第3話 邂逅 その③

第一階層は二つのエリアに分かれている。一つが装甲車や戦車といった装甲兵器が納められたエリアで、地上への搬出もここにあるゲートを介して行われる。もう一つは防御陣地で構成される地上エリアで、地上を埋め尽くさんばかりの塹壕や対戦車陣地、トーチカなどで、外敵の侵入を拒んでいた。

 

 目当てのゲート近くにジープを止め、五人は下車すると、トランクに詰め込んだバックをとりだし、中身の装備を身につけ始めた。中身の三分の一を占めるのはプロテクトアーマーだ。

 

 強化プラスチックと合金でできたアーマーは銃弾をある程度防げる他、爆発や不意の落下物に耐性があった。そしてこれらの利点を使用者にもたらしながらも、使用者の運動機能お妨げないというのが最大の利点だった。

 

 ほとんどの隊員がM44アサルトライフルを携行するが、ブレンダだけM660汎用機関銃を携行し、分隊支援に努める。また白鳥は不意の遭遇に備えて、AT14ロケットランチャーを装備していた。


 アーマーの上にバックパックを背負い、腰にポシェットを取り付け、次にマスクとヘルメット、ゴーグルを装着し、最後に各種グレネードを身に着け準備完了だ。


「ハンス、俺の装備に何か不備がないか確かめてくれ」


 出発準備が整ったところで、小隊軍曹がハンスを手招きしてこう言った。ハンスは小隊軍曹を調べ、バックパックに隠されたベルトが緩んでいるのを締め直し、最後に装備の入っていたバックを確かめて報告した。


「問題ありません、軍曹」


「ほう、これくらいはさすがに見逃さないか」


 ふん、と鼻を鳴らして、小隊軍曹が上から目線で言った。当たり前だ、三週間もこんな間違い探しをしているのだから、どんな間抜けでも覚える、とハンスは心の中で毒づいた。


「さてハンス、ここからはすべてお前の指示に従って動く。あまりにひどい場合は俺が指揮権を取り上げるが、それまではお前の好きにして構わん、この三週間の訓練の成果を、俺に見せつけてみろ!」


 ここにいてようやくハンスに、分隊長らしい仕事が回ってきた。今まで指揮をとった訓練で、指揮権を取り上げられたのは三回中三回。今回こそは、託された任務をミスなく熟して、なんちゃって分隊長の汚名を返上したい。


 ハンスは作戦区域の地図を開き、あらかじめ定めてあったルートを選定する。小隊軍曹から渡された地図にはすでに詳細な現地の情報が記されていて、ルートの選定は非常に短い時間で事足りた。


 実践ではゴーグルに地図機能がインプットされていて、それを使用するが、今回は非常時に備える名目で紙の地図を使用する。地図に一通り目を通してから、ハンスは全員に向け指示を飛ばす。

 

「ではこれより、夜間行軍を開始する。えー、目的地二km手前までは旅次行軍、そこからは戦備行軍で移動しその後、目的地にて一時間の経過愛訓練を行う。…あっ、作戦時間は六時間とする。それでは、移動開始」


 命令の後、全員がエレベーターに乗り込んだことを確認し、地上階へのボタンを押す。エレベーターが一定の速度で上昇していくと、それに合わせてエレベーター内の気温も徐々に上がっていった。今は夜のはずだが、蟲どもに合わせてテラフォーミングされた地表に、昔の常識は通用しない。


 エレベーターが地上へと到達し、金属と金網のドアが音を立てて開くと、放射能に汚染された外気と、エレベーター内の正常な空気とが混ざり合った。それとともに、体内のリラックスした雰囲気が幾分緊張したものへと変わった。もしここでマスクが故障でもすれば、すぐさま重度の放射能に全身をやられ、生きて帰る事すら困難になるだろう。

 

