第9話 服選びは慎重に

「猫スライムの核ってだけあって、あれだけの数があっても5000ゴルにしかならなかったわね」

街の北にある商店通りの一角にある換金所から出てきたデネブが、少し残念そうな顔をしながら言う。

「まあ、もっと強い魔物の核ならもっと高額なんじゃないか?」

「そうね、そうであることを願いましょう」

デネブは袋の中に追加の5000ゴルを入れて粒子分解させた。

「お前のその粒子分解、すごい便利だな」

「ええ、普段使ったりするものなら大抵は粒子分解で運べるもの。ただし、数に限界はあるけどね」

そう言いながら得意気にウィンクするデネブ。

若干ウィンクが下手なのは粒子分解のすごさに免じて黙っておいてやろう。

そう思ったシグマであった。


換金所からそう遠くない場所に防具屋はあった。

4人はその防具屋へと入っていく。

そんな4人を20代前半くらいのお姉さんが出迎えてくれる。

「いらっしゃいやせー!」

「防具を選びに来たんだけど、初めてでどんなのを選べばいいかわからなくて」

シグマのその言葉を聞いた店員さんは目を輝かせた。

「では!私がどのようなものがいいを選んで差し上げます!」

「そんなことまでしてくれるのか」

「はい!この店のポリシーは『お客様の笑顔が我らの給料』。なのでお客様の初めての防具選びを全力でサポートさせていただきます!」

「おお、すごい頼もしい」

「そのせいで給料は最低基準の半分なんですけどね((ボソッ…」

「ん?何か言いました?」

「いえいえ!なんでもありません!ささ、どうぞこちらへ!」

店員さんに導かれ、4人は店の奥へと進む。

「ではまず、お客様の希望をお聞かせください。どんな見た目がいいだとか、効果はどんなのがいいだとかですね」

「希望か、特に固まってないな」

「最近の防具には基本的な防御力上昇以外にもいろんな効果が付いているんです。例えばアイテムドロップ率2倍だったり、魔法での攻撃力上昇などですね」

「そんなものがあるのか!?初めて聞いたぞ」

「なので、見た目と効果を合わせて考える方がいいですが、初めてなので見た目だけで選んでもいいかもしれません」

「そうか……そうは言っても悩むな……」

見た目で選ぼうにも、目の前に並ぶ防具の数はおそらく1000を超えている。

これでは丸一日かかってしまう。

「お悩みでしたら、私がおすすめとしていくつかに絞るということも致しますが……」

「その方がいいかもな。でも、条件を言うと防具の効果は魔法が有利になるものじゃない方がいいな。俺、魔法使えないから」

「かしこまりました!超特急でお客様の好みに合うものをお持ちしますね!」

店員さんはそう言って防具を漁り始めた。

「お前達は見なくていいのか?」

先程から一言も話さない3人に、シグマは声をかける。

3人とも何故か放心状態だ。

「さ、300年前にはこんなに沢山の種類はなかったわ……」

「すごいでしゅ!選ぶだけで1日過ぎちゃうでしゅ!」

「……Zzz」

約1名は放心状態と言うよりも夢の国へ旅立っているが、もう当たり前の光景なのでシグマも何も言わない。

とりあえず、品揃えの良さに感動しているということはよくわかった。


5分後、店員さんが3着の防具を持って戻ってきた。

彼女はそれをひとつずつ説明していく。

彼女はまず、銀色に輝く重そうな防具を指した。

「1つ目がこの鉄の鎧ですね。防御力に優れていて、物理ダメージを80%カットする効果も付与されていますね」

次に、青色のコートを指す。

「こちらは蒼色のコートですね。速さを重視した軽い素材で出来ていて、そのため防御力は低めです。でも、左腕を前に突き出すことで防御障壁の展開ができるので、その点は問題ないと思います」

そして最後に赤色のコートを持ってきた。

「こちらは真紅のコートですね。蒼色のコートと同様に軽い素材で出来ており、魔法攻撃を強化する効果が付与されています。お客様は魔法が使えないということで、その場合でも炎を見に纏い、防御力を上昇させる効果がありますので問題ないかと」

