第9話 虜囚 その①

ウミガラスの福音書 第三話 虜囚


「八月と言えば夏ですよ」


「おう」


「私らがエンタメ小説の登場人物なら水着着て、キャッキャウフフしていたんでしょうねぇ~。ねぇ奥さん」


「あぁ?」


「なのにこの小説ときたら。キモい蟲にむさいおっさん、おまけに特殊能力も何もない地味な戦闘。えぇ、実際、地味ですよこの殺風景な部屋みたいに。あ~あ、俺も生まれてくる世界を選べたらなぁ~」


「何を言っているのかさっぱり分からん」


「俺もブレンダや白鳥が水着ではしゃぐ世界が見たかってこと」


「私が?貴様みたいにバカみたく?フン、死んでも御免だな」


 かれこれ数時間、マリーと白鳥はくだらないやり取りを続けていた。それだけならいつもの光景で終わる話だが、二人は拘束されて牢の中央にある鉄棒に縛り付けられている。


「いいからお前も脱出の方法を考えろ」


「………」


「水着回と言えば一つ外せないものがありますよねぇ。まあある意味はずれると言えば外れる―」


「その話はもうやめろ!散々付き合ってやっただろ!」


 白鳥は内なる切実な思いを吐露し、マリーはシカトを決め込むことにした。


「…私はねぇ、奥さん。アボット上等兵の恥じらう姿が見たいという純粋な思いがあるだけで、決してやましい心があるわけでは…」


「やめろ!」


 二人がなぜこんな目に遭っているのか、それは数時間前まで遡る。





 人類がこの母なる地球にその繁栄を築いて早二千年。悪党と呼ばれる人種はいまだにその数を維持し続けていたが、蟲どもの核攻撃の際に地下避難区への移住を拒否されて死滅したとされていた。


 しかし時は二一七七年。悪党はまだ、死滅してなどいなかったのだ!


「そうなのですか?」


「ああ、事実だ」


「マジもマジ、大マジ」


「悲しいことにな」


 この日第四小隊は、ブンブンからの報告を受けて目的地への道を装甲車で急いでいた。度重なる敵の活発な攻勢により、暫く慌ただしい状況が続いていた。


 今回は報告のあったブンブンの駐留部隊と協力し、フュルステンヴァルデ郊外で迎撃する手筈となっていた。戦闘地域にはまれに廃墟が立っているほかは何も無く、十字砲火を浴びせて逃げられる前に殲滅する計画だ。


「でも襲われることは無いんだよ。向こうは最低限の装備しか持ってないからな。」


「だが油断は禁物だ」


 目的地までの道中、暇を持て余していた第六分隊は雑談に花を咲かせていた。地球事情に疎いブレンダに、マリーと白鳥が地表で覚えておくべき知識をレクチャーする形で雑談は続き、今は地表に残る悪党について話しているところだった。


「油断せずに挑めば、賊など恐れるに足らん。もし遭遇したとしても、装備と練度の差で押し切ってやれ」


「そうだそうだ」


「あぁ」


 ハンスは地図を確かめながら適当に相槌を打った。いまだ四人しかいない彼の分隊では分隊長の仕事が非常に多く、戦闘の前準備も一苦労だ。三人が先を読んで動いてくれるので何とかなっていたが、そろそろ副長として伍長が欲しいところだ。白鳥を臨時で当てても良い。


 三人の雑談を聞き流しつつハンスがそんなことを考えていると、不幸は突然、新聞屋の配達の如く唐突に表れた。


 ヒュルヒュルヒュルという音と共に、砲弾が飛来してハンスたちが乗っている装甲車に直撃した!装甲車は砲弾を食らった場所から火炎を上げ、派手に横転して道端を転がっていく。小隊全体があっけにとられる中、左手に見える丘の陰から敵兵とBTが続々と姿を現した!


