第2話

いつも通る道を歩いとったら、自然と駅に向かっとった。電車に乗る予定なんぞあらへんのやけど、これはもう条件反射って言うか無意識の刷り込みって言うんか、とにかく思いついたままに歩いとったらそういう結果になってしまうってことや。それはそれで、しゃあない。自分で決めて思うままに歩いてみいって、自由を与えてもうてるんやから、それを「こんなん、せっかく散歩しとんのに、いつもの道やんけ」言うて「こっちや」なんてやってしもうたら、そんなんもう自由でも何でもあらへん。そんなら何で「好きに歩いてええ」言うたんや?ってことやん。結局やけど「自由にせい」なんて言っといて、ほんまに自由なことなんて、なんもありゃせんちゅうこっちゃ。

そりゃそうやで。大体「好きにしてええで」言うといて、そんなんよう決められんから言うてるだけで、ある程度の方向性ついたら「あぁ、それ違うわ」とか言われんのが、普通やわ。そんなんまだマシな方で「それは、あかん」「これは、こっちや」とか思いつくままに主導権奪われて、そんなら自分でやったらええやんってことになるわな。これって、まあ自然な流れや。誰も悪い訳や無い。思いつく方も最初は全然イメージ湧かんから「好きにせい」言うてるだけで、初めっから考えとけ言うんも酷やし、そんでもってやってる内にイメージが出てきて「ちゃうちゃう」ってなる気持ちも解る。でもな、そうなるとやで「違うんやけど『好きにせい』言うたから、何か言うの悪いなぁ」とか思うとったら、結局そんなん「なあ、言うたやろ?」云うような結果にしかならへん。もう解ってあんねん。何も言わへんだら、そのまま駅に着くやろ、そんで「どうすんのやろう?」思うてたら、いつも乗る方面の電車に乗って「おお、そうやな。いつも、この電車乗ってんで」とか思とったら、また条件反射でいつもの駅で降りてもうて「おいおい、どこ行くん?今日は、仕事ちゃうから・・そっち、行くんか?」とかいう間に、職場のビルの前でボォーっと思考が止まったまんまになるんが落ちや。って云うか、それはオチでも何でも無い。

だからやで、こう云う時は「おぉ、ええ事思いついた!」そう言うてみるねん。多少芝居がかってても、ええやん。「腹、減ってへん?蕎麦でも食わんか?」言うて、何とかルートを変更すんねん。そんで、蕎麦食うてる間にそれからどうするか考えたらええねん。提案型っちゅうやつや。そうでもせんとつまらんことで気分害して、後でめんどくさいことなってしもうて、そんなんおもろ無いやん。自分でもそうなんやから、これが他の人やったらって考えたら、ぞっとするわ。まあ、そやから上手い事やるんは簡単やないって事やで、ほんま。ええやん。あんま腹減ってへんでも、蕎麦ぐらい食えるやろ。

そう云う訳で、俺は駅近の立ち食い蕎麦屋に行くことになったんや。


ガラガラって音鳴って、曇りガラスの引き戸を開けんねんけど、開けてすぐ全体的に白うなっとる元々藍色ののれんやん、前見えへん。「いらっしゃい」とか大将の声は聞こえんねんけど、いや、前まだ見えてへんから、目も合ってないのに声掛けられるなんて嫌やん。そやから焦ってのれんくぐって、どんな感じの店やったっけ、ここ?

コンクリートの床に立ち食い用の椅子と丸いテーブルが何組か用意されとって、カウンターもある。っていうか、何回か来たことあるやん、ここ意外に美味いねん。立ち食いやから、外から見えたってええやん?そやけど、ここは違うねんな。前来た時は冬やったから、入り口閉まっとって嬉しかったわ。

大将がこっちずっと見てる。なんか変なやつ思うてんのやろか?注文通した方がええんやろうか?

