうぎゅうやってる様子を見上げるしか無かったわ。まあ、座れてるんが何よりやし、こっちはこれから先もしばらく乗るんやから、安心して座っとったんや。
良かったなあ。こんなときに優先座席にでも座っとったら、そりゃあえらい目に遭いますで。電車ん中いうんは、まあ結構ストレス・フルな環境やから。そりゃあ、そうやで。普通に生活しとったら、肩に触れ合うぐらいの距離に他人がおることなんてのは、まあ無いわな。そやけど、電車の中で混んどったら、肩が触れ合うなんてのは普通で、ひどいときはギュウギュウに押し込まれて自分の背中に触れとんのが他の人の肩なんか腕なんか、肘か膝なんかもわからん。握り飯のなかに握られた酢昆布みたいな気分になるわ、ほんま。それでゆらゆら揺らされて、倒れんように足場だけしっかりしとこう思うて踏ん張んねんけど、そこに他人の足なんかがあったら、それってもう海に生えてる昆布と同じ状態ですわ。足がほんまは地面で踏ん張ってたいんやけど、誰かの足踏むわけにもいかんから、片足なんかは、もうつま先で踏ん張ってる状態で、腕の力でつり革にぶらさがっとるようなもんです。へたに手を下にしとったら痴漢やなんかと間違われるし、なるべく人の見えるとこに両手は持ってきといて、手すりやドアに手ついて何とか倒れんように半分他人にもたれかかってても体重は極力かけんようにしやんといかん。まあ、その電車ん中は、そこまで酷うは無かったんやけど、とにかく電車の車内いうんはストレスで一杯なんですわ。
そんな中で御年配の方は、立ってるんも辛いんやろうし、年金いうたかてもらえる額は知れとる方もようけおらはるやろうし、年取ったら身体も思うようにならんようなってもうて、色んなことにイライラしはるんも、良う良う理解できる。そんな御年配がやで、目の前で若いやつにこれみよがしと優先座席に座られとったら、一言も言いたくなるやろな。
「ちょっと、君。そこは優先座席ですよ。」
そう若いもんに声かけたら、まず聞こえん振りをして
「知ってます」とか
「すぐ降りるんで」とか、
言われた方もなんか反射的にイラッって来てるんもわかるし
「すみません」とか
「どうぞ、座ってください」とかは、相当人間出来てやんと言われへん。中には、
「席、ゆずるんはいいけど、お前にはゆずりたくない。」とかいうやつがおったら、そりゃ誰でもキレてしまうわ。
御年配の方は、そんなシミュレーションを頭ん中で何回もやってるから、
「そこは、お前!優先座席やろっ!!」
言うていきなり怒鳴らはんねん。やっぱりそんなクレームみたいなこと、誰だって言いた無いし、口に出すまではすごい勇気もいるやろうし、何度も頭ん中で繰り返して注意されてんねん。色々考えて「放っておこう」「いややっぱり言ってやらないと」いうてシミュレートしてんのに、若いもんは一向に席をゆずろうとせえへん。そやから
「何度も言わせるな!」
「言っただろ!」なんて一度も聞いたこと無いことを口走らはるんやな。まあ、そういうことになるから、優先座席なんかは、空いてても絶対に座ったら、あかんねんな。
電車ん中がえらい混んだんは、ほんの数駅の間だけやった。百貨店や何かがある駅を過ぎたら、まあそれなりの空き具合になって、それからしばらくは人が乗って、降りて、乗って、降りて、だんだんなんか空気ものんびりした雰囲気になってきたんや。地下鉄で外も見えんのに、のんびりした空気ってどっから感じてんの?と思うたけど、それって周りの乗客の人から来とったんやわ。
