第17話 奪回 その④

シュヴェットに戻ると、少尉は反撃の為に部隊を再編成しようとした。損耗は激しく、反撃に出るには不十分な戦力ではあるが、何とか打開策を講じなくてはならない。此処まで負け続けて引き下がるという選択肢はない、何とか一矢報いて、元を取らなくては。


「第三小隊、残存兵力二十二名。第四小隊、残存兵力三十一名。これに加えて戦車一両、装甲車二十台か…」


「どうだい少尉、逆転のアイデアは思いついたかな?」


 少尉が苦慮していると、サンダース軍曹がおちょくるように尋ねる。補充を済ませて様子を見に来たところだった。少尉は笑って返したが、第三分隊の面々を確かめると、サンダースに疑問を投げかけた。


「サンダース、ヨハンはどうした?」


 その問いに、サンダースの顔が曇る。「ヨハンは…駄目だった。足に一発もらって、足手まといにならねぇように…」少尉は目を閉じて、深く息を吐いた。


「くそ…ヨハン、まだ十九だったのに…」


「ああ…だが悲しんでもいられん。何か打開策はあるのか?」


「いや、まだだ。これを見てくれ」少尉はゴーグルの画面を共有化して、サンダースのゴーグルにデータを表示する。地図と共に戦力比が提示され、その表示内容にサンダースは目を細める。


「こっちの戦力が一個小隊弱と戦車一両、敵は二個小隊とBT二両か…こんなに開くものなのか?もっと倒していると思ったんだが」


「戦果報告からまとめた信頼できる数字だ。敵が優勢ではあるが此方に利がないわけでもないさ」


「だが、優位を生かせる策はまだ思案中だろ?」サンダースは少尉を見据える。部下の的確な指摘に少尉は言葉を詰まらせた。


「…敵歩兵は広範囲に拡散していることが、偵察によって明らかになっている。二手に分かれて奇襲をかければ、敵の戦力を大いに弱体化できる可能性がある」


「確かにそれはありうる話だ…というより、それしか選択肢がないともいえるな。それでも敵が戦力を集中すれば簡単に撃退されるだろうが」そこまで言ったところで、サンダースは笑いながら手をひらひらと振った。「悪い悪い、嫌みばっかりになっちまったな」


「いや、いい。本当の事だからな。それに、気楽に考えている場合でもない。…装甲車から機関銃を下ろして使えないかと考えている。これがあれば、十分敵の脅威に耐えられるだろう?」ニッと笑って少尉が言った。


「まあ…出来なくはないな。あとはBTにどう対処するかってとこだ」サンダースの意見に少尉が顔を曇らせる。


「ミサイルが少ないからな…爆薬を使って撃破出来ないか?」少尉の問いにサンダースは首を振って答える。


「今高台に陣取っているのは敵の方だ。連中がこっちを追いかけているならともかく…あそこから動かないんだろ?」


「やはり駄目か。そうだよな…」そう言って少尉は一人思案にふける。しかし、いくら考えたところで存在しないものが現れるはずもない。苦悩している少尉を見て、サンダースが口を開いた。


「少尉、そんなに意固地になる必要があるのか?確かに重要物資が敵の手に渡ることは防がなきゃならん。だがな、策もなくただ攻撃するだけじゃ何も得られずに全滅するのがオチだ」


「………」


「物資を処分するなら、比較的短時間で簡単に出来るはずだ。許可は下りてるだろう?」


「むろんそれは可能だ…」


「だったら…」「だがそれは出来ない」少尉が低い声で言った。その迫力に、サンダースは面食らった顔になって続きを話すことが出来なかった。


「ここで逃げるのは簡単なことだ。物資を奪還するよりも遥かに確実だしな。それでも、この物資をみすみす渡すわけにはいかない。例え部隊のほとんどを犠牲にする結果に終わってもな」


 少尉の迫力がだんだん殺気を帯びたものに変わっていくのを、サンダースは直感した。それと同時に、少尉がうっかり口を滑らせたことにも気が付いた。


「少尉…アンタあれが何か知っているのか?」


「…君が知る必要はない。重要なことは、今踏ん張らなくては明日は無いと言う事だ」


「だがどうやって奪還する?」


「今考えているところだ!」少尉は噛みつくように答える。それから近くの瓦礫に腰かけて、また一人で熟考に入る。だが二人で考えて思いつかないものが、一人になっていきなり思いつくわけでもなかった。


「少尉」声を掛けられて、少尉は顔を上げる。そこには小隊軍曹が立っていた。妙案が浮かばないこともあって、少尉は不貞腐れたように返した。


「何だ、今忙しんだ」頭に手を当てて疲れ果てた様子の少尉に、軍曹は手に持っていたものを手渡す。筒状のそれは実に簡素な作りで、それをよく知っている者でなければ図面ケースにでも見えるだろう。


