第7話 葛藤 その③
待ち伏せを始めてからどれくらい経っただろうか。第三分隊ユージーン・サンダース三等軍曹は、いつまでも現れない敵に対して苛立ちをあらわにした。
「たくっ、いつまでこんなところで立ち往生するんだぁ?敵がいないならさっさと探しに行けばいいだろ。」
「無茶言わんでください隊長。この砂嵐の中で前進すればそれこそ、不意を食らって全滅するかもしれねぇですぜ。」
「分かってるさ伍長、言ってみただけさ。…いちいちうるさい野郎だ。…」
部下に聞こえないよう悪態をついたところで、サンダース軍曹は砂嵐の向こうに意識を集中する。この猛烈な砂嵐の中で来るのかもよくわからない敵を待ち続けるのは、読者諸兄が想像している以上の苦行であったのだ。イライラを紛らわすためか、サンダースは左足で貧乏ゆすりをし始める。
一瞬、人影のようなものが見えた気がした。サンダースは気のせいだと思ったが影はさらに接近して、その輪郭を鮮明なものにする。
第六分隊かとも考えたが、姿が見えそうなほど近づいてきたその影は、明らかに人間とは異なるものだった。気が付いたのは影も同じだったらしく、サンダースと影の主は同時に互いの正体に気づき、突然のことで体が硬直する。
一瞬の沈黙、先に動いたのはサンダースだった。銃を構えて狙いをつけ、正確に三発叩き込んだ。
DADADA!
影の主は銃弾を食らうと、ビクッと体を硬直させて直立し、後ろに倒れこんだ。サンダースが力の限り叫ぶ。
「コンタクト!」
小隊総員が敵がいると思われる方向に、一斉に射撃を開始する!それぞれの銃が金切り声を上げ、うなりを上げる銃弾は見えない敵へと殺到した!複数人が走り出す音がしたが、やがてそれは発砲音にかき消された。砂嵐と発砲音のせいで敵の動向がつかめない。
「撃ち方やめ!撃ち方やめ!」
小隊軍曹の号令で銃声が鳴り止んだ。同時に砂嵐が弱まり視界が確保されると、奥に敵の正体を発見した。敵は瓦礫に潜む味方を発見することが出来ず、その攻撃は位置の割れている第三分隊に集中した。
DADADADADADADADADADA!
BANG!BANG!
敵小隊の攻撃が前衛である第三分隊に集中し、第三分隊は引くことも反撃することも出来ず、遮蔽物の陰に身を潜み続けた。
「チックショウ!いい気になりやがって!」
「頭を上げんじゃねぇ伍長!ほかの連中の場所が分からんからこっちに集中しているだけだ!」
ほかの分隊が敵小隊に制圧射撃を加えると、敵も負けじと撃ち返してくる。こちらは防御に適した場所に陣取っているが、火力は向こうの方が上だ。歩兵同士の射撃戦では決着がつかない。
と、ここで敵のBTが到着する!BTは敵歩兵の前に陣取って盾となり、小隊に対して砲撃を開始し小隊員たちを瓦礫ごと吹き飛ばそうとした。第三分隊が攻撃の合間に後退すると元居た場所の瓦礫が吹き飛ばされ、大小さまざまなクレーターが構築された。
「小隊!ビルの中へ退避しろ!」
少尉の命令で小隊はビル内へと退避し、敵を自分に有利な位置へ引き入れようとした。が、敵は自らに有利な間合いを崩そうとせず、膠着状態を余儀なくされた。いや、BTがいる分敵の方が有利だ。BTは小隊の潜むビルに向かって砲撃を続け、徐々に壁面を崩落させていった!
