第18話 奪回 その⑤

戦闘の混乱に乗じて、五人の兵士がトラックを目指して静かに歩を進める。敵は目下の脅威に対処することで精いっぱいになっているので、此方に気付いた様子はない。


「伍長、ブレンダ、白鳥はここで待て。マリーと自分が先行する」


「軍曹、それは…」


「今は優秀な後衛が必要だ」


 ジョルジア伍長が呆れたような声を発するが、ハンスは言葉を遮ってマリーと共に先行した。トラックの周りには第四小隊の攻撃で肉片となった敵兵が散らばっており、前方には第四小隊と戦う敵の戦列が見受けられた。


「マリー、物資の形状は分かっているな」


「ジュラルミンケースだろ?それじゃあちょっと行ってくる」


 マリーは敵が開けた穴からトラックの内部へと侵入し、その間、ハンスが周囲を警戒する。敵は未だ此方に気が付く様子はないが、もし見つかれば隠れる場所がないハンスは、足元に転がる死体と同じ運命を辿ることになる。銃を持つ手に、自然と力が入った。


「マリー、まだ掛かりそうか?」神妙な顔でハンスが尋ねる。


「ちょっとガラクタが多くて…うわ…もう少しかかりそうだ」マリーが荷台のガラクタを除ける音が聞こえた。敵との距離は二百メートルあるかないか。何かの拍子に後ろを振り返れば、すぐ異常事態に気が付くだろう。緊張が高まる。一秒がとても長く感じられて、ハンスは喉が渇いてきた。


(まだか…)


「あったぞ隊長」


 マリーが薄汚れたジュラルミンケースを掲げて穴から顔を出す。ハンスの口からは安堵のため息が零れた。これで任務は半分達成された。ハンスはケースを受け取り、その状態を確かめた。大丈夫。焦げてはいるが中までは達していない。


「よくやったな。さ、手を出せ」


「おう、悪いな」


 ハンスがマリーを引っ張り上げようとしたその時、突如として地響きを立てながら、死んだ筈の軽量級BTが姿を現した!完全とは言えずとも、動けるまで回復したBTは驚異的なスピードで接近してくる。


「………!」ハンスは咄嗟に、マリーとケースを二台に押し込んだ。続いて自分も入ろうとしたが、その前にBTの強烈な薙ぎ払いがハンスを襲う!


 丸太のような足を背中に受け、ハンスの体は宙を舞い、五メートルほど吹き飛んでクレーターの中に落下した。あまりの激痛にハンスは顔を歪める。起き上がろうとするもショックで体が硬直してしまい、動くことが出来ない。


 BTはハンスが動かないことを確認してトラックに視線を戻し、その大あごで二台の天板を解体し始めた。天板を万力のようにがっちりと挟み込み、首の力を使って一枚一枚、器用に引き剥がしていく。


ギリギリ…バキッ!


 金属のきしむ音と共に天井の一部が引き千切られ、荷台の中に月明かりが差し込んだ。マリーは荷台の後部ドアを開けようとするが、熱と衝撃で変形したドアはノブを捻ってもピクリとも動かない。


「くそっ!」


 何度かノブをガチャガチャ動かすが開かず、マリーはドアに体当たりする。防弾の為に厚い装甲が施されたドアは、人間一人だけの力ではピクリとも動かなかった。


ギリギリ…バキッ!…バキッ!


 容量を掴んだのか、天板を解体する速度が速まった。マリーは脱出を諦めて床を埋め尽くす焼死体の山に身を隠した。敵もこのケースの中身が欲しい筈、ケースを探しに来たところを不意打ちしてやろう、と考えての行動だが、正直上手くいく確信は無かった。


 ケースの中身を処分することが目的の場合、マリーとその身を守るガードマンたちは程よい火加減でローストされることになる。自分がTボーンステーキになる様を見るのは、実に素敵な体験となるだろう。

 

 十分に拡張された穴に、BTが頭を突っ込み荷台を覗き見る。BTは荷台の焼死体を確認すると、その一つ一つに機銃を撃ち込み始めた。


DADADA!


