視肉 ④


 ひと月たらずがたった。

 あれから劉郁は殆ど毎日、視肉の味を思いだし、その味を求めて、憑かれたように様々な肉を食った。鳥や獣はおろか、蜥蜴や蛙、果ては蚯蚓の肉まで口にした。しかし、どの肉もまるで視肉の味には及ばず、逆に視肉の味を求める心に拍車を掛けてしまった。

 むせ返るほど濃厚なあの視肉の旨み。ひとたびあの味を知ってしまっては、もう他の動物の肉など食うことができない。

 劉郁は再び山に入った。薬草を取りにではない。視肉を食いに入ったのだ。

 霊廟はあいかわらず、今にも朽ちてしまいそうなほど荒れ果てていた。石畳の隙間から、雑草が伸び、屋根に苔がむしている。日の下で見ると、一層、この霊廟の荒れようがわかった。

 劉郁は前に来た時に覗いた窓を再び覗いてみた。中は薄暗く、人の気配はしなかった。

 かれは扉の無い入り口を通って、中に入った。

 部屋の中には道士の焚き火の跡が残っていた。劉郁は用意してきた薪をそこに置くと、おもむろに火を付けた。

 焚き火がある程度の熱を持った所で、劉郁は視肉のいる部屋へと向かった。


 視肉は以前と同じくそこにいた。

 薄紅色の身体を震わせ、小さな目をくりくりと動かしている。

 以前に道士が削ぎ落とした個所は、復元して元通りになっていた。今の視肉は完全な球状をしている。

 劉郁は懐から刃物を取りだし、道士がしたように視肉の肉を削いだ。ごそりと肉が取れる。かれはその肉を持っていって、焚き火で焼いて食べた。

「ああ。この味だ」

 痺れるような味覚が舌先から脳髄まで伝わる。波紋のように広がる味の余韻がたまらない。腹が膨れるということを忘れさせる味だ。

 劉郁は次から次へと肉を口へ運んだ。

 食べる端から、次の一口が欲しくなり、手を伸ばす。肉がなくなれば、すぐにまた新しい肉を取りにいって焼く。そしてまた食う。

 気付けば視肉は、拳ほどの小さな塊だけになっていた。

 ――もし残ったこれだけを食べ尽くしてしまったら、視肉は再生することなく、全てなくなってしまうのではないだろうか――

 劉郁の頭にふとそんな考えがよぎったが、この口の中に広がる余韻を消してしまいたくはなかった。こんなにも幸福で、満ち足りた気分を一瞬でも途切れさせるのには堪えられなかった。

 かれは視肉の小さな塊を掴み、焚き火のもとへと引き返した。

 最後の塊は特に美味く、中でも目玉は格別で、飲みこんでしまうのが惜しまれた。

 視肉の肉を全て食べ終え、ようやく満腹感が襲ってくると、劉郁は日が暮れていくように、まどろみの中へと落ちていった。


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