「さっき装甲車の中から見つけてきました」


「M230LAW…使い捨てのロケットランチャーか」暫く手に取って眺めていたが、それを地面に置いて少尉が口を開く。


「子供だましだな。軽量ならこれでもいいが、中量級BTにはこけおどしでしかない」肩をすくめる少尉。軍曹は表情を変えずに話した。


「ええ、確かに子供だましです。中量には癇癪玉程度にしか感じないでしょう。」ですが、と軍曹はそこで言葉を切って話を続ける。


「不可能なことを成し遂げようというのです、これくらいの掛けは必要事項だと考えますが?」

「山師に賭ける、か」「それぐらいの気概が必要ではないですか?」少尉は暫く手元を見つめていたが、やがて決心したように立ち上がった。


「そうだな…ほかに手もないようだ。これで行くことにしよう。軍曹、皆を集めてくれ」


「はい」


「それと軍曹」


「なんでしょう?」


「ありがとう、助かったよ」


「いえ、話し相手でしたらいつでも行ってください。少尉」軍曹は微笑み、それから皆を集めるために無線のチャンネルを全員のものと同期させた。




 心地良いまどろみから引きずり出され、私は二人の兵士に地面に立たされる。乱暴な手つきに顔をしかめるが、その思いはすぐに感謝へと変わった。目の前に転がる戦車の残骸を見て、わが身に起きた不幸を思い出したからだ。

 

 アテロイデの戦車を撃破したまではいいが、そこで連中に撃破されたのだ。そこまで思い出すと、頭の中にかかった霧が晴れて、急に思考がクリアになる。あと少しで自分が死ぬところだったと思うと、急に悪寒が走った。

 

 兵士たちに礼を言って、制止も聞かずに歩き始める。慣れない土地でも今は地面を歩けることが嬉しかった。もう少しで死ぬかも知れなかったのだから、その喜びはひとしおだ。

 

 あちこちに、生存者を探し求める捜索隊の姿が見て取れた。遠くに中戦車も見えるが、足をだらしなく伸ばして地面にへばりついている。おそらく撃破されたのだろう。心の中で印を描き、再び散策を続ける。

 

 興奮状態から覚めたのか、体のあちこちが悲鳴を上げ始める。我慢して現状確認を続けようとするが、運悪く衛生兵に捕まってしまった。こいつらは、いつもは見かけない癖に、いてほしくないときには必ず近くにいる。

  医療関係者という人間がみんな持っているスキルの一つだ。患者が注射から逃げないように、陰に潜んで機会を伺う。狙撃兵みたいに、静かに、ひっそりと。

 

 衛生兵が神経インターフェースを取り出し、私の端末に接続する。私の体に埋め込まれたナノマシンが衛生兵の大脳コンピュータに情報を送り、衛生兵は瞬時に私の負傷具合を確認することが出来る。

 

 まだ大丈夫、という意を込めて右手を上げようとすると、衛生兵が右手を掴んで、装甲服の上から二の腕を包むように圧迫する。鈍い痛みが走って、思わず顔をしかめた。相変わらず容赦のない奴だ。

 

 掴まれた右手をさすっていると、開いている輸送車に乗るよう衛生兵は顎で示した。おかしいな、私の方が階級は上なんだが、と素朴な疑問を抱きつつ、この恐ろしい上官の命令に私は渋々従った。

 

 輸送車には既にかなりの負傷者が乗っていて、立つことも出来ないものがいた。仕方がないので立てない奴の足を持ち上げて、そこに座ることにした。うめき声をあげていた気がするが、まあ、向こうまでは持つだろう。

 

 満員になった輸送車が走り出し、規則正しい、単調な縦揺れが繰り返される。同乗者は皆俯いて、疲れ切った様子だ。無理もない。目標を拿捕するだけの簡単な任務と聞かされていたのに、予期しなかった出血を強いられたのだから。

 

 目を瞑り、今一度まどろみに入る。あの中戦車に乗っていた男、名前は何と言ったかな…忘れてしまったがそんなに悪い奴ではなかった。苦しまずに死ねただろうか。苦しみに満ちた世界なのだ、死ぬ時ぐらいは安らかであって欲しい。

 

 今更一人死んだくらいで喚いたりはしないが、やはり知った顔が死ぬのはいただけない。アイツと親しかった奴が苦しむところを見ることになるし、いつもの日常に穴が開いてしまうような感覚を強いられるのは、いつまで経っても慣れない。

 

 ポケットに手を入れて、目当てのものを探す。見つからない。おかしいと思いつつ何秒か探り続け、ようやく思い出した。そうだ、この前人にやったんだったな。

 

 アイツは、無事に帰れただろうか。恐らく思い入れにある仲間なのだろう、自分でも死んだ仲間をわざわざ迎えに行ったりはしない。いい仲間に恵まれて死んだ奴も幸せだったんじゃないかな。