 死体の腕が千切れ飛ぶ。


DADADA!


 別な死体の足が無くなる。


DADADA!


 さらに別な死体の胴が切断され、中から黒焦げの臓物と血液が流れだす。


 マリーは手詰まりであることを認識せざるを得なかった。ケースは頑丈なので、機銃弾ならば数発は耐えることが出来る。それに対してマリーを守るナイト達は機銃弾を防ぐことは出来ず、自身が守るプリンセスが重傷を負うことになるだろう。


 蟲どもの車載機関銃がどれほどの威力を持つのか正確には分からない。しかし機関銃というやつは、撃たれれば立つこともままならなくなる物だと相場は決まっている。あらかた制圧し、トラック後部に視線を移したBTを見て、マリーは自分の運命を悟り自嘲気味に笑った。


 あっという間で、何の価値もない人生だった。


BASHUUUUUUUUUUU!


 聞き慣れた音を発しながら、AT44のロケット弾がBTに命中する。BTが慌てて頭を引き抜き、ロケットが飛んできた方向に視線を向ける。


「伏せろ!」


 ジョルジア伍長が叫ぶと、BTの視界一面にまばゆい閃光が広がる。伍長が投げた閃光手榴弾をじかに喰らって、BTはその場でたたらを踏む。前方に向け、持ちうるすべての火力を投入するBTであったが、自身を目立たせるだけに終わった。BT側面に移動した白鳥がAT44を構える。


「くたばれ小童ァ!」


 白鳥がトリガーを引くと同時にロケット弾は命中!BTの右足三本を粉砕し、その場にBTは崩れ落ちる!身動きが取れないBTから敵兵が脱出しようとするが、上半身を出したところで、常人を上回る速度でジョルジア伍長が迫っていた。


 伍長は手に持ったナイフを振りかざし、敵の喉笛めがけて切りつける。敵は上体をのけぞらせて躱そうとするが、それよりも速くナイフは首を切りつけ、鮮血を噴きだたせた。


 敵は何が起こったのかさっぱり理解出来なかったが、意識が途切れる寸前に全てを理解した。ナイフ自体がくの字に曲がっているのだ。グルカナイフと呼ばれるもので、通常のナイフと同じ回避運動をしたものは、通常より早く到達する刀身にその身を切り刻まれる。


 大量出血をした敵は力なく星空を眺め、逃げ出そうとしたもう一人の敵も背中を数発撃たれ、もんどりうって倒れた。


「おぉい、生きてるか?」


「あぁ、何とかな」


 白鳥がトラックに駆け寄り、マリーとケースを引っ張り出した。ケースは焦げているだけで、中身に損傷は無さそうだった。


「ケースは手に入れたか?手に入れたな、退却に入る。ブレンダ、軍曹を…」


 言われる前にブレンダはハンスを担いでいた。「よし、行くぞ!」という伍長の掛け声で四人は脱兎のごとく駆け出し、待機していた装甲車に乗り込んだ。


「出してくれ」


 ドライバーはアクセルを吹かし、猛スピードで終結ポイントへ向かう。高台の方を見るとまだ戦いは長引きそうで、部隊全体の退却が済むにはまだ掛かりそうだ。


「うう……」目が覚めたのか、うめき声をあげながらハンスが起き上がろうとする。頭を上げようとしたところで、頭を押さえつけられた。


「……しー……」


 ブレンダのすさまじい腕力に、ハンスは抵抗を諦めておとなしく横になることにした。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 終結ポイントは戦場から五十キロメートル南西にある監視点で、到着したころには深夜十一時を回っていた。第六分隊の面々はハンスを簡易ベッドに横たえると、各々休憩を取っていた。


