桃源郷 ⑫

「──翌日、許溥は捕吏に連れて行かれ、首を刎ねられた。娘は、亡骸を桃の肥やしにするのだという道士に連れて行かれた。残された母親のことは、誰も知らぬ。そのまま病気で命を落としたものか、はたまた、息子を追って河にでも身を投げたか。いずれにせよ、悲観に暮れたまま、この世を去ったことは確かだ──」

 道士はそれだけ言うと、息を吸い、しばし押し黙った。劉郁も、沈痛な面持ちで黙り込んでいた。

「わしが聞き及ぶ桃源境は、かような里じゃ。人目を忍ぶものが住んでいることにはかわりあるまいが、お前の言っている里とは違う。理想境などでは絶対にない──それでも、お前は探したいと思うかね」

 道士の押し殺した声が耳に染みこんでくる。劉郁は額に浮いた汗を拭った。

 道士は口を噤んでいた。凝然とした眼で、じっと劉郁を見つめていた。劉郁の挙動を逐次見逃すまいとしているようであった。

「──いえ、思いませぬ──」

 劉郁は、それだけ言うのが精一杯だった、それ以上は、何も言うことが出来なかった。

 劉郁は心の中で呟く。

 ──先ほどまで、人を煙に巻くような話を続けてきた道士だ。この話も作り話ではあるまいか。嘘か、真か。桃娘など本当にいるのか──。

 しばらく黙り込んで考えていたが、ふと、そんなことはどうでも良いと思った。

 ──話の真偽など考えてわかるものでもあるまい。しかし、一つだけ確かなことは、この話が、真実であっても、作り話であっても、道士は私に桃源境を探させたく無いのだ。だからこのような話をしたのだ──。

 劉郁はそれ以上、桃源境のことを口にしようとはしなかった。


──その後、桃源境の所在を問うものは誰もいなくなったという──



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食怪志異 たけ @take-greentea

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