視肉 ③

 霊廟の奥は仄暗く何がそこにあるのか、はっきりとは見えなかった。道士は近くにあった燭台の蝋燭に火をつけた。

 その部屋は思ったよりも狭く、蝋燭の小さな炎でも充分に全体を照らしだすことが出来た。

 ふと、部屋の隅に妙なものがあるのが見えた。

 薄紅色の粘土ような、歪んだ球状の塊。真中に二つの小さな目があって、こちらをじっと見つめている。

 なんとも薄気味の悪い物体であった。

「――何、なのですか、これは」

 劉郁は搾り出すような声で呟いた。その声に反応してか、その奇妙なものはぶるぶると震えた。どうやら生き物のようである。指先でそっとそれに触れてみると、ほんのりとした暖かさと、どくどくという脈動が伝わってくる。劉郁が道士を振りかえると、彼は微笑みながら、その手に握った刃物で、その物体を示した。

「これは視肉といってな、『生きている精肉』だ」

 道士は言いながら、そのまま肉塊に刃物を押し当てた。

「この視肉は、古くからこの廟に備えつけてあるもので、どのような仕組みなのかはわからんが、いくら肉を取っても死なないのだ。放っておけばいつのまにか、もとのように肉を取り戻しておる。だから、こいつはいくら食ってもなくなることはないのだよ」

 ぷつっという音とともに、刃が視肉に食い込んだ。

「さらに、この味は極上でな。わしはどうにもこの味が忘れられなくて、何度もこうやって足を運んできてしまうのだよ」

 道士は笑った。笑いながら刃物を動かし、視肉から器用に肉を削ぎ落とした。球に近い形をしていた視肉は、欠けた満月のようにいびつな形になった。

 小さな蝋燭の炎に照らされる視肉を見つめているうち、劉郁は少々息苦しさを覚えて顔をしかめた。その間も、道士は黙々と肉を削ぎ取っていた。

 道士が充分な肉を削ぎ取った後には、小さな目がついた、人間の頭ほどの肉塊がぽつんと残っているだけだった。

 その夜、劉郁は道士と二人、視肉の肉を食べながら語らった。道士は饒舌で、その弁舌は一夜を通して留まることがなかった。


 朝、劉郁は道士に礼を言い、山を下った。



 

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