第11話 虜囚 その③

ブレンダが新米の足…だったものにシュッとナイフを滑らせる。それまで数えきれない程―新米の主観に過ぎないが―繰り返されたであろう激痛に、新米は歯を食いしばり、ガタガタとその身を震わせた。


 瞬間的な痛みは何とかごまかすことが出来たが、常時続く痛みを和らげることは不可能だ。新米の口から、堪えきれない嗚咽が漏れる。ブレンダは二人から浴びた返り血で血塗れになっており、その姿は恐るべき悪鬼を連想させた。


「早くおっしゃっていただくと、私も手間が少なくて助かります」


 ブレンダが再びナイフを走らせる。筋組織が新米の足から離れ、ブレンダの足元に落下する。耐えられなくなった苦痛が新米の口から声となって表れる。新米の足はひざから下はほぼ骨となっており、両手の爪は強引にはがされていた。


 新米は自分が徐々に死に近づいていることに恐怖したが、それ以上に、この鬼畜の所業を眉一つ動かさず行うブレンダに、心の底から恐怖した。今目の前にいる女の罪に比べれば、自分が生きるために行った悪などちっぽけなものだと、的外れなことを考え始めた。


 しかし、哀れな新米の現実逃避も、さらなる激痛が襲って来たことによってすぐに引っ込んでしまった。ついに痺れを切らしたブレンダが、足の指を切り取り始めたからだ。ちなみに爪の方は、既にはぎとられて無くなっている。


「わっわっ分かった!分かった!分かったよ!!…何がしっ知りたいんだ!何でも言うよぉ!」


 耐えきれなくなった新米が音を上げる。ブレンダはうんざりする程繰り返した質問―三人の居場所と装備の行方を尋ね、新米は時に協力的に、時に足の指を切りつけられながら、質問に答えていった。


 新米によると、施設は地下三階層に分かれているそうだ。正面ゲートへの階段が上の階に、三人の装備はブレンダが今いる階ある。マリーと白鳥もこの階にいるらしい。ハンスは一つ下の階にいて、何かの作業に従事しているそうだ。


「成る程、助かりました。では」


 ブレンダは要件を済ませると、新米には目もくれず、荷物をまとめて出ていこうとする。だが新米がそのことで何か悪態をつくなどという考えは微塵も起きなかった。新米はようやく地獄の苦しみから解放されたことで放心状態となり、焦点の合わない目で何かぼそぼそと呟いている。


(イかれたか)ブレンダは気にも留めなかった。その目は汚いごみを見る目というよりは、赤の他人でも眺めるように無関心なものだった。最低限血をぬぐおうと、まだ奇麗な新米のズボンの切れ端をアーマーに擦り付ける。


「…すいません…すいません…」


 一瞬、空き部屋の中に静寂が訪れる。新米の悲痛な懺悔がブレンダの耳に届いた時、彼女の手が止まった。そのまま新米の下へ歩み寄り、新米を見下ろす位置についた。その顔から表情を読み取ることは出来ないものの、抑えきることの出来ない殺気に、新米は恐れわななき、ついには涙まで流す始末だ。


「何故、謝るのです?」


「…え?」


「何故謝るのか、と聞いているのです。あなたは何か懺悔すべき罪を犯したのですか?」


「いや…、あの…、…え?」


 新米は目の前の女が何を言っているのかさっぱり理解できなかった。謝るべき罪?お前は仲間が連れ去られたから怒っているんじゃなかったのか?と。


「この末法の世…、いえ、いつの時代であっても悪などというものに明確な基準はありません。何故ならば悪とは、集団や組織にとって都合の悪いものが悪と認定されるからです。組織が変われば、悪も変わります。神も、絶対の正義も、この世には存在しません。この救い無き時代にあなたが懸命に生きた事実。その事実は、何人たりとも覆すことは出来ません」

 

 そう告げると、ブレンダは新米の反応を伺う。新米は拷問の傷が痛むやら、いきなり意味不明な講釈が始まるはで、全く理解が追い付いていないようだ。

 

(言ったところで無駄か)


 肝心の部分だけ伝えることにするか。ブレンダは右手にナイフを持ち、新米の耳へと突き刺した!ねじ込んでしっかりと突き刺さった事を確認すると、そのまま新米の首を百八十度反対に捻る!新米は耳と、首のちぎれた部分から血を吹き出し、ブレンダは再び血塗れになった。ブレンダはさらに、憎しみを籠めてナイフをねじ込む。


