第16話 奪回 その③
今までのどの攻撃よりも近くで放たれたミサイルは、BTに反撃の機会を与えずにその胸部を吹き飛ばした。爆炎と共にBTの頭部や腹部、足などが辺りに散乱する。
「これで一体」と少尉。しかし状況はさらに悪化し、予断を許さぬ段階になっていた。軽量級BTに気を取られている間に、中量級BTと伏兵はさらにその距離を詰めてきた。厄介な中量級BTが頭を下げ、背中に背負った銃座が小隊に向かってうなりを上げる!
BABABABABABABABABABABABA!
敵の濃密な弾幕射撃に、小隊は遮蔽物に身を隠し反撃することすら困難になった。敵は制圧射撃を加えながら肉薄し、白目が見える距離まで迫ろうとしてくる。第四分隊と同じように焼き殺すつもりか、それとももっと残酷な惨殺手段を取るのか。
『少尉、此方第二分隊。敵の攻撃が激しくこれ以上耐えられません。至急応援を!』どうやら向こうも状況は同じらしい。
「第三小隊はどうした!」憂さを晴らすように少尉は叫んだ。
『敵の反撃で隊の半数を失っています。戦車一両が撃破され一台が修理中です。敵は第三小隊を混乱状態にすると、今度は戦力が豊富な此方を包囲しにかかったようで、現在一個小隊にBT二両と交戦中です!』
なんという事だ、と少尉は歯ぎしりした。われわれ第四小隊は一隊で二個小隊とBT三両を相手にしなくてはならなくなった。しかもこっちの戦車は残り一両、故障中だ。
悩んでいる暇はない。少尉は第三小隊との通信を試みた。「こちら第四小隊のリーバイ少尉。中尉、聞こえますか?」
返事がない。
「中尉!聞こえていたら応答を!」
『こちら第三小隊、どうぞ』
中尉とは違う声だ。少尉はその声が第三小隊のカルメン小隊軍曹のものだと気づいた。
「カルメン軍曹、中尉はどうした?」
『中尉は…砲撃に巻き込まれて殉職しました』インカムから、軍曹の悲痛な声が聞こえてきた。
『少尉、これ以上の抵抗は不可能です。私たち第三小隊が援護しますのでシュヴェットへ撤退しましょう』
選択の余地はなかった。少尉は了承の意を示すとインカムの周波数を調整して、小隊全体に指示を伝えた。
「小隊聞け。これ以上の交戦は不可能と判断し、撤退行動に移る。まず小隊を二つの班に分け、それから交互に牽制と撤退を繰り返す。第一、第五分隊がアルファグループ、第二、第三、第六分隊がブラヴォーグループだ。最初はブラヴォーグループが牽制し、アルファグループが撤退する。味方に当てるなよ。では小隊、行動開始!」
少尉の命令が下されるとハンスたちブラヴォーグループは少し下がって、横隊の陣形を取る。続いて、第三小隊が少尉に近い敵に対して援護射撃を開始、中量級BTの顔に二発のミサイルを当てて怯ませる。その隙に第一分隊の小銃手が、BTの銃座に向けてロケットを発射し、銃座を鉄くずに変えた。
「アルファグループ後退せよ!」
少尉の一声でアルファグループが撤退を開始する。少尉たちが敵の攻勢正面からいなくなった事で、敵部隊はハンスたちに向けて攻勢を開始する。
「気張れよ、お前らぁ!」サンダース軍曹が喝を入れる。第六分隊は横隊の中央に位置し、状況が芳しくない方を援護する役目だ。
「敵を遠ざけることが作戦の要だ。無駄に突っ込んで死ぬようなことは避けろ」ハンスが分隊員に告げる。ジョルジア伍長は問題ないだろうが、後の三人が心配だ。
「来るぞ!」
誰かがそう叫ぶや否や、先ほどの二倍近くはある量の銃弾がハンスたちに襲い掛かった。銃弾はハンスたちが潜むクレーターやその周りの地面をえぐり、頭上に土を降らせて威圧する。極めつけはBTが放つ砲弾が至近に着弾し、此方を生き埋めにしかねない勢いで土砂を巻き上げる。
不意に頭を下げたい衝動に駆られた。しかしハンスは歯を食いしばり、前進を続ける敵歩兵に応戦する。果敢に突撃してきた兵士の何人かを細切れに変え、残りをその場に拘束する。が、残った敵はその場で射撃を続け、その間に後方で援護していた敵歩兵が前進する。どうやら敵も逃がす気は毛頭ないらしい。
第六分隊はさらに制圧射撃を続ける。少尉からの撤退の合図がないことにハンスは若干イライラしてきた。敵は既に距離を詰めて、横隊から百メートルくらいの場所に展開している。
突如、機関銃の射撃が途絶えた。「装填中です」と言ってブレンダはバックパックから予備の弾倉を取り出し始める。長引く戦いの中で予備の弾倉を取り出す暇がなかったのだ。これ幸いとばかりに、敵歩兵は一気に距離を詰めにかかる。
「白鳥、ロケットランチャーを使え!」ハンスが叫ぶ。
白鳥はロケットランチャーを展開し、曲射榴弾を装填した。AT44は曲射榴弾を使うことで擲弾筒としても使える優れたロケットランチャーだ。
BASHUUUUUUUUUUU!