どっかの駅を過ぎた辺りからか知らんけど、なんか穏やかぁな感じになって、親近感が沸いたというか。ふと周り見たら、話してるおばはんやおじさんがにこやかに笑ってて、別にけたたましいわけでもうるさいわけでもあらへんで、何なんやろうな?急にほっと安心したんやわ。斜め前の扉の前には、もうええ歳になったじいさんが駅のホームの清掃員の格好してて、同じような歳の同僚みたいなじいさんと小声で話して、ニコッと笑っとった。
もしかしたら、そのじいさん達は長い間一緒に働いとった兄弟か友達なんかもしれんなぁって、ふとその時に思うたんや。思いついたようにそんなイメージが浮かんできて、一緒に過ごした何とない仕事中の時間とか、プライベートの時間とかが不意に伝わってきたって言うか・・・・・・ああ、素敵やなぁって瞬間的に思うとったわ。
最終駅には、それから20分ぐらいで着いたわ。地下の構内から階段で上がって、あても無く歩いとった。まあ、人の歩いてる方についてったら、それらしい所に出るやろう。5分も歩かんうちに屋台の出店みたいなんが並んでる通りに出て、お祭りみたいやなあ。何売ってんのか見てみたんや。ピーナッツの甘くコーティングしたやつとか、観光地のお土産みたいなんとか、りんご飴やったり、あんま大して買いたなるようなもんは何もあらへんかった。ただ、歩いてる人たちも外国の人がいつの間にか多なっとって、やけに高いテンションで笑うたり手上げて連れを呼び寄せたり、そんな中で屋台の店ちゅうんは原色系のビニールテントで陽気な色合いの品物やから、道に歩いてる人らもいつも以上に陽気にはしゃいでるように目に映った。あー、観光地なんやな、ここは。
観光地に来て思うんは、いっつもこんな感じなんやろうか?いうことやけど、多分そうやねんな。そやけど、別に観光地で働いてる人がみんな客みたいなテンションでやってるんかいうたら、そうでも無い。客と店員の手前、一応合わせてくれてるけど、時間が来たらさっさと帰る準備して、家帰ってから飯食うこととか考えてんのやろうね。
客からしてみれば、下町の人らは年がら年中お祭り気分で夢ん中をふわふわしてるみたいに感じるけど、そんなんミッキーのぬいぐるみの中の人と一緒で、基本プロ意識で合わせてくれてるってなもんで、夢の国でもなんでも無い。それは、造られた幻想なんですわ。そう考えたら、露天の兄さんの表情も、頭巾被って店のショーケースの後ろで笑顔振りまいてるおばさんも、ぜんぶ嘘くさく思えて来るんやけど・・・・・・でも、なんかなあ、みんな、この町のことは好きなんやろうなぁとは思ったわ。合わしてもらってるとしても、悪い気はせんかった。
それから、裏通りの一つを歩いとったら、道端で若い女の人とおっさんが飲んどって、豪快に女の人が笑っとった。どんな関係やねんって横目で見たけど、店員さんも周りの人も気にせんと和かにそんな様子を眺めとった。
その通りを抜けて歩いた先は商店街のアーケード通りやった。日差しがテント生地で遮られ、そんな柔らかい日陰を歩いとったら、急に空気がひんやり落ち着いたように感じたわ。そやけど、そんな印象も一瞬やった。いざ右に折れて、メインの通りに出たら、観光客はあっちもこっちも店の前に群がっとって、そんで何か買うてるんかいうたら、意外にそうでも無い。まあ、俺もそんな観光客の一人やってんけどな。
大して見るもんないなぁ、人が多いん除いたら地元の寂れた商店街とそう変わらんのちゃうかあ思うたら、和物の扇子とか下駄とか置いてある店が目に入って、そんなんは京都ぐらいに行かんとやっぱ無いかな、まあ下町なんやなあと思うに至ったんやわ。