M147ザラマンダーを持った対戦車ミサイル兵がBTの撃破を試みる。しかし、激しい弾幕の中では十分に狙いを定める時間がなく、狙いの甘いミサイルは簡単にBTに避けられてしまう。優先誘導を試みた隊員は足を撃たれて、仲間に抱えられながら引き返した。
(やはり駄目か。)
心の中でそんなことを考えながら、少尉は一番手前にいる敵の一人を狙撃した。敵は腕に当たったらしく、負傷個所を押さえて引き返していった。
さぁどうするリーバイ。少尉は思案を巡らせる。こちらの切り札である攻撃機はいまだ到着する様子はないし、敵との交戦距離が近すぎて攻撃機がくるまで持つかどうか怪しい。二ブロック下がることも考えたが、展開が完了する前に追撃を食らいそうだ。それにここを破られると避難区へのゲートが近すぎる位置にあり、敵の意図が分からない以上それだけは避けたかった。
「少尉!攻撃機から無線が入っています!」
分隊員からの報告で、少尉は無線の周波数を合わせる。ヘルメットのインカムからおどけた声が発せられる。
『こちらスパロウワン、地上部隊諸君、まだ生き残っているかい?』
(やっと来たか。)
少尉は心の中で毒づきながら、はきはきと無線に応答する。
「スパロウワン、こちら地上部隊指揮官リーバイ・オイストラフ少尉だ。支援感謝する。今から敵装甲車両に対してレーザー観測機による照準を行うが、ミサイルによる攻撃支援を頼めるか?」
『こちらスパロウワン、お茶の子さいさいだ。照準を確認次第、攻撃を開始する。オーバー。』
「オイストラフ少尉、オーバー。」
通信を終えると、少尉はハンスにレーザー観測機を起動するよう伝えた。
(前準備はこれで良し。)
すべての準備を終え、少尉はニヤリとほくそ笑んだ。あとは撃破の報告を待つばかり、そう思えた。
少尉からの命令を受け、ハンスはレーザー観測機を白鳥に起動させる。レーザー観測機から赤外線が照射され、BTに目視では確認できないマーカーが付けられた。狙いを微調整して上空の攻撃機に通信を送る。
『こちらスパロウワン、マーカーを確認した。これより敵装甲兵器に対し、攻撃を開始する。』
戦場に轟く轟音、後ろからA10攻撃機がすさまじい速度で現れ、ミサイルを発射する。
GOOOOOOOOOOOOOOOO!
ミサイルの翼が空気を切り裂き、一心不乱に一体のBTへ接近する!いかに身軽なBTとはいえ、ミサイルを避けることは出来ない。これで決まりか。
次の瞬間、二体のBTが口を上に向けると、空に向かって砲弾を撃ち出した。砲弾は空中で爆発すると、BTの前方に金属片を散りばめる。ミサイルは金属片の中に突っ込むと目標を見失い、敵の遥か後方に着弾した!
「こちら観測班、目標に命中せず。」
『分かっている。サイド攻撃に入るから照準を調整しておいてくれ。』
白鳥が照準を調整している間に、攻撃機は旋回を済ませて再度同じ方向から突入してくる。今度はビルすれすれの低空飛行で、ミサイル使用可能高度ぎりぎりの高さを維持する。
GOOOOOOOOOOOOOOOO!
攻撃機がミサイルを発射し、ミサイルが地を這うようにBTへ迫る!これならば途中でレーザーを見失っても、地面に命中して被害を与える可能性が高い。
BTは逃げるそぶりも見せず、ミサイルに顔を向け再び砲弾を発射した。
(同じ手が通用するか。)
ハンスは悠々と構えていたが、砲弾が炸裂すると中からキャニスター(小型の鉄球)が飛び出し、ミサイルを撃ち落とした!
