episode-25 氷河



 フォールキャニオン。氷に閉ざされた街。

 南の果ての更に深くにあるそこは昔南極と呼ばれていた。


 氷山という陸地の只中にあるかつての研究施設を中心にメルボンから続く各海路の終着点として作られた氷河の中にある街だ。


 私達は今、正にその氷河の終わりまで来ていた。

 眼前には天をつく氷の山が聳え立ち先程まで緩やかにでも流れていた海路は凍え、ここが終着点であると示している。


 そしてその氷山の一角に場違いな扉が設えてあった。

 丁度サンダルフォンの甲板の先頭から入れるような高さに、だ。


「あれが入り口なの?」

「ああ、メルボンから続く海路は全部で6本、そのそれぞれにああやって入り口が用意されている」

「街は……あの氷山の中に?」

「街というか研究施設だがな。まぁ行ってみればわかるさ」

「我々は艦に残ることにします。艦長とミハルさん、それにセナで行ってきて下さい」

「そうっスね、あたしもちょ〜っと勘弁っス」


 カクさんやマコさんがそう言って視線を宙に泳がせる。

 おでまで変な鼻唄を歌いつつ視線を合わせようとしない。


「えっと?みんな?」


 私はどうしてみんなが行きたがらないのかわからなかったが……それは甲板に出てすぐ理解出来た。


「さ、さっ!寒っっ!!」

「ミハル!!走れ!凍るぞ!」


 ハッチを開けてから甲板の先までの距離がこれほど長いと感じたのは後にも先にもこの時だけだった。

 猛ダッシュで駆け抜けて扉の中に入るまで僅かに数秒だと思うが、たったそれだけで髪や睫毛に口の周りまで凍りついてしまったくらいだ。


「…………」

「…………」

「こちらに温かいお湯がありますので」


 さすがはセナ、何事も無かったかのように扉を入った先にある部屋へと案内してくれ、私とソナタはそこでお湯に顔や指を浸けてようやく生きた心地がした。


「……もう来ないからねっ!」

「俺だって来たかねーよ」


 どうりでカクさん達が来たがらないわけだ。


 室内は氷山の中にあるとは思えないほどに暖かくライトに照らされた部屋はどこかのホテルのロビーのようだった。

 セナの案内でそこから続く通路を歩いていく。

 通路もふかふかとした絨毯が敷いてあり外とは別世界のようだ。


「ご苦労さん」

「こちらこそ」


 通路が交差する場所で幾人かとすれ違いそんな会話をする。

 違う海路から入ってきた人達だろう、目的はきっと私達と似たようなものなのだろうか。

 やがて通路が広くなりちょっとしたホールのような場所へと辿り着く。

 そこには10人以上の人がいて、それぞれがテーブルに座ってお茶を飲みつつ雑談をしていた。

 給仕の格好をした女性が数人、テーブルのお茶を淹れたり交換したりしている。


「さてと、順番待ちみたいだな」


 そう言ってソナタは空いているテーブルに座って私にも座るように促す。

 セナはといえば給仕の女性に話しかけて脇にあった扉へと入っていってしまった。


「セナにしてみれば生まれ故郷みたいなもんだからな」

「そっか……そうだよね」

「しかし相変わらず無駄に贅沢なとこだぜ、全くよ」

「とても氷山の中なんて思えないよね」

「ここの研究者の趣味なんだとよ。いい趣味してるぜ」

「ふぅーん」


 給仕の女性がコーヒーを淹れてくれる。

 きっとこの女性もアンドロイドなのだろうか。その優雅な身のこなしはとても人とは思えない。


「彼女達はここで目覚めたアンドロイドでな、ああやってここを訪れる者に外に連れて行ってもらえるのを待っているのさ」

「ラナやラキみたいなアンドロイドだけじゃないの?」

「当然だろ、全員が全員海に出るわけじゃないんだ。あんな風に給仕、つまりメイドみたいなとか研究者タイプや家政婦に……後はまぁその、夜用みたいなのもあるしな」

「……夜用ね」

「あ、バカ!お前、俺はそんなつもりでここに来たんじゃねーからな!変な想像すんじゃねー!」

「はいはい」


 ソナタを揶揄ってそんな話をしていると給仕の女性が、どうぞこちらへと別の部屋へと案内してくれた。


 そこはホールよりも更に広く天井の高い部屋だった。

 そして左右の壁には水に満たされた巨大なガラス管のようなものが無数にあり、その中で……彼女達が眠っていた。


「久しぶりだな、サハラソナタ」

「そして初めて見る顔よ」

「話は聞いておるぞ」

「全く貴重な『LA型』を台無しにしおって」

「馬鹿者が」


 部屋の中央には同じようなガラス管が5本たっていてその中には老人と言っていいような人達が入っていた。