「貴方には、自分の人生を誇りに思う権利と義務がある。」


 それだけ言い終えると、ブレンダはナイフを引き抜いてまっすぐ部屋を後にした。首の骨を折られ、血を流して出血している新米に最後の言葉が届いたかは、誰にもわからない。



 場面は再び、二人が囚われている牢に戻る。マリーと白鳥はいまだに脱出法を見出せず、囚われの身であった。最後に会話してからどれくらい経っただろうか。白鳥はもちろん、マリーですらこの非常事態に疲れ果て、意気消沈していた。


 最後に話していた話題は何だったかな。霧がかかったようにぼうっとする頭で、白鳥はそんなことを考え出した。確か…ブレンダの素顔についてだったか、ブレンダの私服についてだったか。まあどっちにしろ、大して変わらないか。


 白鳥の脳裏にマリーの適当な予想がよぎり、白鳥は思い出し笑いをした。劣悪な環境下と後ろにいるコメディアンの馬鹿話のせいで、白鳥の理性は大分やられていた。白鳥が不気味に笑う中、浅い眠りから目覚めたマリーが久しぶりに口を開いた。


「やっぱり俺たちが生かされている理由ってあれだよな」


「ヒッヒヒ…、ンン!…何だよ」


 白鳥が咳払いし、顔を仏頂面に戻す。マリーはあえて気にせずに続けることにした。


「こう…、娯楽に植えた悪党どもにあんなことや、こんなことされて、最後には…」


 それだけ言うとマリーはプルプルと震えた。しかし、あまり怖がっている様子はない。これも雑談の一つに過ぎないようだ。むしろ、白鳥の方が深刻そうな顔になった。


「いや、そんなことよりもっと逼迫した問題があるんだが」


「これより悪いケースだと!そんなもんあるもんか!ケツ穴弱そうな顔してる癖に!」


「顔は関係ないだろ殺すぞ!…私が言いたいのは、この施設が放射能を完全に防ぎきれるのかって話だ」


「そんなもん密閉されてるに決まってるだろ。白鳥くぅん、君の目は節穴かい?ここに来るまでに機密ドアを通ってきたじゃないか」


「あぁ、機密ドアは二枚通って此処までやってきた。正面ゲートと、牢のエリアの二つな。」


 マリーはやっと事態を掌握出来たのか、先程とは打って変わって不安そうな表情で白鳥に質問する。


「俺達、一体どうなるんだ?」


「どうって…、放射能の中にマスク無しで放り出されているんだ。もしかすると原爆症にかかるかも知れん」


「…そのゲンバクショウってのは…」


「放射線を浴び続けていると、いろいろな病を発病するんだ。…一概にそうなるとは言えないが、最悪全身の体毛が抜けて穴という穴から血を流して死ぬ」白鳥は台本に書いてあることを読み上げるように、さらりと言った。


「何それこえぇ!こんなとこ早く脱出しようぜ」


「ようやっと理解したか馬鹿め。だが…よし、久し振りだったから時間が掛かったが、もう両手を動かせる筈だ」マリーが両手を動かすと、手錠が外れていた。


「…どうやってやったんだ?」マリーが訝しむ顔になる。


「小倉も手酷くやられてな。此のくらいのことが出来ないと生きていけなかったのさ」


「だがおかげで悪党どもをぶちのめせるな、早速…」立ち上がろうとするブレンダを、白鳥が制す。


「待て、お前のあほみたいな妄想もあながち嘘とは言い切れん。私達でお楽しみに突入しようというなら、此処まで迎えが来る筈だ。それをとっ捕まえてやれば、武器やアーマーが手に入るって算段よ」


「成る程!じゃもう少し駄弁っていられるな」


「…やっぱりもう行かないか?」白鳥が露骨にいやそうな顔になる。


「何だよ、お前が言い出したんだろ。俺はもうこの作戦で行くって決めたぜ」


 しかし、迎えは二人が考えているよりも早く表れた。廊下に響く足音に反応して、二人は息をひそめて相手が牢に入ってくるのを待つ。だが、何か妙だ。迎えが近づいてくるにつれ、二人は何か重いものを引きずるような、奇妙な音を耳にした。


 迎えはかなりゆっくりとした足取りで、二人の下へと近づいてくる。足を止めた様子はなく、完全に油断しきっているようだ。二人は迎えが来るのを今か今かと待ち構えていたが、その姿を目にした途端、二人の背筋は凍り付き、言葉を発することも出来なかった。