「そんな馬鹿な!」
『おい当たったのか?当たってないのか?どっちなんだ。』
ハンスが驚きの声を上げると、パイロットが聞き返した。もちろんBTにも敵兵にも被害はない。ミサイルから発せられた火炎が収まると、敵小隊からの銃撃はさらに激しくなり、第四小隊は満足に反撃することすら困難になってきていた。絶望的な状況に、少尉は舌を巻く。
(電子妨害だけでなく、あんな一発芸も持ち合わせているとはな。まったく大した連中だ、こっちの切り札がこうもあっさり封じられるとは。)
自嘲気味に笑った後、少尉は攻撃機のパイロットと通信をつなぐ。まずは状況確認だ、判断材料がない事にはどうすることも出来ない。
「スパロウワン、燃料はあとどれくらいだ。」
『こちらスパロウワン、燃料はまだ一時間以上持つ。だが手持ちの武器が少ないな。あと持っている武器はミサイル二発と爆弾二発だ。』
少尉は目をつむって考えを巡らせる。ミサイル二発と爆弾二発、これだけで敵に有効打を与えなくてはならない。ミサイルは論外だ。また同じ結果に成りかねない。回り込んで別な角度からレーザーを発射するか。いや、そんな機会はとうに失われてしまっている。第六分隊が有効な位置に就く間に、こちらはビルの下敷きとなってしまうだろう。
「少尉。」
いきなりかかってきた無線で、少尉は目を開ける。誰だ、この声は…ハンスか。
「少尉、自分は戦闘機乗りでしたからこの状況を打破するための方法を提案できると思います。」
ハンスの声は相変わらず無感情で、少尉には会議室の時の冷酷な表情が容易に浮かぶようだった。
「…いいだろう、言ってみろ。」
「ありがとうございます。…見たところ敵戦車は生き物で言うところの口が砲になっているようですので、敵の死角をつける爆弾での直上攻撃が有効であると考えます。こうすれば、敵の迎撃による攻撃失敗のリスクを格段に減らせますし、万が一迎撃されたとしても、その爆風によって敵は多大な損害を被ることとなります。」
話しているうちにハンスの表情は猛禽類のような鋭さを増し、敵に必ず死をもたらすという決意に満ち溢れていた。
「ただそのためには、相手の直上にマーカーを表示する必要があります。それもこの天気です、マーカーが途切れないようなるべく近くで照射しなくてはなりません。…自分は空に明るいので有効なポイントをすぐに見つけ出せます。ですから―。」
ハンスはそこまで言ったところで一度言葉を切った。敵にできるだけ近くでマーカーを照射する―それはつまり爆撃を決行した際、観測機を設置した人物の安全は保障できないという意味を持つ。ハンスは覚悟を決めて、再び言葉を続ける。
「自分にやらせてください。」
なんという自己犠牲。ハンスの狩人としての魂は勝利するために何でも利用する。それは何も同僚や部下に限らず必要とあれば自らの命も差し出し、上官すらも利用するすさまじい闘争精神だ。彼はこの力を使い、死地の中でも冷静な判断を下すことで生き残ってきた。
そう、それは一片の私情のない冷酷な判断。だがリーバイ少尉は、ここまでの発言に隠されている微かな甘さを見逃さなかった。
「ハンス少尉。いい考えだ、さっそく部下に命じてやらせたまえ。」
ハンスは一瞬、少尉が何を言っているのか理解できなかったが、頭の中が整理されると反射的に口を開いた。
「少尉!ですから…」「復唱したまえハンス少尉。確かに一番設置に適した場所を知っているのは君だけかもしれないが、それを部下に伝えて実行させることは出来るだろう?違うかね?」
少尉がいつもと変わらぬ慈愛を含んだ声であることに、ハンスはぞっとした。パイロット時代に戻ることで自分が一番残酷な生き物に戻ったと考えていたが、それを上回る残酷さに直面したのだ。ハンスが考え付いたこの無謀な作戦をその部下に―子供にやらせろというのだ、この少尉は!
「君がパイロットであるならば、君意外に実行すべき人物はいないだろう。だが歩兵の分隊長は残るもののために残らなくてはならない。なぜならば戦いはこれで終わりではなく、これからも続いていくからだ。だと言うのに、君はかわいそうな部下を残して一人だけ死ぬつもりかね?」
ハンスに反論させまいと、少尉は彼が部下を持ったことがない点に注目し、集中して指摘した。少尉が繰り出す的確な指摘に、ハンスは黙り込む。少尉が言っていることは正しい、正論だ。正論だが!