「各車、右に進路を取れ。十分な距離を取ってから反撃に転じる」


「第六分隊はいいのですか!?」


「どのみちこのままでは全滅は必至だ。BTからの射線を切れる位置に陣取らなくては、反撃もままならん」


 少尉の命令で、いったん停車していた車列が一斉に右へ進路を取る。敵部隊は第六分隊には目もくれず、小隊に攻撃を加えながら追撃に入る。あとには第六分隊の装甲車が一台、車体を半分炭に変え、もうもうと煙を上げて停車している。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


「うーん…」


 暫くたってからマリーは意識を取り戻し、にじむ視界の中で損傷はないかとアーマーを確認する。誰かが仰向けに寝かせてくれたようだ。マリーはゆっくりと起き上がると、隣に寝ている白鳥の頭をはたいた。


「…いってぇ…」


 白鳥はうめき声をあげながら起き上がる。二人は周囲を見渡し、一人の兵士が岩にもたれかかっていることに気が付いた。ゆすぶってみるが反応がない。外傷も多く既にこと切れているようだ。二人は彼が運んでくれたのだろうと予想した。


「…ありがとな」


 マリーは謝辞を述べると、まだ気絶しているハンスの横腹に向かって、蹴りをお見舞いする。手で日光を遮りながら、のそのそとハンスが起き上がる。


「…ここは?」いまだ状況が呑み込めていない様子だ。三人は肩を寄せ合い、状況を整理することにした。


「ブレンダは?」


「分からん、だが死体は無かったよ。」


「遠くに吹き飛ばされているのかもしれません」


「またか、あいつは爆発に縁があるなぁ」


「おい」


「兎に角あたりを捜索してブレンダと合流しよう。それから少尉に連絡を取って…」


 突如、一発の銃声が轟き、三人は音がした方向に振り向く。三人の前には一人の異様ないでたちの人間が立っていて、ほかにも四人がハンスたちに銃を向けていた。


 三人は会話に夢中になるあまり、周りを取り囲んでいる気配に気づけなかったのだ。三人を取り囲むように、岩の陰から、木の後ろから、異様な集団がその姿を現す。マスクには不必要な装飾が並んでいて、アーマーを装着してはいるが川が主な材料なので防御には使えそうにない。表面を埋める鋲や棘で相手を威圧するのが目的だった。


 三人は武器を構えるも、多勢に無勢、勝てる見込みは少ない。「武器を捨てろ!」と集団の中で最も豪華な装飾の男が、投降するよう呼び掛けてくる。


「どうする?」マリーがハンスに尋ねる。その目は血走っていて、すぐにも敵に飛び掛かっていきそうだ。


「戦っても無駄だ。武器を捨てよう。」銃を下ろすハンス。


「投降しても、たぶん殺されますよ。」


「その可能性は高い、だがここでやりあえば確実に負ける。」


「わずかな可能性に欠けるか。…いいだろう、俺は乗った。」マリーが武器を投げ出す。白鳥も渋々二人に合わせる。


 三人が武器をおいて手を上げる。集団はそろそろと三人に近づいて、乱暴にハンスたちを拘束する。先程ハンスたちに呼びかけた男がハンスの目の前まで歩み寄る。


「お前が頭目か!」


「まぁ、そんなところだ」


 ハンスが自信なさげに応えると、男はハンスを殴り倒して地面にひれ伏させ、ハンスの顔を靴でぐりぐりと踏みつける。


「てめぇ―」


「よせ!」


 突っかかろうとするマリーをハンスが制する。白鳥も思わず肩に力が入るが、周りの盗賊がこちらに銃を向けているのを見て、すぐに平静を取り戻す。


「俺はお前みたいな役人が大嫌いだ!服従すると言え!さもなくば、お前の首をはねて車の残骸に括りつけてやる!さあ、どうする!?」


「わかった、服従する。だから勘弁してくれ」ハンスが弱弱しく両手を上げる。男は得意そうにハンスを見上げ、その足を退ける。


 三人は小突かれながらこれまた過剰な装飾がなされたトラックに乗せられた。トラックにはなぜかいくつかの死体が乗せてあって、ハンスはマスクが腐臭を防いでくれていることに感謝した。