 満月の青白い光に照らされた地表は、冷酷な雰囲気を醸し出し、岩と砂だらけの光景がかつての住人の帰還を固く拒んでいた。


「分隊、旅次行軍の隊形を取れ」


 分隊はエレベーターを出て、訓練通り一列の隊形になった。順番はマリー、ハンス、小隊軍曹、白鳥、ブレンダの順で、取り回しの悪い武器を持つ隊員があまり動かずに射角を確保するための隊形だ。もっとも、これは前方にのみ敵がいるというあてにならない推測が当たっていればの話だが。


 隊列を整えた分隊は、目的地を目指して防御陣地に沿って設けられた、曲がりくねって歩きにくい道を、歩くことになった。ゲートの周りを取り囲む防御陣地を初めて目撃した時、ハンスは思わずほう、とため息を漏らしたものだ。


 ゲートの周囲を360度、何重にもわたって覆いつくしているそれは、目撃したものが敵であれ味方であれ、その巨大さがもたらす威圧感に圧倒され、皆感嘆のため息を漏らすほかないだろうとハンスは考えていた。

 

 実際、無人の荒野を反撃を受けながら突破し、ここまでたどり着いた精鋭であっても、自身の標的であるゲートが、塹壕や監視塔、ピルボックス(トーチカ)に守られているのを見れば、自分の人生で最大の脅威に出くわしたことを認めざるを得ないだろう。

 

 防御陣地を通り抜けた分隊は、陣地と幹線道路を結ぶ道を進み、幹線道路に沿って歩き出した。この道路は古い幹線道路に対して平行に築かれた新しいもので、遠くに見える黒い塀のようなものが本来の幹線道路だった。


 黒い塀のように見えるのは、実は黒く焼け焦げた自動車の列で、真上から核の熱波を浴びることで、不運な持ち主を蒸発させながら周りの車やアスファルトと融合したものであった。

 

 ハンスはこういった、核の炎が生み出す奇怪なオブジェを見るたびに、背筋に冷たいものが走る感覚を禁じえなかった。核はハンスのようなパイロットにとって最も身近な死をもたらす存在であったし、彼のかけがえのない存在のことごとくを奪っていった死神でもあったからだ。

 

 さらに道をさらに進んでいくと村だろうか、広範囲に建造物が立っているエリアに入った。こういったところで死んでいった人間はさらにみじめで、運よく建物の陰に入って助かるものもいたが、多くは全身を焼かれていた身に悶えながら苦しんで死ぬか、建物に下敷きになりながら蒸し焼きにされて死んだ。


 すでに動植物の痕跡はなく、あったしても地面に焼け付いた影や、焼け焦げた木々が立ち並ぶばかりだ。ハンスは何度かここを通っていたが、夜中に、それも徒歩でゆっくりと眺めていると、不気味な印象を抱かずにはいられなかった。

 

 放射能、気温、大気成分、蟲どもがこの地球をいじくりまわし、自分の知っている地球をかき消していくことが、言いようのない違和感や気持ち悪さを感じさせているのだとハンスは結論付けた。

 

 凡そ四km程進んだところで八分間の休憩を取り、再び進み出した。時計を見やると出発してからちょうど二時間ほどが経過している。いい調子だ。ハンスは満足そうに笑った。このまま順調にいけば朝食前に戻ることが出来るだろう。しかしそんなハンスの思いとは裏腹に、順調にいったのはここまでであった。


 5キロメートルほど進んだところで、マリーが立ち止まり、しゃがむよう促す。ハンスは屈みながらマリーに近づき、「どうした」と声をかけた。


「何かいる。一番手前の建物、壁の穴あたり」


 マリーが今まで聞いた事のない真面目な声で答える。ハンスはゴーグルのダイヤルを調整し、L字型の家屋にズームした。確かにいる、二人の人間のように見えるそれは、しかしながら確かに人とは異なる存在であった。


 身に着けているアーマーはハンスたちが使用しているものと異なり、生き物の外骨格のような表面をしていた。見たことのない銃を持ち、腰には刃渡り二十センチ程度のナイフを携行している。また、そのモノたちの頭はブーメランのように横に長く、人類が使用しているヘルメットとは明らかに異なる。間違いなく敵だ。


