サン・サク

@tsuboy

第1話

 のほほんと部屋でしとったら、なんぼでも時間が過ぎるから、これじゃあいかんなと思うたんやけど、そんなこと言うてもすることが無いんやから、どないしよう?なんて考えてる間に、時間はどんどん経って行くんやな。始めは動かんと地蔵のように胡座かいとったら、地蔵は立ってるやないか思うて、そんなら立たないかんと立ち上がったら、急に立ったもんやから、ぐらっと来て部屋の中で片足上げておっとっととかしたもんで・・・・・・そんだら、これが意外にナイスな感じやった。

 片足が上がるから、片手も自然と上がっておっとっとやろ?だから、そのバランス取る感じが歌舞伎役者みたいやったから、これはおもろい思うて、もう一回やってみた。わざと、やねんけど。そやけど、これがなんでかさっきと全然違うて、何回やっても自然にできへん。さっきは、なんか思いもせんところでバランス突然奪われたんやけど、自分から横にぐらっとするんは何回やっても不自然というか、場違いというか、全然しっくり来やへん。何が違ったんやろう思うて、まず冷静になって、さっきと同じ気持ちで立ち上がるところから始めてみたんや。

 立ち上がるやろ。いや、違うな。立ち上がろうと立ち上がったん違うて、なんか座ってるのが違うな思うて、やりきれんようになってしゃあないから立ち上がる。そんな感じでやらないかんなと繰り返してみたんやけど、やっぱりしっくりこやへん。だから、ほんまはおっとっとの横に動くところをやりたいのに、そこまでのとこばっかりを繰り返しておったんや。そんなもんやから、次第にいらいらして来て「もうええやん」って声に出さんといかんくなった。

 一人で部屋におったから、急に声出したら変にしんとして恥ずかしゅうなってしもうた。そりゃそうやん。こっちは立ち上がるところから忠実に再現しようしてんのに、いつの間にか勝手にいらいらしてずっと黙っとったくせに急にでかい声で何か言うし、言うてることも意味わからんし、そりゃあ俺はわかるけど、周りから見たらって話やん。急に「もうええやん」とか言われたら、その「もうええやん」に至るまでの過程ってもんがうまく伝わらへん。普通やったら「あのう」ぐらいから始まって「ずいぶんやってますねえ」ぐらいのフォローがあってやね、それから「そろそろ」「もうそろそろ」とかあって初めて「もうええやん」と行くんが筋っちゅう話で、今まで我慢しとったくせにいきなりそんなこと声に出すんは卑怯ちゅうもんやで。

 そしたらようわかったんか、しばらく黙ってから「あのう」なんて言い出した俺。その『あのう』も違うんやけど、そう思うたら律儀に「あのう」なんて言い直して。どっちか言うたら、あんま話しかけられること考えてへん時に言われる『あのう』やから、少々「言いにくいんやけど、言わしてもろうていい?」ぐらいの方が嬉しいからさっきの感じは悪く無いで、そう思うたらまた「あのう」と言いよって、さっきの方が良かったんちゃうか思うたら「あのう」「あのう」「あのう」とか、もう止まらへんようなってしもうてるやん。

 俺は別に止めもせんかったから(そんなん、好きになんぼでもやったらええ。)部屋の中央に座り直してずいぶん『あのう』の練習はした。だから、気がついたらどんなシチュエーションでも『あのう』が言えるぐらいの種類は練習したんと違うかな?これやったら行けるわ思うて、やっと外に行くことにしたんや。

 外に出てからはいつも通る道やから、あんま何も考えんでも歩けるもんや。そんでも今日みたいな天気が良うてあんま暑ない日は、気分ええから気にせんでもええのに色んなことが気になってまう。電柱んことに草生えとったら抜こうか抜かまいかずいぶん悩む。そりゃほっといてもいつか誰かが抜くんやろうけど、麒麟草みたいなんが一本だけひょろっと出とるから、こいつは抜いたらんといかんみたいな使命感じて、自分でも気になって止められへん。顔に生えてるヒゲでも一本だけちょろっと長いのが伸びとったら気になんのと同じですわ。ちょいちょいいじっているうちにいつの間にか本気になって爪立ててグイグイ引っ張って、それでも抜けんかったらちょっと摘んだまま助走付けようと数ミリやけど顔に爪付けてから、えいやって引っ張るやん。それと同じですわ。気になって気になって、しゃあないから、結構離れたとこ歩いてたにも関わらず、麒麟草にひょろひょろと俺は引き寄せられるように斜めに道路渡って、グイって手で掴んでそれを引っ張ってみた。それで、もそっと抜けたんやったら、それは『ええ話やん』で終わったかもしれん。やけど残念なことに、それは抜けんかった。

で、ここであきらめるっていうのもありなんやけど、もう麒麟草の上の方をグイってやってもうてるやん。それであきらめたら今までピンと伸びとった草が上の方だけへにょってなってまう。それは、あんまりにも可哀想やで。ここまでやるんやったら、それはやっぱ最後まで責任持ってやらんといかん思うて、そんなら両手でやるかってなったところで「それ、あかんで」いう自分の声がしたんや。

 今、持ってる草の、すぐ下持って引っ張ったら・・・・・・それ、あかんで。ブチッて上の部分だけ取れたら、どないすんの?抜こう思うた草抜けんだけやなくて、無残に千切ったなんて人に見られたらあんた、目も当てられへん。ただの阿呆や思われて、そのまま評判立てられてしまうで。どうせやったら、ちゃんと抜いて電柱の脇に置いとったら、それはそれで「おお、誰か気になって抜いてくれたんやな」ぐらいには思うてくれるかもしれへん。そやけど、上の部分だけ千切っとったら「こいつ一回で抜けへんかったな」なんて思われて、そんなん癪やん。

 おお、そうやな。ええこと教えてもうたわ。危ないところやで、ほんま。こんな簡単なことでも、言うてもらえへんだらわからんやん。ありがとな、サンキューやわって思いながら、やっぱ自分の『それ、あかんで』はよう聞いとかなあかんなと思うたんや。

まあ、そんな訳で気いつけて麒麟草の上の方と中間より下辺りを両手で持って、ぐいっとやったんやわ。そしたら、みちみちって言うて、それからもそっと根っこから抜けたんや。これはええ気分やった。暑い夏も終わって秋口になっとったから、汗も出やんと歩けるような道端で気持ちええことなるようにもなってもうたんやなあ思うて、なんか天国にでも来た感じやったわ。

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