第4話 偽りの罪 ─前編─
「うーん…なんだか人がいつもより多いね?今日何かやる日だったっけ…。おにーさん、何か知らない?」
「君が知らないのなら、僕が知るはずないだろう?」
「それもそっかー!」
建物と建物の間の裏路地を二人は歩いていく。
世に出回るほぼ全ての情報が集結する情報屋。情報屋が知らないということは、出回っていない情報ということだ。ハーミッドが知るわけもない。
情報屋は笑顔で納得しているが、分かった上での質問ならたちが悪いな、とハーミッドは目を細める。
先程のヴェスティウムもそろそろ都市外に出たはずだ。見物人は散っている頃合いなのに、まだざわめきが大通りから聞こえてくる。
ざわめきに耳を傾けていた情報屋が、ついに歩みを止めた。
「ちょっと様子を見てくるね。おにーさんはどうする?大通りだからやめとく?」
「いや、僕も行くよ。路地裏から様子をうかがうことはできるからね」
「ということは途中から別行動だね。んー…、残念ながら君との商談は中止みたいだ。急用ができちゃったからね。商談はまたの機会にしよっか」
「そうだねぇ…」
ハーミッドとしては新情報が気になるが、騒ぎが起きているのなら仕方がない。足を踏み出す方向を変え、大通りに繋がる路地裏へと向かった。
しばし無言で共に歩く。建物の影で覆いつくされた石畳に、日の光が増えきた。同時に市民達の会話が耳に入る。
「王様がどうしてこんなところにいらっしゃるのかしら…」
「儀式が始まるからだよ」
「見てごらん、あの罪人を。何をしたのかは知らないが、人の証を没収して都市外に追放するんだと」
「それは安全ですね。人の証がないと、都市に入ることすらできませんもの」
「しっかし一体、何をしたんだか…。突然人の証を奪う儀式が始まるとは珍しい」
「生まれたときに刻んでいただいた大切な人の証を、没収されるほどの禁忌を犯したのですか…。恐ろしいことです。人の証さえあれば、最低限の生活の保障はされるというのに…。愚かな人…」
角を曲がる。ここを曲がると大通りが見えるはずだった。今は、人の背しか見えない。大通りを埋め尽くすほど、人が集まっていた。
「今の会話からするに、王様が罪人の人の証を没収する儀式の準備中ってとこだね。それじゃあボクはよく見えるとこに行ってくるよ。じゃあね、おにーさん!」
それだけ言うと、情報屋は元気いっぱいに人の波に突入していく。情報屋に気付いた人々が道を開け、あっという間に彼女は見えなくなった。
騒ぎの原因が分かりここに留まる理由がないハーミッドは、さてどうしたものか、としばし人混みの中で考える。この有様だ、今日いっぱいはこの儀式の話で持ち切りだろう。ハーミッドの求める噂は、当分期待できそうにない。
この辺で切り上げて帰るか、という結論に辿り着いたハーミッドは帰路につこうと動き出した。
「静粛に!聖職者様がお見えになられましたぞ!!」
誰かの声が響き渡る。数秒もたたぬうちに、広場に静寂が訪れた。誰も彼もが口を閉じる。見つめるは一点、儀式場だ。聖職者が姿を現したということは、いよいよ儀式の最終段階に入ったのだろう。
白い服に身を包んだ聖職者が罪人の前で立ち止まった。そして何かを呟き、縄に手を縛られながら跪く罪人に手をかざす。その様子を、王はただ民と共に見守るのみ。
罪人が光に包まれ、首の側面に白く輝く模様と数字が表れた。これが、人の証である。普段は目に見えないが、聖職者や道具により目に見えるようになるのだ。
この様子を人の間からぼんやりと見ていたハーミッドは、早く立ち去った方がいいな、と途中で止めていた足を動かす。
再び暗い路地へと戻ると、そこには女性と男性が道を塞ぐように立っていた。ただ立っているだけではない。切羽詰まったような女性に対し、男性は苦笑を浮かべて首を横に振っていた。
「お願いです、協力してください。どうか、どうか…」
「って言われてもね。俺、ただの傭兵だし?聖職者、ましてや王様や神様もいる。逆らえるわけないじゃん」
「そこをどうか…。あの人は、何もしていないんです…。どうして、こんなことに…。お金ならあるんです、助けてください…!」
「お金の問題じゃない、できるかできないかの問題なんよ。追放って言っても死ぬわけじゃないんだろ?大丈夫、きっと外でもやっていけるよ」
