第6話 初めての魔物討伐
「ここが依頼内容の農家かしら」
比較的街の中心に近い場所にあったギルドから30分近く歩いてやっと街の外れの農家までやってきた。
小さい街とはいえ、徒歩での移動は体力も時間も使ってしまう。
シグマは何度か見かけた
ちなみに、シグマは魔法は一切覚えていない。
シグマの母親の一族は代々魔法が使えないらしく、魔法が使える一族と結婚して子供が生まれても、その子供は必ず魔法が使えない子供になると言われている。
父親の方はかなり魔法が達者で、鍛冶屋を営んでいるため自身のステータスアップをする魔法を得意としている。
シグマが1番目にしたのが運気上昇魔法だ。
鍛冶屋と言っても完璧に仕事が出来る訳では無い。
少しの風の流れ、心音の乱れ、そして時の運。
その成功率はそんな少しのことに左右されてしまうものだ。
その成功率を少しでもあげようと特訓して使えるようになったのが運気上昇魔法だった。
それからはまちまちだった鍛冶屋の仕事も、街の外からも人が来るほどに有名になった。
シグマは今、その父親の作った剣を携えている。
これから初めて魔物に会うとしても、この剣があれば怖さはなかった。
「おやおや、皆さん何か用でしょうか?」
農家の建物の中からお婆さんがしっかりとした足取りで出てきた。
「あの、猫スライム退治をしに来ました」
「ああ、あの件で。なかなか動いてもらえないので、半ば諦めていたところなんですよ」
ギルドは今、街の問題を解決するのに大忙しだ。
街外れの農家にまでは手が及ばないのだろう。
「その猫スライムってのはどこに?」
シグマが聞くと、お婆さんは周りをぐるりと見渡して。
「それが、いつ現れるのかは分からないんですよ。毎日不定期で現れては、田畑を荒らして……」
「私たちが来たからにはもう安心して貰って構わないわよ。猫スライムを一掃してみせるから!」
デネブはもう待ちきれないといった感じで体を上下に揺らしながら言う。
金欠である今、できる限り稼ぎたいと思うのは普通のことだろうと、シグマはあえて何も言わないでおいた。
がっついているなんて思ってはいない。
「じゃあ、私達はここで猫スライムが現れるのを待つので、お婆さんは建物の中でゆっくりしていてください」
「わかりました。では、よろしくお願いしますね」
お婆さんは少し不安そうな顔をしながら建物の中に消えていった。
「そんな大口叩いて大丈夫でしゅか?」
アルがデネブの肩を叩きながら言う。
「何のこと?」
「だって、私達はまだ猫スライムを見たことがないでしゅ。どんな敵かもわからにゃいのに、たおせるにゃんて言うものじゃないでしゅ」
「確かにそうだな」
シグマはスライムなら本で見たことがあった。
あのうねうねとした動きとヌルヌルとした攻撃は、雑魚と言えども女子達を悩ませてきた。
男子からすればピコピコハンマーでも倒せる程らしい。
しかし、そのスライムに猫が乗っかればどうなのかは分からない。
もしかしたら強敵かもしれない。
シグマはアルの言葉に少し不安を感じてきた。
「だ、大丈夫よ。見たことなくても雑魚に決まってるわよ。だってスライムだもの。魔物の中で最弱のスライムだもの」
そう言いながらもデネブの瞳には不安が泳いでいた。
ここでシグマの頭にひとつ疑問が浮かんだ。
「デネブ達って、武器は持ってないのか?」
見たところ、シグマのように剣を腰に携えているようにも見えないし、魔法書を持っているようにも見えない。
基本的にはそれらがないと攻撃はできないはずだが。
「そこは心配いらないわ、私達はシグマくんをサポートする準備は整っているから」
デネブはそこまで言うとかすかに微笑んだ。
これは安心しろということだろうか。
シグマはよく分かっていないが何となく頷く。
それと同時に、何かが草の上を走る音がどこからか聞こえてきた。
「な、なんだ!?」
「シグマくん、あれよ!きっと向こうから走ってくるやつが猫スライムよ!」
デネブが指差す方向に目をやると、田畑の上だということを気にする素振りもなく、全力でこちらへと駆けてくる丸い物体がシグマの目に映った。
「あ、あれが……猫スライム……?」
その見た目はほぼ本で見たスライムと同じ。