低い音を立てながら榴弾が敵が敵の頭上へと飛来し、頭上で炸裂した。突出した敵兵五人が爆発に巻き込まれて即死する。ハンスの目の前にズタズタになった上半身が落下してきた。息があるようだが今はそれどころではない。頭に一発撃ち込み、邪魔にならないよう乱暴にクレーターの中へ放り込んだ。
そうしている間にも敵はさらに接近し、BTも少しずつ迫ってきた。これ以上接近されれば頭上から機銃掃射される羽目になる。ハンスの背中を冷や汗が伝った。
『ブラヴォーグループ後退しろ!アルファグループは援護だ!』
「少尉の命令を聞いたな!総員後退!」
第二分隊隊長ヘンリク・ハルヴァリ二等軍曹の号令で、ブラヴォーグループは後退に移った。後方の味方が機関銃やAT44、ザラマンダーを総動員して援護し、敵の視界を土煙と火炎で覆い隠す。敵は前進を阻まれるものの、代わりにさらに濃密な弾幕で応戦する!
BANG!BANG!BANG!
DODODODODODODODODODODODO!
BABABABABABABABABABABA!
ブラヴォーグループの後を追うように敵の銃弾が押し寄せ、その無防備な背中に風穴を開けようと牙をむく!岩に命中した弾丸さえ反射して、再び兵士たちを追い立てるのだ。
ついさっきマリーがいた位置にBTの砲弾が命中し、衝撃波でマリーの体が浮かび上がった。吹き抜ける爆風を背中に受け、マリーは肝を冷やす。その直後、マリーの右を走っていた兵士が足に弾をもらい前のめりに倒れ込んだ。
「………!」
咄嗟にマリーは手を伸ばすが兵士は握らなかった。代わりに敵に向けてアサルトライフルを連射する。暫く抵抗するも兵士は敵からの集中射撃を受け、その体をミンチに変えた。
少尉達アルファグループの横を通り、ブラヴォーグループは配置につく。ヘンリク軍曹が少尉に合図を送り、アルファグループが後退を開始した。
(シュヴェットまであと少し、踏ん張れよハンス)
ハンスは自分に言い聞かせる。アルファグループに続いて敵の弾幕、そして敵部隊が土煙と硝煙を伴って押し寄せる。「さっきの繰り返しだ、冷静に対処しろ!」サンダース軍曹がアルファグループに気合を入れる。
来た。
再びの激しい銃撃!ブラヴォーグループも射撃の間隔を開けないことで敵の全身を阻む。進む者とそれを拒む者、互いの意地の張り合いはあと少しと言わず、まだまだ続きそうだった。
いきなり、それまで快調だった敵の前進が止まった。なんだ?諦めたのか?ハンスの心の中に楽観的な希望が芽生えるが、そんな考えはすぐに消し飛んだ。数人の敵が立ち上がり、此方に何かを投げつける。それがいったい何なのかは、想像に難くなかった。
「グレネード!」
叫ぶが早いか、動くのが先か。ブラヴォーグループは一斉にクレーターの陰に身を隠す。幸いクレーターに落下したグレネードは一つもなく全員が無事だった。しかしこの攻撃で制圧射撃が途切れてしまった。
戦場に蔓延する銃声をかき消すようにけたたましい足音が鳴り響く。射撃がやんだこのすきに一気に接近する算段だ。砂煙に紛れて、敵は銃を乱射しながら一気に突撃してくる!
一番手前にいる敵兵が第六分隊の手前十メートルの位置まで迫る!だがこの敵兵はすぐに己の迂闊さを思い知る羽目になった!
ブレンダはナイフを取り出すと、クレーターから這い出して敵兵めがけて投げつけた。風切り音を上げながらナイフは一直線に敵へ向かい、その右胸に深々と突き刺さった!
一瞬何が起きたのか分からなかった敵兵がその場に立ち尽くすと、ブレンダは敵兵の銃を奪い盾として利用する。ブレンダは左手で盾を抱えつつ、クレーターまで下がりながら片手で機関銃を乱射した。
DODODODODODODODODODODODO!
