視肉 ⑤



 気が付くと、いつ消したのか覚えていなかったが、目の前の焚き火が消えていた。

 劉郁は立ちあがろうとしたが体が動かなかった。手も足も首も、まるで無くなってしまったかのように動かない。

 どうなっているんだろう、と目だけで辺りを見まわして、かれは自分の視点の高さがおかしいことに気が付いた。

丁度ひざを抱えて座った時のような感じだった。

 自分がどうなっているのか、よくわからなかったが、やたらに全身が熱く、窮屈だった。

 何度か動こうともがいてみたが、まるで効果はなく、ただただ、疲労感が増すばかりであった。

「おかしい。視肉の位置が変わっている」

 不意に背中の方から声が聞こえた。この位置からでは死角になっていて見えないが、誰か来たようだった。首をまわすことができれば、その人物の顔を見ることもできただろうが、それもできず、今は段々と近づいてくる足音を聞いていることしかできない。

 足音が間近までくると、視界の端に粗末な衣に覆われた足が見えた。足の主が劉郁の前に屈み込んで、ようやくその人物の顔を見ることができた。

 あの時の道士であった。

 道士はまるで値踏みでもするような目付きになって劉郁を眺めていたかと思うと、不意に刃物を取り出して、それを逆手に握り締めた。

 いったい何をするつもりだ! 劉郁が道士に問おうとした瞬間、いきなりかれの身体に刃物が突き立てられた。

 わッ――とかれは思わず叫んだ。叫んだつもりだった。しかし声がでなかった。口が開かなかった。それよりも、自分の口が身体のどの辺りにあるのかということすらもわからなかった。

 刺されたところに激痛が走る。劉郁は痛みに対して、まったく声を上げることができなかった。それどころか、身動ぎ一つとることができない。

 道士はそのまま、ぞっとするような満面の笑みを浮かべて、柄の部分まで刺し込んだ刃を縦に引いた。痛みが大きく広がっていく。

 劉郁の意識は薄らぎ始めていた。

 それは痛みのためだけではなかった。

 痛みの広がりと共に、何か虚無感のようなものが、彼の精神を侵食しようとしていた。

 劉郁の精神はどんどん消え失せ、逆にその空白を埋めるように、異質なものが心を満たしていく。

 まるで、自分の魂が何者かに食われていくような感覚だった。

 いつのまにか、痛みは感じなくなっていた。

 痛みどころか、感情の起伏すら消え失せてしまったかのように感じる。

 もはや、劉郁は自分が何者だったのかということさえ曖昧になり始めていた。

 はて、自分はここで何をしていたのだろう。

 それ以前に私は誰なのだろう。何という名で呼ばれ、何をして生きてきたのだろう……。

 いくら思い出そうとしても、何も思い出せなかった。

 唯一、誰かから聞いた言葉がふっと頭に浮かんだ。


「視肉は、いくら食べても絶対に無くならない」



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