第23話 錯綜 その⑤
服飾店を後にした三人は本屋へと足を向けた。道を行く人々がぎょっとして道を譲っていくのを見て、ブレンダは愉快に感じる反面、申し訳ない気持ちにもなった。
「せめてスカートに出来ればもう少しマイルドになったんだがな」
先頭を行くマリーがブレンダの方を見やる。確かにそうすれば多少凶暴さが和らいだことだろう。しかし、それはブレンダが断固として拒否したため却下となった。
「意外と頑固だよな、お前。その手袋も絶対に外さないし、暑くないのか?」
ブレンダは常日頃手袋をしている。それも普通の手袋ではなく、肘まで覆い隠す長いタイプのものだ。先程購入した靴下にも短いものは一つもない。避難区では空調が効いているものの、常にその恰好は暑くないのか、と白鳥とマリーはいつも疑問だった。
そんな二人にブレンダは見定めるような視線を投げかける。二人に秘密を話していいか考えていたためだが、今のルックスではガンを飛ばしているようにしか見えないので、二人の頭からは下らない疑問が奇麗さっぱり吹き飛んだ。
「何だよ…言いたくないならそれでいいぜ。そんな怖い顔するなよ」
マリーが困惑した様子を見せる。それでようやく自分がどんな身なりかを思い出したブレンダは、「すみません」と一言謝って俯き加減で歩き始めた。自分の世界に入り込んだブレンダは、二人が立ち止まっていることにも気づかずに歩き続ける。
「まぁ、まだ一か月くらいの付き合いだからな。話したくないこともあるだろうサ」
マリーはやれやれと首を振って、ブレンダの後を追った。白鳥も遅れまいと後を追う。そんな二人に気付いて、ブレンダは申し訳ない思いをさらに増していく。このぐらいの事、話してもいいのではないか。ブレンダは右腕を抑える。この程度の事、自分の抱える秘密の中では一番ましな部類なのだから。
「何なんだよココはぁ!何もねぇじゃねぇか!」
行きついた書店で、マリーは憤慨した。書店の中は三分の二位の棚が空で、ブレンダの目当ての本は見当たらなかった。この一か月の間店が盛況だったのかもしれないが、店の様子からそんな気配は微塵も感じられない。
「仕方ないだろ、工場の不調で品不足なんだ。どうしようもない」
納得がいっていないマリーをたしなめる白鳥。幾ら工場が健在といっても、人手不足をどうにかすることは出来ない。今回の品不足についても不具合を復旧するための技術者が不足しているために発生していた。技術者の育成は連邦にとって急務であったが、あまり上手くいっていないと言うのが現状だった。
「大体よぉ~」
不満顔でマリーは一冊の雑誌をつまみ上げる。政府が発行している機関紙だった。供給品が不足しているせいで、紙媒体のメディアはこれとあと三誌にまで減っていた。
「こんなつまらんモン誰が買うんだ!」
「私だよ!悪かったな」
白鳥はマリーから雑誌を取り上げ、小脇に抱えた。どうやら買っていくらしい。マリーはフンと鼻を鳴らすと、「行こうぜ」と言って先に店を出ていった。
本屋を出た三人は、そのまま通りを散策した。時刻は午後四時、通りには仕事帰りの人間も加わって人が増えてきた。…それと同時に、何やら怪しい身なりの人影が通りに姿を現す。
人影に覇気は無く、集団となってある一箇所を目指して黙々と行進していく。正規のない目でダラダラと歩いている様は、ゾンビ映画さながらである。通りの反対側では肩でもぶつかったのか、ゴーグルを首にかけた兵士と集団の一人が揉めていた。
「助けましょう」
揉めているのを見たブレンダが白鳥の袖を引っ張って訴える。しかし白鳥は向こうを一瞥しただけでそのまま歩き始める。ブレンダはマリーの方を見たが、白鳥と同じ反応を示した。
「放っておけよ、私たちが割って入った方が面倒になる。向こうも分別は弁えているだろ」
そうしている間にも、集団はさらにその数を増して複数のバスへと消えていく。座席が埋まり立ち乗りも出来なくなったバスから停留所を出発し、バスの列の最後尾にまた新たなバスが停車する。
「この人達は、一体どこへ向かっているのですか?」集団にもみくちゃにされながら、ブレンダは二人に尋ねる。
「工場だよ。此処にいるのは皆、夜勤に向かう日雇い労働者なのさ」
人ごみを掻き分けながら、白鳥は興味無さそうに答える。白鳥とマリーは日雇い労働者をあまり見ようとはせず、日雇い労働者も三人がいないかのように振舞っている。それは、他の通行人も同様であった。
漸く停留所の前を通り過ぎ、人混みが減ってきたところでマリーと白鳥は服のあちこちを幌い始める。幌った端から埃が出てきて、二人の足元にたまっていく。
