2限目 教え子の料理(前編)

 ――細い……。


 それが、湯上がり姿の白宮を見た俺の最初の感想だった。


 バスタオル越しでもわかるそのプロポーションは、息を呑むほど整っている。

 健康的で強い張りを感じる臀部。

 過度に大きくなく、さりとて女性的な膨らみを十分を感じさせる胸。

 バスタオル越しでも透けてみえるくびれは細く、触れるだけで砂楼のように崩れていくような儚さがあった。


 学校一といわれるだけある。

 その姿を余すことなく、驚きのあまり広げた眼孔に焼き付けた。


 ぽた……。


 濡れそぼった髪から落ちた滴がフローリングを叩く。

 その音を聞いて、俺はやっと我に返った。

 そして、先ほど白宮が言った一言の分析が、ようやく完了する。


玄蕃げんば……。先生……」


「はい。……あら? お名前を間違っていましたか?」


 白宮は首を傾げる。

 俺は首を振る。


「いや、そうじゃなくて……。なんで、俺の名前を……」


「知ってますよ。二色乃高校の新任教師。科目は世界史担当。受け持ちは1ーAと……」


「ああ。わかった。もういい」


「間違ってました?」


「心配するな。大当たりだ」


「ファイナルアンサー?」


「ふぁ、ファイナルアンサー……」


「良かった」


 何故か、白宮はクイズ番組で正解したアイドルみたいに喜んでいた。


「聞くが、白宮」


「はい」


「もしかして、お前……。俺が隣に住んでいるの――」


「知ってましたよ」


「いつから?」


「玄蕃先生が隣に越してきた時から」


 はあ……。


 思わず俺は脱力した。

 隣に学校一の美少女が住んでいたことすら驚きなのに、その美少女に自分が教師であることはおろか、隣に住んでいることを把握されていたとは。


 間抜けだ、間抜けすぎる……。

 穴があったら入りてぇ。


 ――って、何を俺はがっかりしているのだろうか。


「先生……。そろそろいいのではないですか?」


「何が?」


「わ・た・し・の・は・ん・ら」


 白宮は満面の笑みを浮かべて笑う。

 完全に教師をからかってる時の女子高生の顔だ。


 俺は大人しく制服を差し出す。

 落ちていた生徒手帳も添えておいた。


「玄蕃先生」


「なんだ? 覚悟ならできてるぞ」


「何の覚悟ですか?」


「ケーサツ」


「警察!」


「知らなかったとはいえ、教え子の半裸を見たんだ。さすがに、これは事案だろ」


 減俸? それとも免職くびだろうか。

 はあ……。

 短い教師生活だったな。

 また塾講師のバイトでもやるか。

 あれもあれでブラックだったが、俺にはそっちが合ってる気がするし。

 少なくとも、教え子の半裸を見ることはないだろう。


 すると、白宮は腰を折って、クツクツと笑った。


「そんなことしませんよ。先生は命の恩人なんですから」


「命の恩人って……。人間の背丈ぐらいある蜘蛛から、お前を守ったわけじゃないぞ」


「それでも、私は嬉しかったですよ」


 ん? なんだ?


 今、白宮の顔が赤くなったような気がしたが……。


 すると……。


「へくち……」


 白宮は小さくくしゃみする。

 くしゃみまで可愛いとは。

 学校一の美少女は徹底しているらしい。


「早く着替えろ。教え子の半裸を見た挙げ句、風邪なんて引かせたら、本当に教師失格だ」


「玄蕃先生って真面目ですよね」


「早くしろ」


「はーい」


 白宮はくるりと回れ右をし、浴室へと戻っていく。


 なんか調子狂う。

 それもそうだろ。

 教え子の半裸……じゃなくて、なんだかイメージが違う。

 学校で見た白宮と、今ここにいる白宮が全然違うのだ。


 二色乃高校では、清楚然としていて、少し近寄りがたい雰囲気を醸しているのだが、今の白宮はなんというか……。


「楽しそう?」


 我ながら曖昧な回答しかできない。

 そもそも白宮との会話は、これが初めてなのだ。


「あ。先生」


 ひょこりと白宮は浴室から顔を出す。

 ついでに先ほどの生徒手帳を摘まみ、ヒラヒラと振った。


「何か見ました」


「あ? 別に……。お前の真面目そうな顔写真と名前しか見てないよ」


「そうですか」


「何か人に見られてはいけないものでもあったのか」


「――――ッ!」


「ん?」


 なんだ、その反応は?


 図星か?

 彼氏の写真でも入れていたのだろうか。

 まあ、白宮も女子高生だ。

 プリクラか何かだろ。


「わかりました。もういいです」


 白宮は再び引っ込んだが、また顔を出した。

 随分と慌ただしい。


「先生、まだ帰らないでくださいね」


 俺に反論の隙すら与えず、白宮は浴室の中に消えて行くのだった。



(※ 後編へ続く)

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