 迎えは期待していた人物像とは異なり、金属の塊と布袋…いや瀕死の人間を引っ張っていた。人間には右胸に斧が突き刺さっていて、そこから苦しそうな息がヒュー、ヒュー、と漏れた。


 それらを引きずる人物は全身赤黒い血に染まっていて、こちらを見るゴーグルのセンサーが赤く光り、より一層不気味さを演出した。まさに地獄からの使者という出で立ちだ。

 

 血塗れの人物は二人を確認すると、倒れている人間から斧を引き抜き、その人間の首を切断しに取り掛かる!

 

 ダンッ! ダンッ! ダンッ!

 

 切れ味が悪いのか、斧は二回、三回と立て続けに振り下ろされる。

 

 ダンッ! ダンッ! ダンッ!

 

 ようやっと首を切断し終えたところで血濡れの人物は立ち上がり、ゆっくりと二人に向き直る。次はお前たちだ、と言わんばかりだ。

 

 「ぎゃあっ!!」

 

  マリーが思わず叫び声をあげた。白鳥はあまりの恐ろしさに何もリアクションを取ることが出来ず、ただパクパクと口を動かす事しか出来ない。


「落ち着いてください」

 

 血濡れの人物が左手の人差し指をマスクの前に立て、ゴーグルとヘルメットを外す。見ると、その顔は二人もよく知っている人物のものであった。


「え?……あっ…ブレンダ…え?…」ブレンダは二人が落ち着きを取り戻すまで待たされることになった。



「いやー、最初見たときはビビったぜ。地獄からのお迎えが来たかと思ったもの」


 マリーがアーマーを装着しながら、いまだに信じられないといった表情で話す。とは言え、もう暫くすればいつもの調子に戻るだろう。反対に、白鳥はブレンダに目を合わせようとはせず、黙々と装備に着替えている。


「驚かせてしまってすいません。なかなか白状してくれなかったので、こういった手段を取らざるを得なかったのです」


 ブレンダがそう言うと、白鳥が眉間にしわを寄せる。情報を得るために尋問を行った、それは分かる。だが、ここまでやるのか?


 白鳥はブレンダが引きずってきた男に視線を移す。すでに息絶えた男は、両手の指が幾つか欠けていて、全身を裂創で埋め尽くされている。斧が突き刺さっていた右胸に穴が開いていて、そこから大量の血が流れていた。悲痛に歪む顔が痛々しい。


 軍人になったから、そいつは人殺しが大好きなサディストというわけではない。少し前まで、一介の一般人に過ぎなかった訓練生はブートキャンプの洗礼を受け、幾度かの実戦に参加することで初めて、殺人という異常行動に体をなじませることが出来るのだ。


 少尉やハンスのようなベテランの兵士であれば、感情と思考を切り離して行動することも可能だろう。だがブレンダのそれは、まるで感情など全く持ち合わせていないかのようだ。


 これが奴の本性、と言う事だろうか。白鳥は気取られぬようにブレンダを盗み見る。彼女の考えが読めない瞳が、今は恐ろしく不気味に見えた。そのマスクの向こうに一体どんな怪物が潜んでいるのか。白鳥の表情はますます不機嫌なものになっていく。


「白鳥がおっかないこと言ってくるからよ~、こっちはいつ鼻血出しながら野垂れ死ぬかビクビクしてたんだ。いやぁ助かったよ」


 マリーはすっかりいつもの調子に戻っていた。時折死体の方に視線を移すも、ブレンダを咎めるような様子はない。能天気な奴だ。白鳥は思った。


 人の命なぞなんとも思っていない、どうしようもない奴が私たちの軍隊にいるかもしれないというのに。


「ここは十分に密閉されているようです、放射能を気にする必要性は薄いと考えられます。それに、お二人も私も…」「黙れ」


 不意に、今まで黙っていた白鳥が口を開いた。


「お前と私を、一緒にするな。少なくとも私は、人を弄ぶような真似はしない」


 マリーが片眉を上げる。白鳥の発言に、明らかに気分を害した様子だ。ブレンダは話すのをやめ、俯いて押し黙るばかりだった。


「これが一番効率的だとか考えているのか?あぁそうだろうさ。情報を得るのに無駄な手間をかける必要はない。だが、見ろ。これは本当に必要なことか?」


 白鳥が死体の腕を掴んで、ブレンダに見せつける。手の爪はすべて引きはがされ、滅多切りにされた傷跡が痛々しい。白鳥は持っていた腕を地面に叩きつけ、ずかずかとブレンダの方に歩み寄る。


