第4話 邂逅 その④

ハンスたちは外に出て、隣家に注目した。確かに数人が家の周りに展開し、ほかの仲間を待っているようだった。やはり先ほどの二人は、この家屋を拠点にするために動いていたらしい。ここらが潮時か?ハンスが決めあぐねていると、ハンスの様子を見た小隊軍曹が静かに話し始めた。

 

「ハンス軍曹、少人数での奇襲を刊行するならば、先ほどのように隠密からの暗殺も有効だが、一番は敵の意表をついての攻撃が最も有効だとされている。敵の不意を衝くには予期せぬ方向からの射撃のほか、爆発による衝撃、火炎なども有効だ」


 小隊軍曹からのアドバイスを受け、ハンスは再び思考を巡らせた。予期せぬ位置からの射撃、爆発による衝撃、火炎。そしてこれらから導き出される小隊軍曹が満足する答えとは?


 ハンスはバックパックを下すと中身をあさり、一番上に入っていたものに目が留まった。C7爆弾。安定した化学物質で出来ていて、起爆装置を使わないことには癇癪玉程度の爆発も起きない奇跡の爆弾だ。ハンスは四つあるC7を確認すると分隊に命じた。

 

「白鳥、私とともに家屋の中に来てくれ。三人はここで待機し、敵の動向を見張り続けるように。もし敵が近づいてくるようなら報告してさっきの土手まで下がれ」


 ハンスは命令すると、白鳥とともに家屋へ戻り、柱にC7を取り付けていった。最後のC7を取り付けたとき、小隊軍曹から敵が動き出したという報告を得たハンスたちは、穴から出ると穴の近くの柱に白燐手榴弾を仕掛け、土手へと向かった。


 二十分ほどたっただろうか。敵が爆弾を仕掛けた家屋へと侵入していくのをハンスは目撃した。分隊員全員が、正面にいる敵分隊に向け意識を集中する。敵は全部で十二人、ライフルマン四人、分隊支援火器射手二人、ロケットランチャー持ち二人、それから…、

 

(なんてこった)


 ハンスは思わず、苦虫を噛み潰したような顔になった。敵は軽量級BTを連れている。BTはバグ・タンクの略で文字通り虫の形をした生きた戦車だ。アリのような見た目のBTは歩兵を周りに従えて、油断なく周囲を見渡している。

 

 もし見つかれば一瞬で距離を詰められ、皆殺しにされるだろう。仕掛けるとしたら気づかれていない今がチャンスだ。ハンスは決断すると、白鳥に命令を下した。

 

「白鳥、爆弾を起爆しろ」白鳥は命令を聞くと同時に、起爆装置のスイッチを入れる。


KABOOOOOOOOOOM!


 八個のC7が一気に爆発し、家屋の一階が粉々に吹き飛んだ!内部へ侵入していた数人の敵は爆発の衝撃で体がバラバラになり、内容物を辺り一面にぶちまけた!


 ほかの敵は倒れこむことで難を逃れたが、柱に括りつけられた白燐手榴弾が炸裂し、もうもうたる火炎が残りの者たちに襲い掛かる!兵士たちは体に火炎が燃え移り、声を上げてのたうち回る。しかし、火炎だけではアーマーを着た兵士を確実に殺しきれない。ハンスはよく通る声で分隊に告げた。


「総員、オールウェポンズフリー!オープンファイヤー!」


 ハンスの号令とともに、五人の銃火器が一斉に火を噴く!


DADADADADADA!


 敵分隊に向かって発射された弾丸は高速で敵に突き刺さり、撃たれた銃傷から火炎が体内に侵入することで、敵はこんがりとローストされて死んでいく!


 生き残った兵士は四方八方に銃を乱射し、燃えながら立ち去ろうとするが、銃撃を受けてその場に倒れこむか、炎がさらに燃え広がって焼死するかした。爆発で損傷を被ったBTも周囲を見渡して、自身の戦友を血祭りにあげた連中を見つけ出そうとするが、火炎が出す熱が邪魔して赤外線を読み取れずにいた。


 ハンスたちはこのすきに、まだ動いている敵へとどめを刺していく。最後の一人が沈黙し、歩兵が全滅したところでハンスは次の号令を飛ばす。

 

「白鳥、ATを使用しろ!」


 白鳥が頷き、AT44を構えようとしたその瞬間、何と火炎の勢いが弱まってしまった!BTから、土手に潜む五人の姿が丸見えになる!