「どうだ、見えそうか?」


 休憩から戻ったマリーが、見張り台から周囲を見張っているジョルジア伍長に話しかける。ジョルジアはただ首を振ると、ゴーグルの倍率を戻して見張り台から降りた。


「いやさっぱり…他の二人は?」


「白鳥は無線室、ブレンダは隊長の看病してる」


「ふーん、そう」


 興味ないなら聞くなよ、と思いつつ、マリーはジョルジアと共に地下壕の気密ゲートをくぐり抜ける。ヘルメットとマスクを脱ぐと、空調で適温にされた空気が心地良い。防護服にも冷却機能があるが、この解放感にはかなわない。額の汗をぬぐい、マリーはジョルジアに向き直った。


「外でもマスク無しで歩ければいいんだがなぁ」


「やってみればいいサ」


 ジョルジアは目を合わせる事も無く、タバコに火をつけている。無駄話に付き合う気はないらしい。白けた顔になって、マリーは廊下に視線を移して会話のない状態に耐えることにした。


 少人数の滞在を想定して作られた地下壕の廊下は狭く、人二人分の幅しかない。むき出しの配管や鋼鉄製の壁が、この施設の素晴らしい快適性を物語っている気がした。蛍光灯に照らされた風景画も、気晴らしになりそうにない。そして廊下全体を見終わったことで、マリーは二人きりの状態に耐えることが難しくなった。


「…そう言えば、今日はあんがとな。絶対助からないと思ったよ」


 耐えきれなくなったマリーが話しかける。忘れずに礼を言っておこうと思ったのだが、ジョルジアは相変わらず一言も喋らない。双方無言のまま無線室まで向かい、入り口前でようやくジョルジアが口を開いた。


「一つ言っておきたいんだけど…」


「何だ?」


「私は別にアンタを助けたいからやったわけじゃない。アンタが持ってたケースが重要だからやったまでサ。だから、礼を言う必要なんてない」


 吸殻を携帯灰皿に押し込み、ジョルジアはマリーの方へ向き直る。その顔にはニヒルな笑みを浮かべているが、その目はカメラのように無機質にマリーを捉える。


「ここに来る前に、軍曹の話を少尉から聞いたけど…。すごいよねぇ~、わざわざ死体になってるかもしれない奴のために危険を冒すなんて、ほぉんと素敵。白馬の王子さまってカンジ」


 ジョルジアは言葉を切ってけらけらと笑いだした。マリーは感情を出さないよう笑顔を心掛けるも、ぎこちない笑みになっているのを自覚した。それを見て、ジョルジアはさらに口角を上げて愉快そうに笑った。


「何だいその顔は。子供らしく、もっと素直にすればいいじゃない」


 言われてマリーは笑顔を止め、不快感を隠すことも無くなった。二人の間の緊張が高まる。ふんっ、と鼻を鳴らして、ジョルジアは背を屈めてマリーの視線に合わせた。


「あの甘ちゃんの部下でいる間、せいぜい楽しく過ごすんだね。ただ…もしあたしの下につくことがあれば…用心しな、自分の身を守れるのは自分だけなんだから。小隊の家族ごっこも、勝つためならいとも簡単に捨てちまう、軍隊てのはそういうトコさ」


 それだけ言うとジョルジアはマリーに目もくれず、無線室へ入っていった。


「…そうかい」


 マリーはそう呟き不機嫌な表情のままジョルジアの後に続いた。しかめっ面のマリーを見て、白鳥が不可解そうな顔をする。


「どうかしたのか?」


「何でもねぇよ」


 短く言葉を交わして、マリーは先程のジョルジアのように黙り込んだ。ジョルジアはと言えば、無線機の前の登板兵と談笑していた。何を考えているのかさっぱり分からないが、馬が合わないと言う事は確かだ。マリーはそう思った。