俺は、そんなアーケード通りを抜けた辺りで豚まんでも買おうかと、ちょうどそれらしい店にふらふらと立ち寄ったんや。なんで豚まんなん?思うかもしれんけど、それはまあ、なんか店で買い物せなあかんような気になっとったわけで、かといって別に欲しいもんがあるわけでも無いし、荷物にならへんもんいうたら食いもんしか無いやろ?かといって店に入って一人で食う気もせんかったし、手軽に食べれるもんで、店に入らんでええいうたら、まあ豚まんかな。そこらへんに腰掛けて食えるもんやったら、クレープとかでもええんやろうけど、下町でクレープいうんもどうなんやろう?っていうか、正直クレープは食べたいし、旨いねんけど買うん恥ずかしいねん。
そんな人の目ばっか気にしてアホとちゃうかと思うけど、こればっかりは恥ずかしゅうてようやらん。豚まんやったら全然オッケー、そやけどクレープいうんは買うんも食うんもなんか知らんけど恥ずかしゅうて想像したくも無いねん。不思議なもんでっせ。
テイクアウト専門の窓口から豚まんは無事に購入して、次はどこに座って食べよう?どこでもええんやけど、そんでも言うたかてそこらへんの壁にもたれてもぐもぐいう訳にもいかんやんか。公園とかでもよかったんやけど、そんなもんは見つからへんかったから、なんかちょっと開けたとこにあったスーパーの入り口に置いてあったベンチを見つけて、これええやん思うて腰掛けたんですわ。入り口前やから、人の往来は結構あって、ちょっとゆっくりしたいイメージとは違ったんやけど、まあええ感じやった。そんでもって、ようやく豚まんを袋から取り出して、かぷっと食うたんですわ。まだ熱々やったから、はふはふ言うて、ほふほふしながら食べたんです。
そやけど普通やった。ほんま、ただの肉まんですわ。下町やからって特段ジューシーでも何でも無くて、もちろんまずくも無い。まあ、肉まん。正直、変な期待しとった自分がちょっと情けなく思えたわ。そりゃそうやで、どこで食うたって肉まんは肉まんや。肉まん言うてもただの肉まんや無いやつ食いたいんやったら、それ、場所間違うてます。3倍以上の値段払うて、横浜の中華街でちゃんと下調べした店に並んで、拳より大きいぐらいの肉まん買うて、初めて「違い」云うんが実感できるんとちゃいますの?そりゃそうや。なんか下町の豚まんに悪いことしてもうたような気がしとった。
ベンチは禁煙やったからタバコも吸えんとお茶も買うて無かったし、あんま人の見てるとこでぼおっとしてても気味悪いから豚まん食うて程無く立ち上がって、歩き始めることにしたんや。アーケードの方角へ歩いとったんやけど、せっかくやから通ったこと無い通りを歩きながら何かおもろいもんでも無いかと探しとった。やけど、そんなおもろいもんなんかあっちこっちにある訳も無いし、まあ下町いうんは、こんな感じなんやなぁ思うとったら、落ち着いた通りの外で一列に人が並んでる洋食屋があった。人通りも多ない場所やのに、えらい人気あるんやなあ思うたら、テレビとかでも何回も取り上げられてる有名な店やったんですわ。
へえって興味はあったし、食うてもみたかったけど、一人で食うんも並んで食うんも何かなーって感じやった。女の子と来てて、その子が行きたい言うんやったら全然待つんもオーケーやし、味がどうなんかは食うてみんとわからんけど、それでもお互いの話題にはなるやん?「そう言えば、浅草で洋食屋行ったん覚えてる?」みたいな感じで。そやけど、一人やったらどうなん?「浅草で有名な洋食屋行ったんやけど」とか話振ったところで「で、どうやったん?」って言われて終わりやん。その後の会話いうたら「まあ、旨かったわ」とか「いまいちやった」とか、どのみち「そうか」で続かんわな。まあ、続いたにせよ「何なん?食い物屋めぐるんが趣味なん?」とか言われても「いや、別にそんなこと無いで」としか言えんし、まあ、そんなパーソナルな経験を誰にも言えんと内に秘めとくいうんも重たいし、結局、外の灰皿置いてあった場所でタバコだけ吸わしてもろうて、窓の外から店の様子を伺うだけにしたんや。