「山菜そば」

言うたった。それから、やっぱ「天ぷらそば」言うたらよかった思うた。

「お客さん、券売機で食券お願いします。」

大将、そう言いよった。そうかそうか、そうやったな。ずいぶん恥ずかしい思いさせてくれるやん。入り口近くの券売機で山菜そばの食券買うて、天ぷらにもできたし、実際迷うたんやけど、もう口で言うてもうてるし、また恥ずかしいやん。これでやっぱ天ぷらそばにして、食券渡して「お客さん、これ天ぷら蕎麦ですよ」とか言われたら、どないすんねん。

 客は、何人かおって、テーブルに一人、カウンターにも一人、どっちも背広着たおっさん。今日、日曜ちゃうの?何なん、仕事なん?何の仕事しとんのやろ?それともプライベートやろか?休みの日に何着てええかわからんようなって背広着とんのちゃうやろか?わかるで、その気持ち。まあええやん。カウンターは、大将との距離が近うてよう座らんかった。

 どうせ食うんやったら天ぷらそばにしとけば良かったわ。食べ応えあるやん?そやけど、山菜も悪う無いやん。さっぱりやし、胸焼けせんでええし。立ち食いやったら、駅のホームにもあんねんけど、あそこはさ、なんかもうせわしないねん。

「山菜そば、お待ち」

お待ちって、お待ちどお様いうことやろか?大将がカウンターの上に湯気立ってる蕎麦置いてあるし、あれは多分俺のやろうし「出来たで」いうことやで、きっと。カウンターに取りに行って、どないしよ?テーブルまでまた歩くんやろうか?丼、熱う無い?もうええやん、このままカウンターで食うたろう。

箸置きをぱかんと開けて、割り箸とって、七味入れようや。どれや?これか?えらいでかい、手をいっぱいに広げんと持てんぐらいの調味料入れ、蓋の上の方に小さい線々がぐるっと模様みたいに入ってるやつや。

 割り箸割って、蕎麦持って、ふうふうや。あかん、熱そうやから一度置いて、汁かき回して、もっかい蕎麦持ち上げて、ハフハフ言うて口に入れてから気付いたけど、そんな熱ないやん。いや、まあ熱いけど、思うてたほどやない。そうやって何回か蕎麦すすってから、山菜を箸でつまんでパクッと食うてみる。美味いやん。これ何?ぐるっとなってるからワラビか?この白っぽいのは、タケノコかいな?おもろいやん、美味いやん。やっぱ、山菜そばにして当たりやったわ。

 そやけど、蕎麦すする時に思うんが、これは蕎麦やから多少すすって音を上げた方がええんやろか?云うことや。それが作法や言う人もおるから、少しはゾゾっとさせた方がええんかもしれん。どんなもんやろ、こんな感じか?そう思いながら、ちょっと強めにすすってゾゾゾっと音を立ててみる。おお、音は出たで。そやけど、今のんでええんやろか?あんまり音上げてますよって感じが出ても態とらしくて嫌やん、だから今度は反対に音を上げんように、もそっと食うてみた。どうも気持ち悪いなあ。もそっ、もそっ、くちゃくちゃなんてのも、やっぱ気味悪い。多少すすった方がゾゾっと、小気味ええんかもな。蕎麦、美味いやん。しっかりコシもあって、風味もあるやん。茹で過ぎて、もそっとしてるやつあるやん。あれは好かんねん。やっぱ「もそっ」はあかんな、確かに。

 そん時に、俺は凄まじい音を聞いたんや。

「ボ、ボボ」

それ聞いたとき、正直なんか獣でも店ん中駆け込んで来たんか思うたわ。

「ボボボボ」

何か飛んでくるんちゃうか思うて背中丸めたぐらいや。

「ボゾッ」

音のする方見たら、着物着た爺さんが天ぷら蕎麦食うとった。

「ボゾッ、ボゾッ、ボゾッ」

それって、もう音楽やったわ。

「ボゾッ、ボゾッ、ボゾッ」

手なんて動かされへん。

「ボボボボ」

身動きすらできへん。

「ボゾッ」

何かな、じいさんの周りだけぼんやり光って見えてて、それ以外の世界がモノトーンの止まった世界みたいに感じてたわ。

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