第22話 錯綜 その④
白鳥がようやくタコスを食べ終えたところで三人は再び歩き出した。今度こそ本命の、ブレンダに対する埋め合わせである。まず最初に訪れたのは服飾店であった。
「ここは?」
「服屋だけど」
「…何故ここに?」
「いやぁ、執務服しか服がないって言ってたから、気に入ったものでもあればと思って」
三人で集合した際にブレンダだけは軍の執務服で来たので、マリーが急遽予定に組み込んだものだった。
「心配しなくても、他に行きたい場所があれば連れて行ってやるさ。財布が許す限り何でも買ってやる」
白鳥がブレンダに優しく微笑みかける。マリーとは正反対の対応は信頼のなせる業か。マリーが屈託のない笑顔で自分を指差す。
「お前は駄目だ」
白鳥が冷酷な眼差しで答える。ブレンダとは正反対の対応は信頼のなせる業か。三人は店内を物色していく。品不足のせいか服の種類は多いが細かなバリエーションが少ない。上品な服からロックなスタイルまで揃っているのは省スペース化の為だろうか。
戦前であれば明らかに誤ったラインナップだろう。しかし、未だに自分が似合う服を選択出来ると言うのは、戦局を鑑みれば奇跡ともいえる事態だ。
「しかし、あれだけ地上が攻撃されているのに、このような店が生き残っているのは何故なのでしょう?」
手に持った靴下を眺めながら、ブレンダが問いかける。マリーは困り顔で肩をすくめた。ブレンダより地球は長いが、宇宙生まれである彼女も深くは知らなかった。白鳥がマリーに変わって話し始めた。
「今から半世紀ほど前に工場をすべて地下に移す計画が立てられて、三十年くらいかけて実行されたんだ」
「環境問題のせいですか?」
「いや、工場が景観を損ねる事とそれに伴う地価の減少を防ぐのが主な理由だな。だが環境問題も少しだけ関係している。工場を地下に移すことで、環境汚染を実感させずらくすることも理由の一つだ。全く人間ってやつは…」呆れた顔になって白鳥は溜息をつく。
「…話が逸れたな。幸か不幸か、工場は分厚い岩盤に守られたおかげでほとんど傷つかずに残ったんだ。おかげでこの劣勢の中でもある程度の物資が供給されているというわけだ。北ヨーロッパ爆撃の時には、収容しきれなかった人間が工場の生産ラインにまで押し込まれたなんて話もある。人間に疎まれた工場が人類の救世主になる、歴史の皮肉だな」
そういいながら白鳥は自分が選んだ服をブレンダに手渡す。白鳥が選んだのは白いマキシワンピースで、上に羽織るものを変えるだけでもいろいろな組み合わせが出来そうだ。
丈が長いため落ち着いた雰囲気となっているが、白色をチョイスすることで爽やかさも表している。寡黙なブレンダにはぴったりのチョイスだろう―顔の下半分を覆う大仰なマスクさえなければ。
「……駄目かな」
「どけぃ、次は俺だ!」
次にマリーがボートネックとスキニーパンツを差し出す。動きやすいパンツにすることで健康的な印象をもたらしつつ、若干長い袖の上着にすることでかわいらしさも忘れていない。バランスの取れたチョイスと言えよう。
「どうだ!これなら文句なしだろ」
「…まぁ、お前にしてはよくやったと言いたい―ところだが…」
そう、間違ってはいない。二人のチョイスは何ら間違っていない。ワンピースもボートネックも、ブレンダの人柄を鑑みればこの上ないベストチョイスなのだ。…その仰々しい見た目で全てをぶち壊しにする軍用マスクさえなければ。
「…ホラー映画の悪役か何かですね」鏡に向かってひとしきり眺め終わった後、ブレンダが言った。
「やっぱり駄目?」
マリーは苦笑いを浮かべながら頭を掻く。確かに今のブレンダは気の陰から主人公を見ているような役がぴったりと言う有様だった。マスクと無表情な瞳が相手に威圧感を与える。
軍服であれば頼もしく見えただろうが、平服では恐怖でしかない。ブレンダは似合わないから私服を持っていないわけでは無かったので、あまりの似合わなさに少しみじめな気分になった。
ほかにも幾つかの服を試してみるがやはりどれも不気味で、これなら軍服の儘の方がましといった状態だ。結局、靴下と下着を幾つか購入して次の場所に向かうことにした。