その頭の上に取ってつけたような猫耳が乗っかっているだけだ。
「で、でも……!」
しかし、その移動スピードは普通のスライムとは桁違いだった。
あっという間にすぐそこまで迫っていた猫スライムは、シグマ達を見つけてブレーキをかけることも無く、そのままのスピードで4人の中に突っ込んだ。
「あ、危ないわね」
何とかギリギリでそれを避けた4人だったが、猫スライムは方向転換して再度4人の中に突進する。
1度目の突進を避けた時に体勢を崩したシグマは、2度目を避けるのには間に合いそうになかった。
「父さん、早速使わせてもらうぞ!」
シグマは瞬時に抜いた剣を盾のように体の前で構える。
その瞬後、金属同士のぶつかりあったような甲高い音が辺りに響いた。
それと同時に、弾かれたシグマの剣が宙を舞い、デネブの近くの地面に刺さる。
シグマは猫スライムをよく見てみると、鋭い爪のようなものが丸い体から伸びているのが見えた。
これに刺されれば軽傷では済まないだろう。
そう感じたシグマは、爪のない部分に思いっきり蹴りを入れて猫スライムを強引に引き離す。
そして自身も大きく後ろに下がって、確実に距離をとる。
「こいつ、ありえないほど早い……。どうやって倒せばいいんだよ」
「これで5000ゴル、やっぱり安すぎるじゃない」
デネブの言葉に、3人が大きく頷く。
一体相手にこれだけ苦戦しているというのに、これを30体倒すとなると、気が遠くなりそうだった。
「でも、無理じゃないわよね」
デネブはそう言いながらベガの方に目をやる。
「……?」
「ベガなら出来るでしょ?」
「力を使っていいの?」
「ええ、構わないわよ。シグマくんをサポートするためだもの」
デネブのその言葉にベガは頷き、シグマは首を傾げた。
「なんの話しをしているんだ?」
「シグマくんは猫スライムを倒すことに集中して。ベガにはあの速さを相殺する術があるから」
「相殺する術?」
「ええ、猫スライムをよく見ていて。ほら、ベガ!」
ベガは小さく頷くと、右手を胸に当てる。
それ度同時に猫スライムがまた攻撃するべく突進してくる。
そして猫スライムの爪がシグマに触れ―――――。
「
ベガが右手のひらを前に突きだした瞬間、猫スライムの素早い動きが止まった。
「と、止まった?」
シグマが恐怖から閉じていた目を開けると、目の前には微動打にしない猫スライムの姿があった。
「300年ぶりでもその力は健在ね」
「うん、よかった」
デネブに頭を撫でられて少し嬉しそうな顔をするベガ。
一方で、本気で死ぬかと思っていたシグマは腰を抜かしてその場に座り込んでしまった。
「シグマくん!今の猫スライムはベガの魔法で凍ってるだけよ!溶けたらまた動き始めるから!」
「えぇ……」
「ほら、シグマくん!今のうちにこれでかっこよく倒しちゃって!」
そう言いながらデネブはシグマの剣を高く投げる。
綺麗な弧を描くように飛んだ剣は、掲げたシグマの手に吸い付くように収まった。
「よし、じゃあこれが俺の初魔物討伐だ!いい所取りって感じしかしないけどなっ!」
そう言いながら振り切った剣は猫スライムを綺麗に横に真っ二つしにした。
そして倒された猫スライムは煙のように消えた。
魔物はその命を失うと、煙になって消えるという共通の特性がある。
煙になってもまた条件によっては復活することもあるらしい。
「ふぅ……ん?なんだこれ」
剣を収めたシグマは、猫スライムのいた場所に丸い玉が落ちているのを見つけてそれを拾い上げる。
「それは猫スライムの核ね。どんな魔物にも核はあるけれど、素材になったり、換金アイテムになったりするらしいわよ?」
「ってことは、ギルド報酬に加えて換金したお金も手に入るかもしれないってことか」
「そういうことね、これをあと29体やれば帰れるって言うわけだけど……」
デネブは周りを真剣な目で見回す。
「どうかしたか?」
「シグマくんは気づかないの?」
「一体何に……」
デネブはゴクリと唾を飲み込んだ。
「私たち、猫スライムに囲まれてるわ」
「……え?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます