第5話 初めてのギルド依頼

「というわけで、ギルドに来たのはいいんだけど」

デネブはハジーマの街ギルドの建物の中を見渡すと、小さくため息をついた。

ギルドの中では人の話し声があちこちから聞こえてくる。

その内容は様々で、ギルドへの依頼や依頼の達成報告、と思ったらあちらからは水道が壊れたなんて話も聞こえてくる。

シグマが読んだ本にでてきたギルドは、もっと静かで威厳のある場所だったのだが、現実は本の世界とは違うということを彼は今日改めて思い知った。

「依頼の方は整理券をお取りになり、イスに座ってお待ちください」

入口付近に立っていた職員の人がシグマに向かって言う。

「あ、依頼を受けに来たんですけど……」

シグマがそう言った瞬間、明らかに職員の表情が変わり、彼はシグマの手を両手で包み込んで頭を下げた。

「ああ、ありがとうございます!本当にありがとうございます!3番窓口へお越しください!」

涙ぐみながら言う職員の人を、若干引いた目で見ながら4人は言われた通り3番窓口に進む。

「ようこそギルドへ」

そう言いながら窓口の死角から現れたのは、黒髪ロングでクールな女性。

「私はギルド協会の幹部を務めさせていただいているミルマ=マリーと言います。馴れ馴れしくママとお呼びください」

「は、はあ……呼びませんけど」

シグマの返答に眉ひとつ動かさず、ずっとポーカーフェイスなマリーは、依頼書類と書かれたファイルを脇に挟んでいる。

「どうぞ、お掛けください……と言いたいところですが、椅子が3つしかないようですね」

窓口の前には椅子が横並びに3つ置いてある。

シグマ達一行は4人。

1人座れないことになる。

「今椅子を持ってこさせますので」

「いや、いいでしゅ」

近くにいた職員に声をかけようとしたマリーをアルが制止する。

「私はご主人様のおひざに座るでしゅ」

そう言って満面の笑みを見せたアルは、シグマの背中を押して強引に座らせた後、彼の太ももの上に飛び乗った。

「こら!シグマくんに迷惑でしょ!」

そのアルをシグマから下ろそうと伸ばされたデネブの腕はアルの手の甲で弾かれる。

「いいんでしゅ!私の席はここでしゅ!」

「も、もう……アルったら……。ごめんね、シグマくん」

「いや、大丈夫だ。アルは軽いし、乗せてても全然苦じゃないしな。妹を抱っこしてるみたいな感覚だ」

シグマはそう言いながら、ふわふわとしたアルの黒髪を撫でる。

「えへへ、ご主人様もこういってるんでしゅから、デネブも文句言わないでしゅ!」

「わ、わかったわよ」

デネブはまだ少し困り顔でシグマの隣に座った。

「デネブ、ありがとな。なんかお姉さんっぽくて良かったぞ」

「え、ええ。シグマくんはご主人様だもの。あなたのためを思って行動するのは当たり前のことよ」

一瞬戸惑いながらも、凛とした表情でそう返すデネブ。

その隣にベガが座った。

それを確認したマリーはファイルをめくりながら質問をする。

「では、皆様は旅を始めてからどれくらい経ちますか?」

「2日だな」

「1日ね」

「同じくでしゅ」

「……Zzz」

4人の(厳密には3人の)返事を聞いたマリーさんは、素でえ?と聞き返した。

「2日?1日?それ、本気で言ってます?」

「逆に本気じゃないと思うんですか?」

シグマがそう聞き返すと、眉をひそめたマリーはめくっていたファイルをバンッと閉じた。

「つまり、皆さんはスライムすら倒したことがないと?」

「ああ、無いな」

「スライムはないわね」

「ないでしゅ」

「……Zzz」

その返事を聞いたマリーは深いため息をついた。

そして右手を強く握りしめて、それを机に叩きつけた。

「そんな人達が何をしにギルドに来たんですか!」

「お金稼ぎです」

「す、素直ですね」

「今、どこかの大食いのせいで財布がピンチなんです。なのでああだこうだ言ってる余裕も無く……。なんでもいいので依頼を受けさせてください」

デネブがそう言うとマリーは数回うなづいて、机の下から一枚の紙を取り出した。

「ではこの依頼を受けてもらいましょうか」

そこに書かれているのはハジーマの街の外れにある農家からの依頼。

田畑を荒らす猫スライムがいるからそれを退治して欲しいとのこと。

報酬は5000ゴル。

ウマウマ棒というお菓子が10ゴルだから、依頼内容にしてはそこそこの金額だ。

その紙を持ち上げてデネブは呟いた。

「ええ、たった5000ゴルですか?」

「その内容にしては十分な額だと思いますよ?あと、文句を言っている余裕はないと言っていたような気がするのですが、空耳でしたか?」

「いや、でとさすがにこの金額は少し……」

「文句があるなら依頼を与えないだけですが」

「ぜひやらせて頂きます!」

突然態度を変えたデネブは、ニコニコ笑顔で依頼資料をポケットに入れた。

「安心してください、手始めにその依頼をこなしてもらうだけです。これを達成できれば、ギルドからの信用を得ることができて、さらに高額な依頼を受けることができるようになりますから」

「そういうことですか、わかりました。じゃあ農家に行ってきます」

「待ってください」

そう言って席を立とうとしたシグマをマリーが止める。

「こちらをお持ちください」

そう言ってマリーは、4つの宝石を差し出した。

赤、青、黒、紫がある。

「これはギルド依頼受理者専用のGPSです。依頼中に何かあった場合、迅速に助けに行けるように常に身につけていてください」

マリーはネックレスのように下げられた彼女の宝石を見せながら言う。

「分かりました、じゃあ俺は紫を貰おうかな」

「じゃあ私は赤ね」

「私は黒でしゅ!」

「私が青」

それぞれが宝石を手に取ったのを確認して、マリーは口を開く。

「身につける箇所は自由なので、好きな箇所にどうぞ」

それを聞いた4人は宝石に付けられている紐を、それぞれの場所に巻いた。

シグマは左腕の手首に。

デネブは左足首に。

ベガは左手の薬指に。

アルは額に宝石が来るように頭に巻いた。

「個性が垣間見えますね」

マリーが微笑みながらそう言う。

「では依頼についてですが、猫スライムを全滅させることは不可能なので、30体ほど倒してもらえれば大丈夫です。多ければ多いほど報酬はボーナスされるので、できるだけ頑張ってみてください」

「ボーナス!?わかりました!ほらみんな!早く猫スライムを倒しに行くわよ!」

そう言って飛び上がったデネブに襟首を掴まれて、シグマは引きずられるようにギルドを出て行った。

それを追いかけてアルとベガもギルドを出ていく。

その背中を見送ったマリーは満足そうに微笑んだ。

「彼らには可能性を感じますね」

そう呟きながら、熱々のコーヒーを口に含んだ。

「あつっ!?猫舌なの忘れてました……ふぅーふぅー」

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