 

 しっかし、参ったな。私は頭を掻く。あれは借り物だったのに、不味い事をした。なんて言い訳をしようか、あれを借りたのも、おっかない奴だったのをすっかり忘れていた。

 

 

 

 闇夜の戦場には静寂が戻り、敵兵とBTの足音以外に聞こえる音は無かった。戦火は収まり、暗視ゴーグルがなければ前方一メートルですらうかがうことは出来ない。敵は辺りを確かめる素振りは見せず、戦後処理に集中していた。

 

「静かに、音を立てるな」


 静止した空気を分け入って、小隊軍曹に率いられた第四小隊が歩みを進める。高台を迂回してシュヴェットの反対側に陣地を構えるため、小隊員たちは敵に悟られぬよう神経を集中させる。


 敵兵がこちらに振り替えるのを見て、軍曹は小隊に停まるよう手で促す。無駄だとはわかっているが、首をすくめて縮こまる軍曹。こちらに気付いていないことを確認して、小隊は再び動き始める。


 指定された地点の、目標のトラックを側面から望む位置に小隊が展開する。敵兵はひっくり返ったトラックの荷台に穴をあけようとして、何やら作業に没頭していた。グラインダーが放つ火花が、ほうき星のような輝きを放ち、持ち主を格好の的に変える。


 しかし誰もそのことには気が付いていない。敵兵の只の一人も、小隊の動きに誰も気が付く様子はない。仕掛けるには絶好の機会だった。


「少尉、配置完了です」


 小隊を率いる軍曹が少尉に合図を送る。少尉は戦力が半減した第三小隊を主力とする別動隊を率いて、高台の南に位置していた。


『よし軍曹、攻撃開始だ』


 少尉の返信を受けて、小隊軍曹は待機させていた特任射手に合図する。特任射手が持つアサルトライフルは他の兵と同じものだが、バレルが延長されて高倍率のスコープを取り付けてあるので狙撃に適していた。


 射手はグラインダーを持つ敵に狙いを定め、引き金を引いた。一発の銃声が轟き、そして敵兵が倒れると同時に小隊軍曹の号令が響き渡る。


「総員、撃ち方始め!」


 第三小隊の持つ銃が一斉に火を噴いた!敵にはいきなり火の海が形成されたかに見えたであろう銃火は、間髪入れずに敵をバラバラに引き裂く!


DADADADADADADADADADADADA!


BABABABABABABABABABABABABA!


 攻撃が始まるとトラック周辺の敵は地面に露と消え、生き残りはその場に伏せて応戦を開始する。不意を突かれた敵は浮足立って劣勢となり、すぐさま高台の味方に救援信号を送る。高台の敵は味方の振りを察知して移動を開始し、第四小隊に十字砲火を加えようとした。


「そうするしかないよなぁ」


 敵が動き出したのを確認して、少尉は別動隊に合図する。戦車が放った一撃が、軽量級BTの無防備な背中に命中する!BTはその場に倒れて、足をぴくぴくと痙攣させる。続いて歩兵の制圧射撃で敵兵数人が地面に倒れ、中量級BTは別動隊の対応に回らざるを得なかった。


 一気に片を付けようと、全速力でBTは接近する。「LAWを使え!」少尉の命令で装甲車の乗員がロケットランチャーを構え、BTに向けて発射した。低い音を立てて飛翔するロケットは、BTの顔面に命中してその足を止めさせた。


 BTが足を止めたことで、それにつられた敵兵の進軍も停止する。立ち尽くした敵小隊に対して、別動隊はM2ブローニング重機関銃を向けて、横なぎに掃射した!


DOM!DOM!DOM!DOM!DOM!


 ブローニングの(機関銃にしては)ゆっくりとした、しかし重さを感じさせる発砲音が敵を威圧する。此処で顔を上げようとするやつがいれば、すぐに部の悪い賭けに乗ったことを後悔する羽目になったであろう。


 三人の対戦車特技兵がザラマンダーの狙いをBTに定め、ミサイルを発射する。二発を回避するBTだったが、一発が背中に背負っていた銃座に命中して大破させる。これで敵の兵力を、格段に落とすことが出来た。


「いいぞぉ!」思わず少尉が叫んだ。敵は頭を抑えられているので、満足に反撃できない状態に置かれている。最初の先頭とは立場が逆転した状況となった。頼みのBTもLAWやザラマンダー、戦車ににらみを利かされて動けずにいる。


 膠着し、拮抗した戦線。敵を釘付けにするという少尉の目論見は成功した。このままではトラックの物資を奪還することが出来ないが、それも少尉の想定の範囲内だった。目的のチャンネルを開き、少尉が次の命令を下す。


「ハンス軍曹!今だ、行け!」


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