 二人の敵兵は周囲を見回すと家屋の中へと消えていった。どうする、見逃すべきか、ここで仕留めるべきだろうか。ハンスは決めることが出来ず、とりあえず分隊を土手まで移動させてから、小隊軍曹に助言を求めた。


「敵は二人、ライフルマンでおそらく前衛であると考えられます。690m、一番手前の家屋の中です。」


 小隊軍曹は土手から顔を出し、周りを確かめると、ハンスに向き直った。


「ハンス、貴様はどうするべきだと考える?」


「自分は…、このまま撤退するべきかと考えます…」ハンスが自信なさげにこたえると、小隊軍曹は少し考えるそぶりをした後に、ハンスに向かって諭すように話し始めた。


「いいかハンス軍曹、敵の狙いが単なる偵察なのか、それとも構成のための布石なのか、それは分からん。しかし一つ言えることは、敵か味方、先に先手を打った側がこの先の局面を有利に進められるということだ」不安になってきたハンスをそのままに、小隊軍曹が続ける。


「ここで待機して上に報告し、増援部隊を待つというのも確かに悪くない案かもしれん。だがこれが敵の攻勢による動きだとすれば、高い確率で相手に先手を取られることになる。もし、単なる偵察であったとしても、われわれの増援部隊がたどり着く前に敵が目的を達成する可能性は高いし、そのような状況は絶対に避けなくてはならん」


 小隊軍曹の言わんとすることにハンスは戸惑いを隠せなかった。攻撃に移るべきなのはわかったが、悲しいことにハンスには攻撃に必要な人員が不足していた。分隊と名乗ってはいるが分隊とは本来十人編成なのだ。


 ここにいるのは五人、かろうじて一個射撃班といったところか。それに対して敵は最低でも一個分隊。こちらの二倍の数だ。最悪あの二人の敵の後ろには一個小隊がいて、ハンスたちは七十人を相手にすることになる。

 

「…小隊軍曹に指揮を引き継げませんか?」ハンスがそう告げると小隊軍曹は首を横に振り、代わりに穏やかな声でこう答えた。


「ハンス軍曹、これはまたとないチャンスだ。初の実戦で二人だけ、それも無警戒に暗い家屋の中をうろうろしている。これほど楽な仕事はない。目の前の鬼軍曹に自分も人並みのことは出来ると見せつける、いいチャンスだとは思わないか?お前を散々いたぶったやつに、自分の過ちを思い知らせてやれ。仮に失敗したとしてだ、それは、また鬼軍曹のつらいしごきが待っているだけのことだ、そうだろう?」


 安い挑発に乗るほどハンスは若くなかったが、小隊軍曹の言うことももっともだと感じていた。ここで敵の出鼻をくじくことが出来れば、敵の計画を多少なりとも遅らせることが出来るだろう。


 また、これを乗り越えられなければ、小隊に受け入れられるのはさらに先の話になってしまう。危険の少ない仕事で小隊に自分の力を示すことが出来る、こんな幸運はいつまたやってくるか見当もつかなかった。

 

 やるしかないか、ハンスは覚悟を決めると、無線機のスイッチを入れ本部に連絡を入れてから、落ち着き払った声で分隊に命令する。


「分隊、警戒隊形をとれ。周囲を確認したのち、家屋まで前進する」


 分隊はすぐさま土手を離れて、ハンスを中心にひし形の隊形をとる。隊形を整えると土手を乗り越え、家屋に向かって小走りで移動した。


 穴の前まで到達すると穴の左右にハンスとマリーが付き、小隊軍曹は穴に向け小銃を構えた。その後ろで、ブレンダが同じように銃を構え、白鳥はあたりを警戒した。


「ブレンダ、白鳥、周囲を警戒しろ。残りは自分とともに内部へ突入する」


 ハンスはそう告げると三人で内部へと入っていった。最初に侵入した部屋はリビングだろうか、焼け焦げて縮れた絨毯の上に昔は立派だったのであろう家具の残骸があちこちに散乱していた。三人は近くに敵がいないことを確認すると、さらに捜索範囲を広げていく。