 

 突如、怒り狂ったようにBTは砲弾を発射しながら全速力で五人へと肉薄する!一気に畳みかけるつもりだ。五人はBTの頭部めがけて銃を連射するが、戦車と名乗っているだけのことはあり、目に見える損害は与えられなかった。


 そこで五人が損傷した前足を狙って攻撃を集中すると、前足が破片と体液を飛び散らして、BTがその場に倒れこむ。すると、BTの体内からハエやアブラムシに似た何かが現れ、足の修理を開始する。さしずめ修理用ナノマシンといったところか。しかし、仕留めきるには十分な時間だ。ハンスは射撃を継続しながらもう一度白鳥に命令する。

 

「白鳥、ATを使え!」


 白鳥は射撃を中断し、背中に背負っていたAT44を展開してロケット弾を装填する。BTに向けて構えると白鳥は大声で周囲に警告した。


「ファイヤアンドホールド!」


 BASHUUUUUUUU!


 ロケットはBTに向かって飛翔し、足の付け根に命中した。BTは六本の足のうち二本と、胸部の半分を失い頭から倒れこんだ。ナノマシンが修復を試みるが、身体を大幅に削られた状態では焼け石に水だった。

 

 BTの後頭部が縦に避け、中から敵兵士が飛び出してきた。敵は自身の脳をBTのニューロンに接続することで、BTを自分の手足のように動かせるのだ。兵士はBTを遮蔽物にしつつ戦場から離脱しようと計画したが、その考えを実行に移す前に銃撃を食らいハチの巣にされた。


 最後の敵を打ち倒したところで、五人は周辺を警戒しながらBTへと近づいた。BTは体液を流しながらビクッビクッと痙攣し、その命はもう長くなさそうだ。

 

「オールクリア」


 ハンスがそう告げると五人は銃を下ろす。ハンスは深くため息を漏らしながら首をひねった。緊張の糸がようやくほどけてどっと疲れが溢れてきたが、その心にはさっきまではなかった自信にあふれていた。


「おい」初乗り苦戦を終え、満足感に浸っているハンスに、小隊軍曹が声をかける。


「よくやったな、初めてにしては上出来だ。やっと童貞卒業だな」


 童貞というのは戦争童貞というやつで、戦ったことのない新兵がそう呼ばれるのだ。戦いなら宇宙で散々やっていたが、初めて軍曹にねぎらいの言葉をかけられたことで、ハンスは少し機嫌がよかった。


「ありがとうございます…。よし、それではこれより基地へ帰投し、本部へ報告に向かう。分隊…」


 その時!BTの腹部が避け中から敵兵士が躍り出し、ナイフを逆手に持ってハンスへと襲い掛かる!咄嗟にハンスは振り返るが、対応することが出来ない。万事休すか!?


DADADADADA!


 ハンスの後方から銃声が轟き、敵はBTを挟んで反対側に吹き飛んだ!ブレンダが機関銃を構え、フルオート射撃で命中させたのだ。ブレンダは敵へ歩み寄り、ぜえぜえと息をしている敵に足を持ち上げ、力任せに踏みつけた!


ガン!


 敵は頭を踏みつけられビクッと痙攣する。


ガン!


 頭蓋骨が砕けたのか、ヘルメットから青い血液が漏れ出す。


グシャ!