「ブレンダ、お前もやった方が良いぞ」
言われてブレンダも袖を幌ってみると、土埃が宙を舞った。二人の服は買い物の最初から着ていたものだが、ブレンダの服は違う。先程店で購入した正真正銘、新品の品だ。手についた埃を見て少し驚いた様子のブレンダに、マリーは優しく微笑む。
「仕方ないさ、中には身だしなみに気を使う余裕もない奴だっている。そういうもんだと割り切るしかないさ」
掃除が終わり、三人は再び歩き始める。見ないよう意識しながらも、つい通行人に目がいってしまうブレンダに対して、白鳥は話しかけられる前に自分から話し出す。
「…戦争が始まる前から日雇いで働いていた人間もいるが、バスに乗っていく連中の七割は、戦前中流階級や上流階級に属していた人間達だ」
成る程、確かによく見れば薄汚れてはいるものの、上等な品であったであろう外套を身にまとっている人もちらほらいる。そういった人々は他の労働者よりも絶望を露にした顔をしていて、明日にでも死んでしまいそうだった。
「戦争中、地球で特に打撃を受けたのは第一次産業の従事者。次に小売業者だ。戦争に職場と財産を奪われた人々は当然職を探し始める。だが、機械化が進んだ避難区に残された職業は少ない。結果として、定職につかない日雇い労働者が激増したのさ」前から来た人物を避け、白鳥が続ける。
「バスに乗り込んでいった連中も、工場に対して政府が一定数の労働者の雇用を義務付けているから、仕事にありつけているような状況だ。その他?政府が出している配給券でかろうじて命をつないでいる」
「誰も、彼らを助けようとはしなかったのですね」ブレンダが呟く。
「………なぁ」
暫く歩き続けたところでマリーがブレンダに話しかけた。ブレンダがマリーに視線を移すと、何やら言いにくそうな顔をしている。マリーはしばらくためらった後、苦笑いを浮かべながら後の言葉を続けた。
「…あんまり色々気にするもんじゃないぜ。何でもかんでも自分と関係があると思っていると、息がつまってしょうがない。自分の出来る範疇の事だけ、今は考えときな」
「しかし…」「駄目だ。でももヘチマもねえ。…そうだな、こう考えるのはどうだ?お前が戦うことで、連中の生活が最低のものであっても守られているって考えるんだ。自分は精一杯やっていると思い込むのさ」
それでも納得がいかない様子のブレンダ。一回言葉を区切ってから、マリーはいつも通りのにやにやした笑いになって付け加える。
「思いつめんなってことだけ覚えておいてくれ。お前がすごく頑張ってるのは、みんな知っているからよ」
そこまで聞いてブレンダはようやく頷いた。それを見てマリーはふぅーと息を吐くと、「じゃあ行くか」と言って先頭を歩き始めた。
日雇い労働者たちは皆バスに乗ったのか、通りからはバスもみすぼらしい身なりの集団も姿を消し、商業区の労働者や買い物客だけになる。天井に設けられた太陽灯が出力を弱めて夕方を演出するとともに、街に明かりが灯り出す。街灯と店明かり、看板を照らす最低限の明かりが織り成す夜景は、道行く人々の背中を寂しく照らし出す。三人の浮足立った気分も、周りの風景に影響されてか、落ち着いたものへと変わっていった。
「これからどうする?」
若干退屈してきたマリーは伸びをしながら二人に問いかける。二人は辺りを見回すが、未成年者が好む店は服屋か飲食店程度しかやっていない。白鳥は顎に手を当てて考える。
「レコード店はどうだ?」
「臨時休業だってよ。さっき店の前に張り紙がしてあった。ブレンダ、どっか行きたいトコあるか?」
「いいえ」ブレンダがかぶりを振る。マリーは暫く歩きまわって考えた後、二人の方に振り返った。
「じゃ、帰りますか」
昼間は賑やかだった街も、暗い夜景に照らされると一気に物寂しい雰囲気となる。通行人も心なしかしょぼくれているような気がする。暗く寒々とした街の風景と肩を落とした通行人の姿は、ブレンダにさっき見た集団をフラッシュバックさせた。
「バスが来てる!ブレンダ、白鳥、急ぐぞ!」
マリーはそう叫んで、バスに向かって一目散に駆け出した。が、基地へと向かうバスは出発までの時間が長いので、白鳥とブレンダはゆっくりマリーの後を追い、バスに乗り込んだ。三人を乗せたバスはぎこちない動作で路肩を離れ、陰鬱とした街を後にして基地への帰路を取った。
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