 三人を乗せたトラックはその巨体を不自由そうによろめかせ、一番後ろから車列に続く。サスペンションが壊れているのか、民生用と思われるトラックは軍用車両顔負けの振動を、乗客であるハンスたちに提供する。


「どこに連れて行かれるんでしょう?」


「さぁな」


 外の様子をうかがうことは出来ないが、トラックはかなりのスピードで前進していることは分かった。少尉からの援助は望めそうにないな。ハンスは自分が下した判断を早速疑い始めていた。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 二十分位たった辺りでトラックは停車し、三人は荷台から外に放り出された。辺りには様々ながらくたやバリケードが散乱していて、工事現場か何かを思わせる場所だ。建造物の一つに陸軍のエングレーブがなければ、ハンスにはここが軍の施設であることも分からなかった。


 施設の地下二階に下りたところで三人はマリーと白鳥、ハンスの二つに分けられて別々の場所に連れていかれる。


「焦らず、じっと機会を待つんだぞ」


「言われなくてもわかってるサ」


 先走りそうなマリーに注意して、ハンスは引っ張られていく。二人は見届けることも出来ずに老が設置してあるエリアへと連れていかれた。


「何処まで行くんだぁ」


「直に分かる」


 二人は監視に連れられ、薄暗い地下通路を進んでいく。左右には掃除されていないのか、前の住人の持ち物や御本人がそのまま残されていた。


「あいつらは気にいるかな、この二人」


「さぁな、アジア人が好きだった記憶はないが、まぁ大して変わらないだろ」


「あっちの男の方が良いんじゃあないか」


「かも知れん」


 何の話をしているのか分からなかったが、とりあえず気分のいい話ではないだろう。二人は顔をしかめる。マリーたちは牢に入れられ、棒を挟んで背中合わせに拘束された。


 ハンスはさらに地下へと移され、比較的広い部屋に入れられた。そこには多くの工作機械で埋め尽くされていて、今でもいくつかの機会は現役で稼働しているようだ。明かりはろうそくを使っていて、あまり明るくはない。名盤にはひき肉製造機の文字が入っている。


「明日ここにあの二人を連れてくる。それまでに使い方を覚えておけ」


 ハンスを連れてきた男が扉にカギを掛けながら言った。壁際には人間や蟲どもの死体が積みあがっていて、ご丁寧に服や装備がはぎとられていた。つまりはそう言う事だった。


 ハンスは機械のスイッチを入れると、蟲どもの死体の一つを掴んで投入口に放り込んだ。投入口に並んだ回転刃がぐちゃぐちゃと嫌な音を立てながらしたいを切り刻み、血肉の肉塊に変えた。


 ハンスは眉間にしわを寄せてぶつぶつ文句を言いながら、出来上がった肉塊をかごに移した。男の方は監視だろうか、此方が見えるように牢の前の椅子に腰かけているものの、すでに頭を垂れて夢の中へと旅立っている。


(警備がザルなのは、幸運だったな)


 ハンスは機械の手入れをする振りをして、機械のカバーを取り外した。機械には肉をすりつぶす刃のほかに、肉の筋を断つナイフのような歯もついている。ハンスは爪を使って器用にねじを回すと、刃の一本を取り出した。


 パイロットは飛ぶことしか知らないと思われている読者諸兄も多いかもしれないが、機械の特性を理解するために、連邦軍のパイロットは簡単な整備手順を覚えさせられるのだ。


(これで刀身はOK。次は柄と何か接着するものが必要だな)


 ハンスは思案しながら無意識に爪に付いた油を舐めとり、それから目の前の機械が何を切り刻んでいたか思い出して急いで吐き出した。

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