外から見るお客は、誰もが嬉しそうな顔しとった。真っ白の分厚い皿に盛られたエビフライとかハンバーグ、そんなんとコーンとグリンピースの入ったニンジンのグラッセが、まあ彩り豊かで豪華そうで、何見ても旨そうに目に映ったわ。そんな様子を「ええなあ」思うて見とって、ぷかっとタバコをふかしたんやわ。多分、飯が旨いんもそうやろうけど、あんだけ待たされたんやからいうんも手伝って、もうワクワクなっとるんやろうね。ええな、そのワクワク。俺はあんまじっと見とっても失礼やからと思うて、タバコを吸い終わったらそのまま通りを歩いて行列を追い越して先へと行ってしもうた。もうそうするより仕方無いちゅう感じやったんですわ。
行き先も無い、目的も無いっちゅうんは、たまにはええんかもしれんけど、ずっとそんな感じいうんもほんま、寂しいもんでっせ。なんか世の中から置いていかれたみたいに思えてきて、そんでも自分でそうしたんやんとか言われて、まあなんとも言葉を失くしてしまいますわ。確かにほっといてくれとは思ってて、そんで実際にあんまりほっとかれたら「俺って何なん?」とか自問自答始めて、頭ん中がアルファ波ばっかやで、歩く度に景色もぐわんぐわん揺れてるようなってきて、もうええかげん誰か相手してえなぁって思えて来る。
「寂しいんか?」急にそう言われて、何て返したらええねん?別に、そう言われてもよう分からんわ。「友達はどうしてん?」もう、おらんようなってしもうた。もうええねん。何話しても場違いみたいな感じしかせえへんし、お互い立場も大切なもんも違ってもうてるから、一緒にいても辛いねん。
そうなんやろうな。それが生きてくってことと違うの?どっからどんな感じで一緒になったんか知らんけど、流れていくうちにバラバラになったかて、もともとはそうやったんやし、自然な流れと違うんかな?色んなもん背負い込んで、形にもならんこと掻き集めて、その分どっかで軽くなって行くんやで。
俺は、見たことも無かった下町の景色の中で、急に寂しゅうなってしもうた。別に風邪引いてる訳でも無いのに、身体が小刻みに震える感覚があって、どっからこんななってしもうたんやろうと、どこで間違えたんやろうと、自分に聞いたって何の声も聞こえてこんかった。
そん時に顔を上げて目に入ったんが、演芸ホールの幟やった。黄色や緑の旗に墨文字で色んな名前が書いてあった。赤い提灯がいくつもぶら下がっとって、赤とか黒とか緑とか、なんか歌舞伎揚げの袋みたいやな思うたわ。
公演時間は、ようわからんかったけど、窓口でチケット買うて昔の映画館みたいに細い階段登って2階から劇場に入ったんや。人は意外にようけ入っとった。かろうじて空いとったバルコニー前の席まで移動して、かがみながら座席の座るとこを倒して腰掛けよう思うたんや。そやけど、跳ね上がっとる座席のシートのばねがもう全然あかんようなってたから、ぎぎぎーいうて変な音して、ばたんいうて音あげて座席に座らなあかんかった。周りの人は気にもしてへんで、舞台上の人も何も無かったように座布団の上に座って話しとったわ。
落語なんて見るんも初めてやったから、何を見ていいんかどうしてええんかさっぱりやった。ようわからんから、とりあえず入り口でもらった上演スケジュールみたいなん見ながら、舞台の人の話を聞いとった。まあ、劇場いうから映画みたいなんかなあとは思うたけど、場内がそんなに暗くなるわけでも無いし、なんか後ろの席のおばはんは、ごそごそやりながら見てるし、そんな静かにせなあかん感じでは無かったな。