 ヘルメットが砕け、頭部が無残にも砕け散る。軍靴に付着した肉片を敵兵士に踏みにじるよう擦り取ると、ブレンダはハンスに向き合い静かにこう告げた。


「行きましょう」


 四人が動揺から立ち直ると、分隊は無言でそそくさと帰路に就いた。ハンスは九死に一生を得たわけだが、不思議と気分は浮かばず、寧ろもやもやとした不快な何かが残った。




 戦闘のあった翌日、昨日の先頭に関する報告書をまとめようためハンスが業務に励んでいると、唐突にブレンダから声をかけられた。


「一七五〇時に私の部屋まで来てください」


 いつもの無表情でそれだけ伝えると、ブレンダはすたすたと歩き去っていった。


「?」


 いつも無言なブレンダが自分から、それも人を呼び出すことなど今までなかったので、ハンスはキツネにつままれたような表情になった。兎に角、指定された時間まで待ったハンスは、部屋の前まで言ってドアをノックした。返事がない。


(留守か?)


 ハンスがドアノブを捻るとドアにカギが掛かっていなかった。中に入ると右側のベッドにブレンダが横になっている。「ブレンダ?」と声を掛け、揺り起こそうとするハンス。次の瞬間、ハンスは袋をかぶせられ、床に組み伏せられた!突然のことに対応出来ないでいるハンスに、下手人たちが話しかける。


「乙女の部屋に忍び込もうなんて、お前は悪い子だ、軍曹!悪い子には、お仕置きが必要だよなぁ♪」


「本当、すいません軍曹」


「…………」


 何事かわめいているハンスを持ち上げ、下手人たちはハンスを何処へと連れ去っていく。目的地に着くと、ハンスを椅子に座らせ袋を取り除く。ハンスは何者かが自分の周りを取り囲んでいることに感づいて、必死の弁明を始めた。

 

「待ってください、誤解なんです!私は一等兵に呼び出されて、それで部屋まで伺ったのです!中に入ったのはドアをノックした際反応がなかったので、様子を見るために入っただけで、決してやましい心があったというわけでは…、あっ!いやっ!一等兵を侮辱する意味はなくてですね…」


 ハンスが必死の弁明を続けていると、周りからくすくすと笑い声が聞こえた。畜生め、一人の人間が人生の破滅を苦変えようとしているのが、そんなに面白いか!ハンスは歯ぎしりしたが、群衆たちはどこ吹く風といった様子で好き勝手に話し始める。


「情けない野郎だ、本当に死線を潜り抜けたのか?」


「軍曹が言っていることを疑うのか?お前は?」


「そうだぜ、軍曹殿に逆らうと後でえらい目に合うからな」


「それに、わざわざ嘘の報告をする理由がないでしょう」


「ならば今までの習わしにのっとり、盛大に向かい入れねば」


 そういって群衆の中央に居る人物が手を挙げると部屋の照明が付き、何が起きているのかさっぱり理解できないハンスの前にその全容が明らかとなった。


「「「盛況な宙軍パイロットにして栄えある陸軍歩兵のハンス軍曹!ようこそわが小隊へ!」」」


 目の前の集団―小隊の面々が次々にシャンパンを開け、中身を辺りにまき散らした。小隊軍曹は今まで見たことのない笑顔でハンスに近づき、両手に持ったビールを空になるまでハンスにぶっかけた。


 リーバイ少尉がカメラを構え、ビールまみれのハンスを写真に収める。後ろ手はマリー、白鳥、ブレンダがビールを持ち、絶え間なくハンスに浴びせかけてきた。

 

 一通り歓迎のあいさつが済んだところで、ハンスは小隊軍曹に抱えられ人ごみの中を分け入った。


「さあどいたどいた!今日の主賓のお通りだ!」


 ハンスがテーブルの上座に座らされ、続いて少尉が最も良い席に腰かける。さらに小隊の面々が続々と席についていき、小隊軍曹がワインを継いで回った。全員のグラスにワインが注ぎ終わると、少尉がワイングラスを持って立ち上がった。


「では紳士、淑女の諸君、グラスを持って。全員持ったか?よし、それでは、ハンス軍曹と小隊の栄光を祝って…乾杯!」


「「「乾杯!」」」


 少尉の乾杯の音頭を告げると小隊員たちは乾杯し、ワインを一気に飲み干した。皿に盛られた料理がそれぞれの皿に盛りつけられ、新米軍曹歓迎の宴が始まった。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 一通り料理を食べ終えると、小隊の面々は世間話に花を咲かせるようになり、やっとのことでハンスは解放された。奥の方では酔っぱらっているのか、ぼさぼさ頭の分隊長がギターを持ち出し、へたくそな歌を歌いながら見事なギターを披露していた。