そう言って店員さんはシグマの顔を見た。

「お気に召すものはありましたか?」

シグマはうーんと悩んだ後、ひとつの防具を手に取った。

「やっぱりこれかな、蒼色のコート」

「やはり、お客様はそれを選ばれると思っていました」

「分かってたんですか?」

「ええ、そしてこちらの真紅のコートはそちらの赤髪のお客様にと思いまして」

そう言って店員さんは、持ち上げた真紅のコートをデネブに手渡した。

「え、なんでわかったの……?」

デネブは本当に驚いた様子でそのコートを受け取る。

「長年この仕事をしていると、見ただけで分かってしまうんです」

そう言って微笑む店員さん。

そして彼女を興味津々な目で見つめるベガとアル。

「ぜひ、私のも選んで欲しい」

「私のもお願いしたいでしゅ!」

「かしこまりました!」

店員さんに連れられて、2人は店の奥へと消えていった。

そしてシグマはデネブと二人きり。

近くにあった椅子に座って2人が帰ってくるのを待つことにした。

「ねえ、シグマくん」

デネブが少し控えめな声でシグマの名前を呼ぶ。

「ん?どうした?」

「ちょっとね、このコートを試着してくるから、似合うかどうかを見て欲しいんだけど……」

「いいけど……俺より店員さんに見てもらった方がいいと思うぞ?俺、そういうセンスないからな」

「いいの、店員さんはお世辞も言うでしょ?その点シグマくんならその心配はなさそうだし?」

デネブが少しおどけたような声で言う。

「俺がお世辞も言えない人間だとでも?」

「そういうわけじゃないわよ。シグマくんならちゃんと指摘してくれるって思ってるだけ。それに似合ってないものをベガとアルに見せるのも恥ずかしいもの」

「そうか、じゃあ早く試着して来ないと帰ってきちゃうな。ほら、行ってこい」

「うん♪」

デネブは笑顔で頷くと、試着室はこちらと書かれた看板の指す方向にあった扉の向こうへと消えていった。

そしてその数秒後。

「きゃぁぁぁ!」

悲鳴が扉の向こうから聞こえてきた。

「い、今のはデネブの声!?」

シグマは慌てて椅子から立ち上がると、試着室へと向かった。

そして試着室への扉を開こうとドアノブを捻る。

「あれ、開かないぞ」

「どうかしましたか?」

悲鳴に気づいたのか、店員さんが合流する。

「デネブの悲鳴が聞こえたんです。でも扉が開かなくて……」

「本当ですね。では、少し扉から離れてください」

「え?」

離れろと言ったにも関わらず、店員さんはシグマが扉から離れるのも待たずに扉へと突進する。

ドォォォォォン!

凄まじい音を立てながら、扉とその周りの壁が破壊されてバラバラになった。

「これで入れますね」

爽やかな笑顔でそういう店員さん。

体に見合わない怪力に、シグマは驚きで数秒の間固まっていた。

「これは酷いですね……」

店員さんのその声で意識が戻ってきたシグマは、扉があった場所の向こう側を見て目を丸くした。

「これは……スライム……?」

ベトベトとした青い液体が、真っ直ぐ続く廊下にも、その両サイドにある試着室の扉にもベッタリと張り付いている。

「デネブは?」

シグマは試着室の扉をひとつずつ開けて中を確認していく。

居ない……居ない……居ない……。

四つめの扉を開くと中に人影が見えた。

「デネブ、だいじょう……ぶっ!?」

シグマは突然顔面にパンチを喰らい、その衝撃で反対側の試着室の扉に後頭部をぶつける。

「いててて……あれ、デネブじゃない?」

試着室の扉を半分開き、体を扉で隠しながら顔を出したのは、髪の毛にスライムのベタベタをつけた金髪の少女だった。

そして、金髪でも映える真っ赤な瞳でシグマを睨みつけて。

「女の子の着替えを覗くなんて最低ね!消えろ、この変態クズ野郎!」

可愛い顔に見合わない罵声を浴びせた少女は、バンッ!という音を立てながら勢いよく扉を閉めた。

「女の子の着替えが見たいにゃら、私のを見てほしいでしゅ」

「……べとべと、嫌い」

突然の金髪少女にぼーっとしていたシグマの元に、アルとベガが追いつく。

「今のはデネブを探そうとしてだな……って、お前らなんて言う格好してんだよ!」

2人の方を振り返ると、ベガは白と水色のヒラヒラの着いたメイド服を。

そしてアルはなんと、ビキニアーマーと呼ばれる代物を見に纏っていた。

「ベガは似合ってるしいいとしてもアル!お前にそれはまだ早い!というかそれを着ていい人がいるのかどうかもわからない!」

「私にはにあってにゃいでしゅか?」

「そんな悲しそうな顔をされても、さすがにそれはご主人様としても、旅の仲間としても許し難いからな?」

「わかったでしゅ……せっかく店員さんがオススメしてくれたでしゅけど、ご主人様がそういうにゃら脱ぐでしゅ」

そう言ってビキニアーマーの結び目に手を伸ばすアル。

幼女にビキニアーマーをオススメする変態店員に文句を言いたいところだったが、シグマはそれよりも先に彼女を止めなくてはいけない。

そうしなければ、アルにとっても自分にとっても悪い未来が待っているから。

「待て!今は脱がなくていい!」

「でも、許し難いんでしゅから、脱ぐでしゅ」

意外と頑固なアルは、シグマの制止を振りほどいて再度結び目に手を……。

「ま、待て!分かった!その格好は気に入った!だから脱がなくていい!」

「本当でしゅか!アル、すごく嬉しいでしゅ!」

そう言ってぴょんぴょんと飛び跳ねるアル。

彼女には揺れるものがないが、それ故に緩くなっているアーマーの方が揺れ、いつ外れてしまうか気が気でなかった。

「というか、そんな場合じゃなかった!今はデネブを探さないと……」

「デネブさん、あちらにいましたよ!」

走ってきた店員さんがシグマに向かって言う。

「あちらって?」

「外です!店の外にいる巨大なスライムが!」

「きょ、巨大なスライム!?」

その言葉を聞いて驚いたシグマは、慌てて案内された店の裏口から飛び出した。

大通りに面したその裏口を出て、視界に入ったのは……。

「こ、これはまずいな……」

「まずい……でしゅね……」

「ベタベタ……嫌い……」

こういう場面で必ず眠っているベガでさえも驚き、言葉を発したその魔物。

猫スライムから猫耳を取り払っただけのような気もしなくもない、青いベタベタの塊。

透明なその体の中に、彼女は飲み込まれていた。

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