「すまないな、無理に突き合わせて」店主が値段を計算している間に白鳥が詫びを入れる。店主の手つきを黙って目で追っていたブレンダは白鳥の方を向いて頭を振る。
「いえ、二人が私の為にやってくれたことですから。二人の期待に応えられなかった私が悪いんですよ」
相変わらず寛大な心の持ち主であった。出会ったときは殆ど喋らないので不気味だと思っていたが、今は隊の中で一番の人格者だと白鳥は感じていた。それでいて強く、冷静な判断を下すことが出来る。時折、あの酔っ払いより隊長に向いているのでは、そんなことを考えたこともある。
しかし―白鳥はブレンダの横顔を見つめながら目を細める。これだけの人格者であるならば、たまに見せるあの凶暴性はいったい何なのだろうか。見方を変えれば、冷静な判断からくる合理的な対処法と割り切ることも出来る。
だが…冷静な判断が出来るのならば、もっとスマートな解決法を思いつくのではないかという考えもあった。それに、今までの彼女の凶行には焦りというか、強迫観念のようなものを感じていた。
(辞めろ辞めろ)白鳥は首を振る。白鳥は自分に出来ないことで他人を責めることを嫌っていた。だからブレンダの凶行を咎めることはしても罵声交じりに批難するようなことはあれ以来無かった。
辞めさせたければ、自分がより良い方法を考え付く必要がある。そう思っていた。先程の思考も、蔑みではなく単純な興味や関心からだ。こんなにも素晴らしい人格者が、凶行に走る理由とは一体―何なのだろうか。
マリーはカウンターから離れた位置で服を物色していた。元来諦めの悪い性格なので未だにブレンダに合う服を探していた。一度やり始めた時は徹底的にやり切るのが彼女の信条だった。特に、このような楽しいイベントならばなおさら。
(何か、何かある筈だ!あいつに合う最も適した組み合わせが!)
マリーは先頭の時よりも真剣な表情で服を次々と引っ張り出していく。いつまでも続けているマリーを見かねて、「もう行くぞ」と白鳥が声を掛ける。カウンターではすでに白鳥が代金を払っていて、店主が金額を確認しているところだった。
(ここまでか…)
悔しそうな表情を浮かべるマリー。普段の勤務でもこれくらいの真剣さでやって欲しいものだ。確実に減っていく時間。まとまらないアイデア。諦めて衣服を戻しにかかった時、ふとハンガーラックの端の方に目がいった。
「…これだぁぁぁぁ!」
カウンターにいた三人の視線がマリーに向けられる。マリーはぬるりとカウンターに歩み寄り、カウンターに手を突いて決め顔になった。
「店主、少し支払いは待ってもらおうか」
疑問形でないあたりに当人の図々しさが出ている。店主は突然のことに戸惑ったが、白鳥がすまなそうに手を出してきたので、よく分からないまま金を返した。マリーは二人を連れて店の奥へ戻る。腕を組んだ白鳥が呆れ顔で問いかけた。
「おい、一体どうしたんだよ。もう十分見てきただろう?ここにはブレンダに合う服は無かった、これ以上何をしたいんだ?早く次の場所に移るぞ」
心配そうな白鳥を他所にフッフッフとマリーは得意げに笑い、ズアッと振り返って妙なポーズをとる。
「確かに俺たちは考えうる限り全ての組み合わせを試した…そう、そう思っていた。しかぁし!このマリー・ビゼラルの天才的頭脳は土壇場で一発逆転の方法を思いついたのよ!」
マリーは再び妙なポーズで白鳥を指差す。白鳥は眉をひそめてマリーを見つめ返し、ブレンダは交互に二人を見渡す。三人の間に、奇妙な空間が生まれつつあった。
「必要なのはブレンダの個性を出しつつ、それでいて静かに成り過ぎない本人に似合う服だ。『個性』『動き』『マッチする』三つとも成り立たせなくちゃァならないってのが辛いところだな」マリーは相変わらず妙なポーズを取り続ける。
「いや、一つ目と二つ目なら達成しただろ。三つ全部満たす服が…」
「チッチッチッ、そんなことだからお前は白鳥なんだ。私が言っているのは項目を幾つ達成出来たかじゃァない。三つ同時に成し遂げることが重要なんだ。相変わらず応用力に乏しいな、この店にラインナップのように!」
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ
白鳥と店主が同時に顔をしかめ、ブレンダは「白鳥さんも、同じことを言おうとしましたよね?」とマリーに問いただす。しかし、自分の世界に入り込んだマリーには聞こえなかったらしく、そのまま話を続ける。マリーはおもむろに手を伸ばし、目当ての服に手をかけた。
「そんな白鳥には思いもつくまい!マスクが邪魔して似合う服が無い?ならマスクも取り込んでしまえばいいのさ!それを可能にするのが…これだぁぁぁぁぁぁ!」
自分の雄叫びに合わせて、マリーは手に取った服を勢いよく引き上げる。それと同時にハンガーラックが壁から外れ、マリーの足に落下した。
「グアァ…!」足を抑えてうずくまるマリーを放置して、三人は黙々と床に散らばった服の片づけを行った。
これだけ迷惑をかけたにもかかわらず、店裏を貸してくれという図々しい申し立てに、店主は渋々応じてくれた。聖人君主とはこのことだなと白鳥は思った。二分程して、店裏から出てきたブレンダを見た白鳥は渋い顔になる。
上は鋲打ちジャケット、下はジーンズという出で立ちで、ジャケットの中には赤いシャツを着ている。いかついスタイルは活発を通り越して凶暴ともいえる印象を表し、不格好なマスクと無表情な瞳が寡黙さを表現していると言えなくもない。
…いや、そもそもこんな人間と口を利くやつがいるのか怪しいものだ。変則的に見れば、三つの条件を満たしていると言えるが、これはそれ以前の問題だろう。
「…完璧だ」マリーが息をのみ、そのあとに続けた。白鳥は首を振ると、白けた目をマリーに向けた。
「まぁ、確かに条件には当て嵌まっているな。だが、こんな格好で外をうろつけると思うのか?店主を見てみろ、明らかに身を縮こまらせて目立たないようにしている。お前はブレンダをどうしたいんだ?目を合わせただけで刺されそうな見た目だぞ」
白鳥が一通りの不満点を述べる。マリーが着るのであればここまで突っかかる事も無いが、着させられる本人の不利益を考慮しての事だった。
「いいだろ、別に。これなら変な虫が付くこともないし、かっこよくて一石二鳥だろ」
「かっこいいはお前の主観じゃないか…それに、変な虫が寄ってこないだとぉ?そりゃ世間ではこんなルックスの奴に関わると碌な事が無いって言われているからだ」
「なっ!お前決めつけはよくねぇだろ!全世界のパンクファッション愛好家に謝れ!」
「ほかの奴の話をいつした…私が言っているのは、我らの友人がパンクファッションだと、絶望的に印象が悪いと言っているんだ。よく見ろ!」
白鳥はマリーの頭をがっと掴んでブレンダに向けさせる。二人が言い争っている間に、ブレンダは鏡の前でいろいろとポーズをとっていた。
「これを見て通りを歩いている人はどう思う?」
「…カッコいい!」
「前向きな点は評価してやる。正解は狂犬だよ、どこかの組の鉄砲玉にしか見えん。大体自分の趣味を他人に―」「あの…」
今まで何も話さなかったブレンダが口を開いた。ギャーギャー喚いていた二人は改めてブレンダに注目する。ブレンダは暫しためらった後、自分の意見を述べた。
「私は…これで良いと思います」
一瞬の沈黙、そのあとの二人の反応はまるきり正反対のものであった。
「えぇーーーーーーー!」
「だろぉ~!さっすがアボットさん、お目が高い~♪」
マリーがブレンダにウリウリと肘を入れる。白鳥は焦った様子で食って掛かった。
「なあ、無理をすることは無いんだぞ?せっかくの人の好意を無下にしたくない気持ちは分かる。だがこいつは自分の楽しみのためにやっているようなモンで、真剣に受け取る必要は無いんだ。断ったところですねたりする様な奴でもないし、な?正直に言っていいんだぞ?」
素直じゃない子供を諭すような口調で説得するが、ブレンダの意思は固かった。首を横に振って、自分の意思であることをアピールする。
「…いいえ、これでいきます。私、これが良いです」
頑ななブレンダに押されて、白鳥は「そ、そうか」と力無く苦笑するしかなかった。最終的に、厳つい鋲打ちジャケットだけ普通の革ジャンに変え、三人は服屋を後にした。
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