 三人はマリーを先頭にして廊下を突き進んでいった。二回から物音がして、ハンスは咄嗟に銃を構える。廊下は二手に分かれていて一方は階段、もう一方は右奥に続いていた。二回と右奥からかすかに物音がした。どうやら二手に分かれているらしい。


 ハンスは階段を指差し、二階へ上がるよう促す。二階もリビング同様がらくたが散乱していて、三人はガラクタを踏まないよう注意して進み、奥の部屋へと迫った。いた、目当ての人物(?)は屋内の捜索をあらかた終えたらしく、月明かりに照らされた室内を退屈そうに眺めていた。

 

 ハンスはだれを行かせるか迷ったが自分が向かうことにした。腰の軍用シャベルを取り、ゆっくりと敵に近づいていく。ナイフで仕留めるべきかと迷ったが、まだ訓練不足で自信がないので確実な手を使うことにした。


 十分な距離まで近づくと、ハンスはシャベルを振り上げ一瞬で距離を詰め、敵の脳天めがけて一気に振り下ろした。シャベルの突き刺さった場所からはどっと体液があふれ出し、敵の体はがくがくと痙攣した。


 ハンスは身動きが取れなくなった敵を引き寄せ、左手で首を絞める。敵は断末魔の叫びをあげることも出来ず、徐々に体の力が抜け、やがてその場に崩れ落ちた。


 ハンスは一見、冷静に対処しているかに見えたが、その内心は動揺し、目は大きく見開かれていた。空中戦とは違う、目の前で血を流して死んでいく敵を前にして、ハンスは落ち着きを失っていた。ハンスは深呼吸をし、落ち着きを取り戻すと二人に下へ向かうよう指示した。小隊軍曹は無言で頷いた。


 廊下の奥はキッチンになっていて、その中にもう一人の敵がいた。窓ガラスの割れた窓枠を取り外そうと四苦八苦している。ハンスは敵がおそらくガンポート(銃眼)を作ろうとしていると直感した。


 やはりほかにも仲間がいるのか。ハンスは自分と小隊軍曹を入り口に配置し、今度はマリーに対処するよう指示した。マリーはナイフを抜いてテーブルの裏に回り、入り口の反対側に位置した。

 

 マリーが敵の背後を取ろうと、猫のように軽やかな足取りで迫る。が、ちょうど足元にあった木片に気づくことが出来なかった!パキッと、木の折れる音がして敵がマリーの存在に気が付き振り返った。


 マリーは急いで敵へ近づき、敵の銃を叩き落としたが、敵に首を掴まれ、壁に向かってたたきつけられた!敵は腰のナイフを抜き取り、マリーへと近づいていく。

 

「っ!」


 小隊軍曹が引き金を引くよりも早く、ハンスは駆け出していた。銃を持っていることも忘れて、手にしていたシャベルを敵にぬかって振り下ろした!敵もハンスの気配に気づき、シャベルを避けようとするが、脳天を外したシャベルはそのまま、敵の肩口に深々と突き刺さった!


 あまりの激痛に敵は後退ったが、すぐにナイフで切りかかる。しかし力の入らない腕では勢いがつかず、ナイフはむなしく宙を切った。

 

 ハンスは敵のナイフをはねのけると素早く敵の後ろに回り、刺さったシャベルを思い切り外側にひねった。


「~~~~~~~~~~~~~~~~~~!」


 敵の口から、声にならない叫び声が漏れ出す。敵の胴はじゃが芋のようにぱっくりと割れ、中から同を含んだ青い鮮血が噴出した!血は噴水のように体から飛び出し、床、天井、そしてハンスの全身を青く染め上げる。ハンスがシャベルを引き抜くと、敵はその場に崩れ落ち、がくりと頭を垂れた。


沈黙に包まれたキッチンの中で最初に口を開いたのはハンスだった。


「マリー、大丈夫か」


「…ああ、何とか」


 マリーは立ち上がると、腕を振って健在さを示した。三人が外へ出ようとしたちょうどその時、白鳥からの通信が入ってきた。


「隊長、白鳥です。こっちで動きがありました。西にある隣家に敵が数人集まっています」


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