「なぜこんなことが出来る?良心ってものがないのか?それとも悪党には何をやってもいいと、本気で思ってるのか!?」


「………」


「だいたい、…」


 白鳥はだんだんと説教モードに入っていく。マリーは二人のやり取りを、何も言わずにただじぃっと眺めていた。白鳥が、連邦陸軍に仕えると言う事が自分にとってのこの上ない名誉なのだと言うのを、マリーは聞いたことがあった。その誇り高き陸軍で狼藉を働くような奴がいれば、確かに腹が立つだろう。それは分かる。


 だがそれが、ブレンダの功績を無下にする理由になるかと言われれば、マリーはそうは思わなかった。ブレンダがいなくても、俺たち二人は脱出できたかもしれない。だが、自分だけ助かるという選択肢を否定し、此処まで助けに来たブレンダの努力を、白鳥はどう思っているのだろう。


 マリーはブレンダに視線を移す。可哀そうに。ブレンダは俯いたまま何も言おうとはしないが、その手は固く握りしめられている。自分の主張を相手に伝えるってのが、もともと苦手なんだ。好き放題言われて何も言い返さないのは、自分の行いを反省しているからとは限らない。


 きっと頭の中ではこんなことを考えてるに違いない。なぜ自分の功績を、こいつは認めようとしないのだろう。あんなに頑張ったのに、怖い思いをしてまで助けに来たのに、何故?マリーは心の中で言ってやった。簡単なことだ。自分がいかに頑張ったかを、目の前の愚か者に言ってやれば良い。


 マリーには二人の気持ちがわかったし、そのどちらにも共感は出来なかった。白鳥はブレンダの功績を認めてやるべきだったし、ブレンダも文句があるのに何も言わないのは卑怯だ。両方合ってて両方間違っている、それがマリーの結論だった。


 人間が完全に合っている事なんて、そうそうないじゃあないか。人間の行いってやつは、三割二割正解ならいい方、全く間違っているなんてこともざらだ。それを自分が全部正解だと思うからこそ、いらん軋轢が生まれることになる。


 だが、自分の言っていることを信じられない奴が、人の行いに文句をつけようなどと思うだろうか。自分ですら信じられない主張を、誰かに押し付けるなんて発想は、少なくともマリーには考えられなかった。


 自分が行動するためには、自分を信じなくてはならない。だがそれをすると、今度は人の意見に耳を傾けるのが難しくなる。あっちが立てばこっちが立たずの終わりなき問題。


(儘ならんもんだなぁ)


 マリーは困り笑いになってやれやれと首を振ると、「まぁまぁ」と言って二人の間に割って入り、白鳥の肩に手を置く。


「目の前のミンチについては、帰るときにでも好きなだけ話せばいいサ。今はさっさと此処から脱出するのが先決だろ?」出来るだけ角が立たないようおどけてみせたが、話の腰を折られて白鳥が憤慨した顔になる。


「お前はこいつに―」「はいはい分かったから、君が怒っているのは十分分かったよ~。でもよ、それを込みにしても、まずは助けてくれた恩人にお礼を言うのが先じゃないかい。白鳥くぅん。」


「……っ……」一瞬たじろいだ白鳥を見て、マリーはニヤリと笑う。やっと気付いたか。いったん頭に血が上ると周りが見えなくなるのが、我が親友の弱点だな。


「………」「なぁ、白鳥。誇りを傷つけられて怒っているんだろ。それは分かる。だが目標を見失うようじゃあ一流の兵士とは言えないなぁ。名誉ある連邦陸軍の兵士が目的も忘れて怒りに身を任せちゃあ面目が立たない。違うかい?」自尊心を傷つけない、ぎりぎりの言葉をチョイスしていった。