…本当は少尉に自分の作戦を説明しているときに、ハンスは焦燥感に似た、責められるような感覚に襲われていることに気づいていた。初めは自分が死ぬことに対する迷いだと思っていたが、今ではわかる、自分は自分が実行するメリットを強調することで、三人に白羽の矢が立たないことを願っていたのだと。自分でも気づかなかった感情を、少尉はあの言葉のやり取りからくみ取ってすぐさま指摘したのだ。
ハンスが決められずにいると、少尉の温厚な声が一変し凍ったつららのように変わってハンスに告げられた。
「情でも映ったか、少尉。」
静かで、微かに怒気を含んだ声はハンスの肝を冷やした。
「小隊は家族のように、それは陸軍に続く古くからの伝統だ。だが本物の家族に成れという意味ではない。それは何故か、分かるな?こういった非常時の際に適切な判断が出来なくなるからだ。これから先、こんな事態には何度も遭遇する。その時にハンス少尉、こうやって時間を無駄にするのか?」
ハンスは反論したかったが、返すべき言葉が見つからなかった。今の状況では少尉がすべて正しい。少尉はハンスの妙案を求めているわけではない、勝利のために必要な行動をいかに迅速にこなせるかを求めている。それが小隊を救うすべてにして唯一の方法だから。
BTの放った砲弾が、ハンスたちが陣取るビルに命中する。観測機のレーザーを感知してこちらの位置を割り出したようだ。「うわっ」という声とともに白鳥と観測機が吹き飛んだ。
「…っ、大丈夫か!」
マリーが白鳥の下に駆け寄り、傷の具合を確認する。どうやら足を負傷したらしい。ブレンダが観測機を確かめると、起動しない。どうやら壊れたようだ。敵小隊はさらに接近してきて第六分隊のいる屋上に対して射撃が開始される。忌々しそうに階下をにらむマリーが、ハンスに問いかける。
「なあ、まだ次の指示はないのか?」
とどめとばかりに、少尉が最後の言葉をハンスにたたきつける。
「やれ、ハンス少尉!貴様のミスで全員が死ぬぞ!」
もう駄目だ、俺に自らの意思を貫き通す権利などありはしない。ここは軍隊だ、少尉が望んでいるとあればこれに従うのが部下でやる自分の役目だ。そうそれが、正しい道だ。
「了解。」
ハンスは短く答えると、三人に目を向けた。白鳥はまず無理だ、足の怪我がひどくて走れそうにない。今はスピードが命だ。
「俺が行こう。」
通話を聞いていたマリーが志願した。それを手で制してブレンダが後に続く。
「レーザー観測機、使えますか?私が行きましょう。」
マリーはもう一つの観測機を手に取ると、手慣れた手つきで起動した。カバーを外せばレーザーが照射される状態となり、これにはハンストブレンダが驚きの表情を見せる。マリーは得意そうに笑った。
「俺ぁ覚えるのは早いんだよ。」
「ですが…」
「自分が持っているものをよく見てみろ。そんな重たい銃を抱えたまんま逃げられるのか?俺の方が向いてる。」
機関銃手よりライフルマンの方が身軽である、これはだいたいの場合に当てはまる法則だ。だが設置した後に逃げられると思っているならマリーの思い違いだ。爆弾は攻撃機と同じ速度で迫ってくるので、人間の足では実質回避不能だ。
(しかし今は迅速に展開できるマリーの方が適任か。)
ハンスがマリーに指示を出そうとしたその時、ハンスの顔を銃弾がかすめた!下の階の崩れた部分からこちらを狙っている敵分隊が見えた。
「応戦しろ!」
ハンスが二人に告げる。三人は崩れている床の端に伏せて、階下に敵に対し射撃を開始した。ハンスたちは懸命に応戦するが、三人では火力が足りず敵を拘束できない。このままでは敵に屋上を制圧され、四人はミンチよりひどい姿になるだろう。
KABOOOOOOOOOOOOM!
隣のビルの壁がいきなり吹き飛び、瓦礫が敵兵に降り注ぐ!穴の中から銃弾が飛び出し、背を向けていた敵兵の肉をえぐり、骨を断つ!
DODODODODOODODODODOOD!
BANG!BANG!BANG!
BABABABABABABABA!
三十秒ほどで動く敵は一人もいなくなり、あとには青と茶色に彩られた肉塊が残る。
「無事か!」
サンダース軍曹とその部下たちがハンスの下へ駆け寄る。先ほどの爆発は彼らが起こしたものだった。
ハンスとマリーが第三分隊に気を取られた一瞬、ブレンダが観測機をもって隣のビルへ向かって走り出した!
