第5話

 その大きい駅は、しばらく見ん内に随分変わっとった。歩いてる歩道のすぐそばに広告の洒落た電光掲示板みたいなんがあって、何かの映像を流しとった。スクリーンやわな、ただの。でもなんか柱っていうか、支柱みたいなんの側面に連続して映像が流れてて、そのツギハギのスクリーンの中で綺麗なお姉さんが歩いてるように見えて、これって何なん?って思うてる内に、隣を歩いてるように見えたそのお姉さんはだんだんでかくなって画面に連続して映し出されてて、なんか一緒になって横を歩いてた俺は、急に自分のサイズに馬鹿らしくなって立ち止まってしもうた。

 あかんやん。それって、もう広告に飲まれてるで、っていうか、コマーシャルに見惚れてるやん。でも、なんかそんな感じがどっかの国の空港を思い起こさせたんや。この感じどこかで見たことあるよななんて思うてから、それって昔の近未来映画の背景に使われとったでっかいテレビの広告塔にそっくりやんって思い出した。わかる?あの日本と中国が混じったような近未来の都市で「ようこそ」みたいな文字がピンクと水色のネオンで真夜中にパチパチしてる感じっていうか、そんなん。

 どんって、前から歩いてきたビジネスマンにぶつかって「すいません」言うて謝って。あかんやん。しっかり前見て歩かんと、都会に住む人になりきれてへんやん。都会になりきるって、どういうこと?都会には、なりきれへんやん。なりきるんやったら、都会に住む人やろ?都会に住む人って、どういうことなん?都会には、住んでるやろ。誰だって、住んだら住んでる人やろ。でもな、なんかな、思うてまうねん。ここは流れに乗っとかな、馬鹿にされるって。馬鹿にされるんが、そんな恐怖なんかな?まあ、そうなんやろな。笑われたら、あかん。そうやって緊張感保って、俺もそうせな思うて、服でも時計でも仕事でも女でも合わせて、まあ結局、金があるか無いかやねんけど、そんでもあいつよりマシ、あいつよりマシ、あいつなんか俺より酷いやん。みたいな?でもなあ、正直思うんは、そんなんえらい無駄なエネルギー使うてるなぁいう実感やわ。どんな幸せな状況に自分を置けたかて、幸せやと感じられへんだら、意味無いやん。反対に、あー、この一瞬、俺って案外ラッキーかもって思えたら、それで幸せなんとは、違うんかなあ?

 久しぶりに大きい駅でううろうろしてたら、そんなことばっか考えてまうわ。それより、地下鉄の行き先表示ちゃんと探さなあかん。山吹色のやつ。黄色っていうかオレンジっていうか、山吹色の丸の表示のやつ。上ばっか見て歩いとったら、背が伸びた感じするわ。背伸びしてんのちゃうの、俺?あぁ、見つけた。あっちの方やん。とりあえずこのまま真っすぐでええわ。

 真っ直ぐ歩くんって、難しい。まず真っすぐって、どうやってわかんの?足元のタイルの線をずっと目で追って歩いとったら、まあ真っすぐには歩いとるんやろうけど、そんなん歩いてるってもう言わへん。やっぱ歩くんやったら、目は向こうの方を見て、近くの障害物なんかは俯瞰しながらあることを目の端ぐらいで捉えながら進むんやろうけど、そうやってあんま遠くの方に焦点を置いて歩くと距離感かてうまく取れへん。1点を見据えながら、スピードの強弱をつけて、まるべく真っ直ぐ歩く。そうやって歩いたとして、ほんまにそれが真っ直ぐなんかってもう、わからへん。曲がってたって、ありやろ?っていうか、曲がらんと歩くことが不自然なんやと・・・・・・曲がらんことには、目的地にたどり着かへん。

 今のは、曲がったんやろうか?曲げられたんやろうか?そんなこと言うたかて、しゃあないやん。そのまま真っ直ぐ行ったとして、誰か褒めてくれるとでも俺は思ってたんやろうか?そう思うてたとして、昔の自分に褒められたとして、それで何やっていうんやろう?ずっと、そこに居ると思うとった自分の幻影みたいな、背中丸めて陰の中で泣いてると思うとった幼い頃の自分いうのは、どこに行ったんやろう?ずっとそんな存在を感じながら、大切に守ってやらなあかんという気がして、そんでもそんなもんっていつからおらんようなってしもうたんやろう?始めからおらんかったんやろうか?俺は、そんな自分に「お前、凄いな」なんて言うてもらいたいと思うとったんやろうか?そんでな、冷静にそんな自分の中の空間を見つめ直したとしてやで、そんな空間に居ったんは、実際は、死んだ人間だけやった。忘れたら消えてまう、幻みたいになってしもうた奴だけが、そんな空間にふわふわ半透明になって漂ってたんや。

 

街の雑踏は、少し高い場所から黙って見下ろしてると意識の集合体が蠢いてるように見えんことは無い。それって、まあ毛虫みたいに思えんことも無い。やけど、嫌な感じは全然無い。なんかキラキラ輝いてるように見える。それぞれが何処かに行こうとしてんのが伝わってきて、ばらばらやねんけど、ぶつかりそうに見えて止まらずに交互に行き交う流れが生き物のように思えてくる。

そんな人々の足元からふわりと風が吹き上がったら、地面はべろんとシールみたいにめくれ返って・・・・・・それでもみんなは動揺もせんと歩き続けるんやろうか?多分、そうなんやろうな。それって結構な景色やと思う。それぐらい、その雑踏の意識はしっかりとそこに存在してる。

 ほんまはな、こうやってずっと止まって景色を見てるんは嫌いや無いねん。やけど、変な奴やって思われたらあかんやろ?だから、ちらりと横目で見た景色を自分の意識の中でぐうっと引き伸ばして、今見てるねん。周りから見たら、一瞬外の景色を見ただけにしか思えんけど、自分の中では、そうやって引き伸ばした景色を何度もリプレイして実像の色付けをしていくねん。だから、余計に他人からどう見えてるんやろうということが気になってしょうが無いんかもしれへん(っていうんは、やっぱ実際と自分の中のイメージの『誤差』っていうんが自分でもすごい気になってるもんやから)。実際はな、あんま誰も気に掛けてもおらんし、うまいこと紛れて生きてるんやろうけど、ちらりと目の奥に見え隠れしてる光なんか影か、ようわからんけど、そんなもんが他人に恐怖を与えてまうなんてことは、やっぱ避けないかんよなとは思ってんねん。

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