野狗子 ⑥

 かれが住処を出て三日が過ぎた。

 予想では、まもなく小高い丘が見え、夢で見た墓にたどり着くはずである。

 かれは荒れ野を音も立てずに這い進んでいた。

 ところどころに草が生い茂り、まばらに木が生えている。

 月が雲に隠れ、辺りは真っ暗だった。

 夜目が利くかれでも、手探りで進むのがやっとであった。

 視界が遮られたままで行動するのは、ずいぶんと疲れる。

 かれはどこかで休息をとることができる場所が無いか探した。

 ちょうどよい叢を見つけ、かれは横たわった。

 そのまま、うつらうつらと微睡みはじめた。


 どれくらい時が過ぎたであろう。

 ふいに何者かの声で、かれは目を覚ました。

「もし。どなたかは存じませんが、そのようなところで寝ていると、身体に触りますよ」

 かれははっと、顔を上げた。

 灯りだ。かれはその眩しさに眼を細めた。

 何者かがこちらに歩いてくる。

 ──人間だ。生きている、人間だ。

 近づいてきていたのは、若い男であった。片手に提灯を掲げ、怪訝そうにこちらをうかがっていた。

 普段であれば、一目散に逃げ出すところであった。

 だが、何故かその時ばかりは、かれはその場を離れることができなかった。

「もし。このようなところで、寝──」

 男は、かれが何者であるか理解したようで、持っていた提灯をとり落し、悲鳴を上げた。

 かれは、男に何か語りかけようとした。だが、声が出なかった。かれの口は言葉を喋るように出来てはいなかった。脳髄を啜るために、キリのように尖った牙を有する口吻では、人の言葉を喋ることができない。のどを鳴らして、恐ろしい唸り声のようなものしか出すことができなかった。

 月を隠していた雲が晴れた。

 さっと差し込んだ月明かりが、かれと男を照らした。

 かれの姿を目にした男は、恐れとも怒りともつかない形相をしていた。

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