episode-26 歯車


 名前が上がったのは4人。

 1人は当然ソナタ、そして先程の話にも出てきたフロイライン・アリア。

 あとの2人はヴィスク元帥という人とカナリアいう名前の"海人"だった。


 フロイライン・アリアは西側の戦艦の艦長らしく常勝無敗の天才的な戦略家であるそうだ。

 ただ性格的に非常に問題のある人らしく話をしているときの老人はすごく嫌そうな顔をしていたし他のガラス管の中の老人達も本気で嫌そうだった。


 そんな人がキョウに関わっているとなればいずれ私達にとっても他人事ではなくなる日がくるだろう。


 現状ただでさえ西側陣営があちこちで戦局を開いているのだ。どこかの海で会い見えることになっても何ら不思議はない。


 ヴィスク元帥は東側、つまり私達が生まれた街も所属する側の人だそうだ。

 東のずっと東側にあるベルンという街で艦隊を率いる人物で人格者でもあり人望もあるそうだが今は病に伏せっており航海に出れる身体ではないらしい。


 カナリアという"海人"は元々はメルボンにいたが今は海に出ており消息不明。

 自由奔放で呼んでもくる様な人ではないらしい。

 尚それぞれに『LA型』がついているそうでこの内の誰かが北への航路を開くのではないかと考えていると老人は話してくれた。


「あと強いて言えば……キョウという少年じゃな」

「キョウが?」

「うむ、話を聞く限りではかなりの資質を秘めておるのは間違いないじゃろう。機会があれば会ってみたいものじゃな」

「…………」


 キョウがもしこのお爺さんからソナタや他の3人に与えようとしている艦を受け取ったとしたら……ソナタはキョウと戦って勝てるんだろうか。

 私の脳裏に海に沈んでいくサンダルフォンとソナタが映し出される。

 いやだ!絶対に!

 ソナタを失うなんてことは絶対にいやだ!


 私は頭を振り老人へと向き直る。


「私が乗ります。私がその艦の……艦長になります」

「お、おいっ!ミハル!本気か!」

「うん、本気よ、ソナタ。それで私がソナタ、あなたを助けれるなら私は艦長になるわ!」

「ミハル……お前……」

「お嬢さん、言うておくが後になってやっぱりやめますはナシじゃぞ?」

「はい、大丈夫です」


 私をガラス管の中の老人は再度値踏みするように見てはっきりと頷いた。


「……お嬢さん、主はこれより潜水艦ガブリエルの艦長じゃ!可愛がってやってくれ!」

「はいっ!」

「…………」


 こうして私はここフォールキャニオンで生涯を共にすることになる私の艦"ガブリエル"の艦長になることになった。

 私が海に出てまだ1年が経とうか経たないかというときだった。

 私はこの後、世界の命運を賭けるような戦いに身を投じることになるなど夢にも思っていなかった。



 部屋を出て広間から通路を歩いていてもソナタは難しい顔をして終始無言だった。


「ソナタ……怒ってる?」

「別に怒ってなんてねーよ」

「そう?」

「……俺はお前に潜水艦なんてもんには乗ってほしくなかったんだぜ」

「サンダルフォンにも?」

「ああ、出来れば"海の民"の街で待っていてほしかった。今更だけどな、あの時俺がお前にソナーの使い方なんて教えてなけりゃ……今頃お前は……」

「それは違うよ、ソナタ。あの時ああだったこうしたら良かったって言っても結局は私はソナタの隣にいることにしたはずだから。だからね、私は絶対に"海"に出てたと思うんだ」

「ミハル……」

「ソナタは勘違いしてるよ、好きな人をただ待ってるだけだなんてそんなの出来るわけないじゃない。私はね、もういやなの。二度とソナタを失うなんて絶対に!イヤなのよ!」


 そう、かつてあの火事でソナタを失くしたとき私は後悔した。どうして一緒にいなかったんだろうって、もし……もしも一緒にいたのなら未来は違っていたかも知れないって。


 再会してこうして一緒に海に出てからも私はずっと考えていた。

 自分に出来ること、自分にしか出来ないこと、何かあるはずだって。


「ソナタ、私は艦長になる!そしてあなたの隣であなたを守れるようになる!」

「ミハル……」

「大丈夫!絶対に!もう二度とあなたを死なせたりしないから」




 ◇◇◇



「さて、どうじゃった?あの娘は?」

「概ね合格ではないか?」

「そうじゃな」

「だが……何かちと不吉なものを感じたが」

「シシドミハルか……あの娘は本当に陸の人間なのじゃろうか」

「どういうことかね?」

「資質としては申し分ないじゃろうが……どうもそれだけではない気がしてのう」


 ソナタとミハルが去った広間ではガラス管の中の老人達が話をしていた。


「ワシらと同じような何かを感じたのじゃが……」

「ヒトではないと言うのか?」

「いや、そうではない。そうではないのじゃが……」


 アレは何だったのだろうと老人は思う。

 ミハルという少女の中にいる何か、そう……得体の知れない何かを。


「だがガブリエルを渡せる者が現れたのは僥倖なのではないか?」

「うむ、かつての世界を取り戻す手筈は整いつつある」

「ここを動けん我々の駒として働いてもらわねば」

「……そうであればよいのじゃが」

「サハラソナタよりは扱い易いだろうて」

「アリアよりもな」


 "海"に沈んだ栄光を求める他の4人を横目に見ながら老人は考える。

 自分は何か大事なことを見落としているのではないだろうか?

 もしかしてこの選択は間違いなのではないだろうか?


 いくら考えたところで老人には答えを出すことは出来なかった。


 世界を巡る歯車はゆっくりと、だが確実に綻び始めていた。

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