突撃に夢中になって伏せるタイミングを見失った敵は、体のあちこちから血を吹き出し、もんどりうって地面に倒れ込んだ。
「いいぞ、ブレンダ!」
サンダース軍曹が声を出して笑った。ブレンダはそのままクレーターの中へ後退し、盾の頭にナイフを二、三回突き刺してクレーターの底へ蹴り込んだ。
『ブラヴォーグループ後退しろ!アルファグループ援護開始!』
少尉からの合図だった。ブラヴォーグループは敵に向けグレネードを投げ込んだ後、移動ポイントへと急いだ。後ろからは相変わらず敵の激しい弾幕が、無抵抗なブラヴォーグループ目掛けて襲い掛かってくる!
BANG!BANG!BANG!
DADADADADADADADADADADADA!
KABOOOOOOOOM!
爆発の衝撃でまた数人が犠牲になる。残っているのは何人だろうか、被害によっては交互に後退することも困難になってくる。ハンスはそんなことを考えていた。何かを考えていないと、気を失ってしまいそうだった。
視界が狭まり、頭がぐらぐらする。移動地点まで到達したとき、ハンスはアーマーの栄養剤投与機能を作動させた。脳をぶどう糖が駆け巡り、暗かった視界が一気にクリアになる。
「もうへばったのかい?先はまだまだ長いんだ、気合入れな」疲弊した様子のハンスを見て、ジョルジア伍長が軽口をたたく。
「…言われなくても!」
ハンスはむっとして答えると前線の敵を睨みつける。第三小隊の援護が始まると、アルファグループはブラヴォーグループと同じラインまで後退し、そこで一旦停止して少尉が新たな命令を伝える。
「ここからは第三、第四小隊に分かれて後退する。高台のふちに展開し迎撃に転じて敵の戦意を挫く!連中にここまで追ってきたことを後悔させてやれ!」
第三小隊の援護が続き、その間に第四小隊は少尉の合図で次のポイントへ向かう。敵も休みなく続く攻勢で疲弊したのか、勢いがだんだん落ちてきた。まだ勝機はある。そんな考えがハンスの頭をよぎった。
いささか楽観に過ぎるかもしれないが、戦いにおいて諦めるという行為はそれ自体が命を落とす要因になりうる。しかし、事態はハンスの望む方向とは大きく異なった状況となっていく。
第四小隊が配置につくと敵の攻撃は散発的なものとなり、小隊は撤退の援護をしながら装備を整える余裕さえあった。
(この間に部隊全員を後退させるか?いやしかし、何故敵の勢いは衰えたのだ?)少尉がそんなことを考えているとその疑問に答えるように、敵の攻勢が始まった。
ポンっという軽い音と共に、第四小隊がいる辺りに連続して爆発が起きる!全員がクレーター内に身を隠すが、擲弾筒を使った攻撃は立て続けに襲来し、ハンスたちは地面にかじりつくように伏せ続けた。
KABOOOOOOOM!KABOOOOOOOM!
もう、頭を上げる事すら叶わなかった。ただ地面に平伏してやがて訪れる死を待つばかりとなる。こうしている間にも敵がじわじわと接近している事は見えずともわかった。移動を終えた第三小隊が陣形を整え、迎撃を開始するもすでに時間切れだった。
擲弾筒の攻撃がやんだ時、ハンスは死を悟った。自分の目の前に中量級BTが一体迫っているのが見て取れた。白鳥がロケットランチャーを構えるが、それだけでどうにかなる相手ではない。目の前の敵を焼き払おうと、BTがゆっくりとその大顎を開いた。
その時、後ろから空気を引き裂いて爆音が轟き、一発の砲弾がBTの頭部に命中した!修理を終えた戦車から放たれた、起死回生の一撃だった!砲弾を喰らったBTの顔面は醜くゆがみ、その血液や脳髄、搭乗員の破片を無残にぶちまけてその場に崩れる!
「第四小隊、撤退始め!」
敵がとまどっている間に第四小隊が撤退を開始する。追い打ちを掛けようとした敵兵に、戦車が放ったキャニスター弾が炸裂して、何千にもわかれた金属球が敵兵をボロ布に変える!その隙に、部隊は高台の縁へと退避を完了した。
それからの先頭は順調に進み、部隊は高台の縁に陣取って敵に弾幕をお見舞いし続けた。敵は先ほどの攻撃で爆発物を使い切ったのか、陣地まで前進することは無かった。だが、兵力が不足しているのはこちらも同じで、結局高台を取り返せずにシュヴェットまで退却する事になった。そして重要物資もまだ敵の手にある。そのことが少尉を何より苛立たせた。
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