「あ、おい!」
マリーの引き留めもむなしく、ブレンダはすでにビルの瓦礫を伝って隣のビルへ移っていた。ブレンダは一瞬こちらを見ると、あとは一目散に目的のビルへと向かっていく。
「くそ、あいつ…」
「文句はあとにしろ!おい野郎ども!下の連中に向けて派手にドンパチかましてやれ!こっちに引き寄せて嬢ちゃんを支援するぞ!」
サンダース軍曹が叫ぶと、第三分隊がビルのふちに伏せて射撃を開始する。ハンスとマリーもそれに続いた。敵小隊は屋上からの制圧射撃を受けて活発な反撃もとに戦力を集中する。BT二両も標的を変え、敵の中でブレンダの行動に気が付く者はいない。
ハンスたちが陽動を続ける中、ブレンダは目的地への道を急ぐ。ビル屋上は崩壊が激しく、少し進むだけでも一苦労だ。次のビルへと移ろうとしたとき、足元の瓦礫が崩れて危うく落下しそうになる。
「っ…」
今ここで終わるわけにはいかない。ブレンダは気を引き締めて崩れたビルの壁面を駆け上がっていく。漸くたどり着いたのは敵陣中央の真横に位置する場所。ここであれば敵が電子妨害を行ったとしても爆弾は敵の真上に到達し、確実に被害をもたらすだろう…、そう確実に…
「………」
ブレンダは観測機を調整しながら、自分の運命を悟った。が、やはりブレンダの心の中には何の感情も湧きあがらず、黒い空虚な空間が広がるばかりだ。
『こちらスパロウワン、その位置では観測者の安全を保障できない。別な場所からにしてくれ。』
パイロットは冗談だろといった調子で警告したが、少尉は全く意に介さず何を言っているのだと言った様子で冷酷に言い放つ。
「構わん、やれ。結論はすでに出ている。」
『…了解。』
パイロットは心底納得いかないらしく、忌々しげに了承する。攻撃機は高度を取って敵へと接近し、十分に接近したところで爆弾を投下した。
BTは爆弾に気がついて迎撃を試みるも仰角が足りない。爆弾に照準を合わせようと後退したところで、ジェット機の速度で敵へと迫る爆弾はそれよりも早く敵陣へ到達する。パイロットは爆弾がうまい具合に観測者をそれるよう願ったが、爆弾はそんな願いとは裏腹に、一心不乱にレーザーへと向かっていく。
爆弾はBTに激突すると間髪入れずに爆発!ミサイルの何倍にも勝る爆炎を上げ、敵を炎が覆いつくした!BTの表面には乾いた泥のように亀裂が入り、中から体液があふれ出す。ブレンダは瓦礫にしがみついていたが、爆風は彼女の腕力を上回り、十六歳の少女の体は宙を舞う。作戦が成功したことを直感し、ブレンダの意識は満足の儘光の中へ消えていった…
生き残りは八から九人と言ったところか。僅かに残った敵兵とBTは方々の体で逃げ出し、後には第四小隊の歓声が響いた。火炎がまだ燃え盛っているのでしっかりと線確認したわけではないが、あの炎の中で生き残っているものは一人もいまい。少尉は猫なで声でパイロットの感謝の意を伝える。
「スパロウワン、ありがとう助かったよ!この度は小隊を代表して礼を…」
『スパロウワン任務完了、RTB。』
パイロットはそれだけ告げると一方的に無線を切った。小隊はやれやれと肩をすくめると、小隊員たちに目を移す。小隊員たちは外に飛び出して行って、攻撃機に向かって手を振っていた。
「ありがとう!」外で手を振っているだれかが言った。
第三分隊とハンスたちはブレンダが消えた方向をただただ呆然と眺めていた。ブレンダ…その姿は炎に隠れて伺い知ることは出来ない。例え見えたとしてもそれは見るも無残な残骸だろう。この街の眠るものと同じく…
サンダースが炎に向かって無言の敬礼をする。それに続いてハンスを除く全員が敬礼した。炎を見つめるハンスの心に何かが軽く触れる。階下から響く感性の声とは対照的に、屋上はひっそりと静まり返っていた。
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