「そんな…っ」
女性の顔に、絶望が広がった。
「王様がだめでも、神様にお願いすれば助けてもらえるんじゃないかなぁ」
「それはできません。これは、神が認めた儀式、なんです…」
声を震わせ、今にも泣きだしそうな女性の横を、ハーミッドは何も見てない聞いてないという顔で通り過ぎる。通り過ぎようと、した。
「うーん、そんなに助けたい?それなら、今通り過ぎようとしている人に頼んだらいいよ。その人、お金次第で何でもやる便利屋だから」
「え?」
何も見てない、聞いてない。そんなことは、通用しなかった。
女性がこちらに目を向ける。傭兵の男性が、にこにことした笑みを浮かべてハーミッドに話しかけた。
「えーっと、便利屋の人だな?噂でよく聞くんだ。報酬次第で何でもやる便利屋が存在するってね」
「…どうしてそれが僕だと思ったんだい?」
「その首から下げたタグと眼帯、それにその長い髪」
どうやら容姿の噂まで広まっているらしい。ハーミッドのような見た目の男は、そんなに多くはない。噂が広まれば、便利屋の男だと分かるのも当然である。
傭兵の男に向き直り、ハーミッドは口を開いた。
「その噂は、どれくらい広まっているんだい?」
「んー…、俺みたいな噂好きが、好んで知ろうと思ったときに知れるくらい?」
「つまり、一般には知られていないんだね?」
「そういうこと」
その言葉に、肩の力を少し抜く。
数秒会話の間が開いた。糸目の傭兵の後ろから見ていた女性が、おずおずと一歩近づく。
「あの…、お金次第で何でもしてくださる便利屋、って本当ですか?」
「正確には、依頼を報酬次第で受ける便利屋、だけどね」
「それでしたら、私の依頼を受けてください…!報酬は、これだけ払えます!」
女性が差し出した布袋は、ずっしりと重かった。中には銀貨数ヴィーシュと、それに紛れて金貨一ヴィーシュが入っている。金貨一ヴィーシュといったら、市民の給料一か月分だ。
反射的に布袋の口を硬く縛ると、女性に返した。
短くなった煙草の火を消し、鞄へとしまう。そして微笑んだ。
「話は聞きましょう。依頼を受けるかは、それから判断させていただきます。あの儀式は数時間かかりますから、間に合いますよ」
「ありがとうございます…!」
女性は、ようやく頬を緩ませると軽く頭を下げた。
「私、ユスリーシャと申します。その、依頼内容なのですが…」
「現在儀式が行われている罪人の解放ですね。先程この男性に…、…?」
頼んでいるのを聞きましたよ、と続けようとするも言葉が止まる。傭兵の男が見当たらない。不自然に止まるハーミッドに、ユスリーシャもそのことに気が付いたようだ。
辺りを探るも、こうも人が多いと簡単には見つからない。さては面倒事を押し付けるだけ押し付けて逃げたか、とハーミッドはため息をつく代わりに煙草をくわえた。
「あの男のことは今は置いておきましょう。依頼の話に戻ります」
「は、はい」
不安そうに探すユスリーシャの意識を引き戻す。
「依頼の内容は承知いたしました。詳しいお話を聞かせてもらってもよろしいでしょうか」
「はい。…今、あそこで罪人として儀式を受けているのは、私の夫なんです。数日前…」
数分にわたってユスリーシャの説明が行われる。彼女の話を纏めると、こういうことだった。
「つまり、無実の罪で貴族に訴えられた夫を助けてほしい、と。そして最終的には、無実を証明し、元の生活に戻りたい。そういうことで、いいんですね?」
「えぇ、私は以前の生活を送ることができれば良いんです」
「でしたら、報酬はそうですね…。銀貨50ヴィーシュとなります。前金として、銀貨25ヴィーシュ、依頼成功で残り銀貨25ヴィーシュをいただければ構いません」
分かりました、と声を弾ませ返事をすると、先程返した布袋から銀貨を取り出しハーミッドに渡す。それを受け取り25枚数えては、太腿に固定してあるバッグへとしまい、代わりに紙とペンを取り出した。
壁を机代わりに文字を書くと、それをユスリーシャに渡す。
「こちらが契約書となります。この内容でよろしければサインをお願いします」
契約書に目を通し、満足そうに頷いたユスリーシャは、大丈夫です、よろしくお願いします、と名を刻んだ。
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