落語の話は、正直ようわからんかった。相撲の話で、弱くて負け続ける話やったんは覚えてるけど、それの何がおもろいんかがわからんかった。なんか相撲取りと「最近、調子はどうなんだい?」と粋な感じでしゃべってんのは、ようわかったんやけど、プロの相撲取りやのに負け続けてるってだけで聞いてるこっちが心配になってしもうて、話どころや無かったんや。相撲取りの話し口調がへらへらというか、憎めへんやつみたいな感じでそうなっとるんやろうけど、負けが続いとんのやからもうちょっと緊張感あってもええんと違うかとか考えてもうて、気が気でなかったわ。何日目は、こうやって負けまして、何日目は、こうやったら負けました。そんな話が延々と続いておったんやわ。こっちは落語の流儀も歴史も知らんから、どうしたらええんやろう?思うてる間に、さらっと話が終わって、噺家さんはそそくさと舞台をはけて行かはった。なんかえらい綺麗にまとまったけど、これが落語ちゅうもんやろか?今のんが「落ちた」言うんやろか?そう思うて、誰もおらんようなった舞台をじっと見とったんですわ。
お客は、舞台が終わると一斉にがやがや・ごそごそ始めとって、周りで人が立ち上がったりすんのを感じながら、さっきの「落ち」を思い出そうとしとった。何やったんやろう?どんなオチやったっけ?話を思い出そうとするんやけど、なんでまとまった感じになったんかも思いだせんで・・・・・・何がおもろかったんやろう?と、また考えてもうた。そんな感じで、それから色んな別の人が舞台に上がっては、話をして、まあ結構長い間話して、舞台から下りて行かはった。
たまたま相性の悪い日に行ってしもうたんかもしれんし、そもそも何を期待しとったんやろう?夜まで時間潰そうと考えとったんやけど、そこまでは持たんかったわ。外に出ると、ぽつぽつ小雨が降って薄暗うなっとった。さっきまでは、そこそこ晴れとったのに、雨かいなと思いつつ、こっからどうやって過ごそうかなあと考えとった。せっかく来たから夜までは居りたいけど、飯食うたり酒飲んだりする気分でも無いし、どないしょう?
俺は、小雨の雨粒を避けようと建物の屋根伝いに歩きながらどこに行こうか考えとったんや。屋根伝いに歩くいうても、すぐに屋根みたいなんは無くなって、しばらく濡れて歩きながらまた屋根の下に来て、立ち止まっては辺りをぐるぐると見回しとった。上を向いたら、灰色の空から銀色みたいな小さい水滴がなんぼも迫ってこっちに落ちて来るんが見えた。槍みたいにも見えて、そやけどそんなんただの雨粒やん。なんぼ降られたって、痛くも痒くもあらへん。目を大きゅう見開いて、古代中国の英雄になったような感じで槍でも矢でも何でも来いヤァー!ってな感じで小さい雨粒を顔で受けてみた。まあ、想像やけど、何か知らん無双感みたいなんは、ちょっと感じられたんですわ。
なんちゃってなんて思いながら、正面に視線を切り替えて、それで目に入ったんがストリップ劇場の看板やった。見た目があからさまや無かったから、キャバクラかなんかと思うとったんやけど、ようみたらストリップやった。急にムラっと来て、行くか?とも思うた。一度ムラっとしてもうたら、目を離して向こうに行こうかとも考えても、視線が戻ってまうっていうか気になるって言うか、なかなかそれ以外のことを考えられんようになってしもうとった。
それからバレんように横目でちらって見ながら5分ばかり考えてた。行こうか、行かまいか。そやけど、他にすることも無かったんやし、頭ん中がそればっかりになっとったし、基本的にもうあらがうんは無理やった。俺は、しっかりと目的を持った足取りで、その通りを渡る。雨が降ってるんも、人に見られるんも、気にならんかった。降ればええやん、見ればええやん、俺はストリップに行くんやって思うて、その通りを渡ったんですわ。
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