「……分かった。今は忘れる、それでいいか?」


 マリーは内心、ほっと溜息をつく。ようしよし、ボロボロだが何とか仲たがいせずに済んだな。いい子だ。相変わらずブレンダの方を見ようとはしないが。


 マリーはブレンダに視線を移す。こっちも白鳥の方を徹底的に無視し、ゴーグルとヘルメットを装着して今にも一人だけで行ってしまいそうだ。


 マリーは舌を巻いた。これはもう一つ仕掛けがいるな。取り合えず何か新しい話題を振ることから始めよう。


「それにしてもブレンダ、お前ひどい格好だな。アーマーだけじゃなくマスクまで…こりゃ帰ったら真っ先に、お風呂の時間ですな!」


 ふっふっふと不気味に笑い、マリーは指をワキワキと動かす。当のブレンダは、いつもの無表情を崩そうともしない。


「…あまり触らない方が良いですよ。さあ、隊長の下へまいりましょう。無事であることはもう一人の見張りに確認済みですので…」


(…話題が変わらなかった…)


 マリーは額に手を当てる。見ればなんと、一つのドアの前に血だまりが出来ているではないか。あの扉の向こうにどんな惨状が広がっているか、想像に難くない。


(ああ…神様)


 マリーは顔も知らぬ悪党のために、心の中で十字を切った。白鳥が言うように、ブレンダの合理主義は何とかするべきかも知れない。



「さあ行こう!哀れなプリンセスは我々が来るのを今か今かと待っているぞ!」


 大手を振って前を行くマリーに、白鳥は不機嫌な顔でついていく。いや、ここでまた問題を蒸し返そうという気はないが、それでも煮え切らない思いを隠しておける程白鳥も大人ではなかった。


 隣では同じくブレンダが不機嫌そうにしながら、マリーに付き従っている。白鳥は苦虫を噛み潰したような顔になった。どうしてこいつを隣にしたんだ。


 ブレンダも同じことを考えているのだろう。少し後ろに下がることで白鳥から距離を取ろうとする。だがマリーはどうやっているのか、ブレンダが後ろに下がったタイミングでこちらに振り返り、ブレンダを白鳥の横に来るよう配置し直す。


「はいはい。もっと早く歩きましょうね~。でないとまた隣のこわーい人に『遅れてるぞ!』って怒鳴られちゃいますからね~」


 後ろに目でも付いてるのか!白鳥がやっても結果は同じだった。白鳥の苛立ちの矛先はブレンダよりも、むしろ目の前の親友の方へ向かっていた。白鳥は地団太を踏むような乱暴な足取りで歩き続ける。


 そもそも、マリーにだって軍人としての自覚が足りないのではないか。マリーにその意識があれば、自分を止めるようなことはあっても、ブレンダに叱責の一つや二つあってしかるべきだろう。それが、なぜ自分だけに…

 

 白鳥は歯ぎしりする。今日という今日はもう限界だ。帰りに好きなだけ話せだと、いいだろう、好きなだけ言ってやる。お前がいかに軍人としての自覚に欠けるか、たっぷり思い知らせてやる。現に今だって―


「―って何してんだお前ぇ!」「?」


 見ればマリーは何という事か、手榴弾のピンの輪っかに指を通し、そのままくるくると回しているではないか。しかも本人は、その行為をさも当然と言った面持ちで続けている。此の命知らずの行動に、白鳥はもちろん、ブレンダも驚愕の表情を露にする。


「馬鹿!辞めろ!ピンが抜けたらどうするつもりだ!」


「平気平気。取扱注意の危険物のピンが、そう簡単に取れるなんてことは―」


ピンッ


 マリーが最後の言葉を言い終える前に、手榴弾はピンから抜け落ちて壁に反射し、マリーの足元に落下する。もう一つの安全装置であるカバーも外れて、手榴弾は数秒後に爆発する状態となった。


「!」


 言葉より先に、体が動いた。白鳥はマリーの足元めがけてスライディングし、両手で手榴弾を包み込んだ。そこにはもう一つ、別な手が存在している。ブレンダも同じように、爆発からマリーを守ろうとしたのだ。


「おぉ~、生きピッタリじゃないの君達。案外お似合いなんじゃない」参事の張本人であるマリーがけたけたと笑う。我慢の限界に達した白鳥は敵地であることも忘れて大声で叫んだ。


「お前がやったんだろ!!何とかしろ」


「ダイジョブダイジョブ。それ只の玩具だから」


「え?玩具?」あまりに拍子抜けするかえしに、白鳥は呆気にとられる。


「そうそう、白鳥君をからかうために買っておいたの。さ、そんなとこに伏せてないで、さっさと行くよ」


 そういってマリーは一人で先を行ってしまった。残された白鳥とブレンダは、互いに顔を見合わせる。二人とも、キツネに顔をつままれたような心境だった

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