 

 周りの人間は酔っていて曲の良し悪しも分からなくなっているのか、まるで一流スターをもてはやすように盛大な拍手を送る。歩兵流の荒々しく豪快な宴の風景だったが、ハンスは不思議と嫌いには為れなかった。ハンスが髪に残ったビールをふき取り、顔の落書きを落とそうとしていると隣に兵士が腰かけて、ハンスに話しかけてきた。

 

「ハンス少尉」

 

 小隊長―リーバイ少尉が親しみやすさを感じさせる笑みでハンスに向かい合う。ハンスの方も笑って少尉に向き合った。


「今は軍曹です。少尉殿」


「んん、そうか。いらん気遣いだったかな」


 ハンスが訂正すると、少尉が顎を掻きながら答えた。ハンスとしては元少尉として微妙な扱いになるよりは、軍曹として隊になじんでいった方が好都合だと考えての発言だったが、その発言を皮肉ととらえたのか、少尉は少し申し訳なさそうな面持ちになる。


「今までの扱いに気分を害したのなら謝罪しよう。すまない。新兵はこうして迎えるのが慣習だったので君にも同じようにしたのだが、やはり君の特殊な経歴を考慮した扱いにするべきだったかな?」


「あ、いえいえ、そんなつもりで言ったわけではありません。今は一軍曹としてふるまったほうが良いと思っただけのことで、本当に気にしているわけではないのです。それに、もしあの訓練がなければ自分が初の実戦で生き残れたか怪しいとおもっていますので」


 実際には三週間のもう訓練にハンスは音を上げそうになっていたが、今となってはどうでもいい事だった。地獄のような体験も、いつか笑いながら話せるときがくる。ハンスの場合、今がそうだった。


「ありがとう、そういってくれるととても助かるよ。…実をいうと、私は君が参ってしまうのではないかと心配だったんだ」


 相手を心配する表情で少尉はささやくと、そのままの表情で話し続けた。


「心配事はそれだけではなかったのだ。君を初戦で失えば宙軍からも顰蹙を買うことになるし、君の人事に関連する多くの人間に影響が出ただろうからね。例えば…」


 そこまで言ったところで少尉は口をつぐんだ。一瞬、少尉の顔にけげんな表情が見えたが、気のせいだと考えてハンスはスルーした。


「…兎に角、君が無事で本当に良かった。さあ、もう一度乾杯しようじゃないか。君の無事を祝って」


 再び笑顔になった少尉がグラスを差し出すと、ハンスも自分のグラスを手に持ち、二人はもう一度乾杯した。チン、というグラスがぶつかる軽い音。ハンスは少尉に認められたことに対して喜ぶあまり、少尉の笑みが含みを持った笑いに変わったことに気が付かなかった。


 パーティーがひと段落し、ぽつぽつと部屋に戻る兵士が出てきたところで、ハンスも部屋へ戻ることにした。マリーのほか何人かはまだ騒いでいたが、明日は大丈夫なのか…などと考えていると、部屋の前にブレンダが一人で立ち尽くしていることに気が付いた。


「ブレンダ、どうかしたのか?」ハンスが問いかけると、ブレンダは顔を上げ、無機質な機械音声で話し出した。


「…隊長、あの…。」


 それだけを告げるとブレンダは顔を伏せ、足元に視線を落とした。ハンスはブレンダの発言を聞き漏らすまいと、少し前かがみになった。


「…何でもありません」ブレンダはそれだけ言うと踵を返して、すたすたと歩き去っていった。


「?」


 ブレンダが何も言わなかったことに幾分拍子抜けしたハンスだったが、ベッドに入るとすぐにそんなことは忘れてしまった。初めての陸戦で勝利したこと、小隊に仲間として認められたことが、ハンスの鼓動を高鳴らせそれまで支配していた心配事を一時的にだが忘れさせてくれた。


 ハンスは今まで生き残ってきたことを意地の悪い神のいたずらかなんかだと考えていたが、今回ばかりは神の意地の悪さに感謝した。


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