「相変わらず口の悪い爺さんだな」

「お前に言われとうないわ」

「同感じゃ」

「して今日は何用じゃ?ラナの件か?」

「それとも別件かの?」


 ソナタが一言いえば5人の老人達から返事が返ってきてさすがのソナタも辟易しているように見える。


「わかったから一人だけにしてくれ。話が進まねー」

「……仕方ないのう、で何用じゃ?」

「悪いな。まずはあんたらも知っての通りラナの件だ」

「うむ」

「後はそうだな……セナとおでを連れてくがいいか?」

「問題なかろう」


 老人がそう言うと中央のモニターに画面が表示されてもの凄いスピードで文字が流れていく。


「結論から言えば『LA-NA型』の生死は分からんのう、半年前からデータベースは更新されとらんからのう」

「……そうか」

「ただ気になる点があってのう、更新はされとらんがアクセスしようとした痕跡があるんでな、故に生死は不明じゃ」

「アクセスしようとした痕跡?」

「うむ、そもそも衛星にアクセス出来るのは本人かここ、それにニフォルニアくらいじゃが……」

「ニフォルニアの大図書館か」

「そうじゃがあそこは西側の管轄じゃからのう、何も好き好んでうちに喧嘩は売らんじゃろうて」

「今の世界情勢から見ればそうとも言い切れないんじゃないか?」

「それを踏まえても、じゃ」

「ならラナの復元は出来ないってことか?」

「生死がはっきりせん事には出来んのう」


 それを聞いて私は、ホッとしたような残念なような……複雑な感情が込み上げて……それを噛み殺した。


「時にサハラソナタよ、お主はまだアレを受け取らんのか?」

「しつこいなぁ、何度言われても俺はサンダルフォンを降りる気はないぞ」

「だが、今お主が言うたように西側の情勢が不安定じゃろう?戦力は多くて困らんのではないか?」

「あのなぁ爺さん、ラナもなしでどうやって動かせって言うんだ?セナじゃギリギリ頑張ってもどうかってレベルだぜ」

「それもそうじゃが……ふむ。……ん?そこのお嬢さん」

「え?私?」


 ぼーっと2人の話を聞きながら辺りを見渡していた私に急にガラス管の中の老人が話しかけてきた。


「お嬢さん、名前は何という?」

「え?あの、ミハルです。シシドミハル」

「おいっ!爺さん!」

「坊主には聞いとらん」


 老人は何故か私をジッと見つめている。


「お嬢さんは……陸の人間じゃな?」

「は、はい、そうです」

「海は楽しいかね?」

「そう……ですね、すごく驚きましたしこんなに広い世界があるんだって感動もしました」

「ふむ……単刀直入に問おう、お嬢さん艦長をする気はないかね?」

「爺さんっ!!あんた何を言ってるんだ!ミハルは普通の人間だぞ!ラナやセナとは違うんだ!」

「普通……な、それを言えばサハラソナタ、お主もそうであろうが?」

「俺は"海の民"だし元々こうするつもりで……」

「ならお主の友人じゃったキョウという少年はどうじゃ?お主がいっぱい喰わされてラナを失のうたのではないか?」

「くっ……それは」

「まぁあの少年は特別なのかも知れんがな……何せ後ろにはあのフロイライン・アリアがついておるからの」

「お爺さん!キョウのことを知ってるの?キョウは……キョウはどうして私達と戦おうとするの?」


 私に艦長をしないかって話から意外なことにキョウの話が出てきた。

 何故キョウは私達を、ラナを攻撃してきたんだろうか?あの時モニター越しに話したキョウはまるで別人のようで私の知らないキョウだった。

 もしそのフロイライン・アリアって人が関わっていてキョウに何かしたとしたら……


「ワシも詳しくは分からんが、お嬢さんが考えとるような事はないじゃろうがの。あの女はその様な姑息な手は使わんじゃろうし、またその必要もないしの」

「じゃあキョウは自分の意思で私達と敵対したってこと?」

「まぁそうじゃろうな、何があったかは知らぬがワシらアンドロイドと違って人間は感情に支配されよるからのう」

「爺さん、キョウの話はまた後で聞くとしてミハルを艦長にってのはどうかと思うぞ」

「なぁに座っとるだけでどうにかなるようにはしてやるつもりじゃて、どうじゃ?ん?」

「大体爺さん、なんでそこまで俺達に拘るんだ?ここにいやぁそれこそ山ほど人が来るだろうに」

「ふふん、どうせならワシらが見込んだ者に使うてもらいたいと思うのはおかしな事かの?」


 そう言って老人は今までここを訪れた者の中から自分達が見込んだ者の名前を口にし始めた。

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