 少尉達が終結ポイントに到達したのは、それから四十分後の事であった。




 宿舎全体が寝静まった深夜、男は一人執務室で書類仕事に勤しんでいた。書類にサインをし、修正点を記して、パソコンに何事か記録する。部屋の中はペンが紙の上を走る音と、キーボードを叩く音以外は何も聞こえず、とても静かだ。


コンコン


 男が作業に集中していると、誰かがドアをノックする音が聞こえた。「入れ」と顔も上げずに男が言うと、兵士が一人入室してきた。兵士はソファに腰かけると、テーブルの上にある葉巻を手に取り、勝手に吸い始めた。


「ふつうは部屋主に許可を取るものだろう」


「堅いこと言わないでよ、こっちは久々の運動で疲れてんだから」


 兵士は天井に向けて煙を吐き出すと、片頬を上げて意地の悪い笑みを浮かべる。男は諦めたように首を振り、話を進めることにした。


「共に戦った初の実戦は如何かな。ぜひ聞かせてもらいたい」


「悪くはない。命令もお行儀よく聞いているし、劣勢でも冷静に考えて行動できている。計画に精神を調整する予定まであるとは知らなかった」


 兵士が葉巻を吹かしている間、男は作業の手を止めて戸棚からウイスキーを取り出した。兵士はさっきまでの尊大な態度はどこへやら、椅子に浅く座り直して姿勢を伸ばした。男があきれた顔でグラスに琥珀色の液体を注ぎ込むと、兵士はグラスを掴んで、一気に飲み干した。


「そう言ったことも多少やってはいるが、彼らは兵士になる前から修羅場をくぐり抜けてきた精鋭だ。だがまあ、実用に耐えるという点は素直に喜ぶべきだな」


「……ふぅ~~~。いいもん持ってるじゃない。あんたの階級じゃあとても買えないような。こんな堂々と置いといたらバレるんじゃない?」


「他人の物を勝手に拝借するような人間はここにいない。君意外はな。それよりも、もっと感想を聞かせて欲しいな」


「葉巻はそこそこ、酒は上々、もうずっと此処にいたいぐらいサ。椅子の具合も…」


「誰が部屋の居心地を聞いた。私が言ったのは…」


「はいはい分かったよ、無粋な奴だねぇ。そうはいっても一回ぐらいじゃそれ位しか判断のしようがないよ。身体能力についても、何も特別なことはしてないし」


「それに関しては問題ない。テストは複数のモデルを用意して行っているからな。一般の兵士との連携において、何か問題点はないかということだ」


 兵士は煙を吐くと、けだるそうな顔で男を見つめる。眠そうな顔はやがて薄ら笑いへと変わるが、その目は無表情で何を考えているのか分からない。


「それを調査するなら、あいつらじゃ不適合じゃないかい?精鋭を基準にするなんてどうかしてる」


「それも問題ない。博士によれば他の兵士も何回かの実戦と精神治療によって、同じだけのストレス耐性を得るそうだ。実験の完成体がどこまでのものか、重要なのはそこだ」


「博士ねぇ、数字ばかりに固執する科学者の言う事なんて信用できるのかい?ましてや人間がどうなるかなんて予測が付かないだろう」


「科学とはただの数字の羅列ではない。我々の世界を数字と式で表す、一つの眼鏡のようなものだ。それをかけることで今までに見えなかったものが見えるようになる。明確な目標に沿って、計画を進めていくには不可欠な代物だ。特に、今回のような計画はなおさらな」


 兵士はやれやれと言った様子で立ち上がると、扉の前までゆっくりと歩を進めた。扉の前で立ち止まり、兵士はゆっくりと振り返った。


「じゃあまた、何かあったら呼んでくれ」


「ああ、……いやちょっと待て」


「何だ?」


「ご褒美だ」


 そういって男は兵士にウイスキーの瓶を投げてよこした。ウイスキーの瓶を受け取った兵士はにっこり微笑むと、瓶を掲げてから部屋を出ていった。兵士が部屋を後にすると、男は再び執務へと戻り、部屋には再び静寂が訪れた。

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