side 0 EP-01


 サンダルフォンにミハルやカナタ、キョウが乗り込んでから数日後。





「だから!何度言えば分かって頂けるのですかっ!」

「……検討すると言っているが?」

「ですから!その様な暇はもう無いと言っているんですっ!!」


 バンッ!!と机を叩き焦燥と懸念が入り混じった、疲れた顔を紅潮させ言葉を荒げるのは──海洋庁政務官、サクマ・ナハトだ。


 第1区の中央区長館にはこの日、全区間の区長及び各関係省庁の閣僚が集められていた。

 収集したのはこの海洋都市ハカタの代表でもあるカンバラ・タイゾウ。

 かつてハカタがまだ博多と呼ばれていた時代より続く名家の出であり古の科学を今の世に残す役割を担った者の末裔でもある。


 そのカンバラはジッと目を閉じて紛糾する会議の内容に耳を傾けていた。

 齢90を過ぎて尚、その体躯は衰えを知らず知らぬ者が見れば60歳だと言われても疑わないだろう。


「あ〜まぁしかし、何だね?サクマ君、事態は君の言うほどに切迫しとるのかね?」

「そうですな、ここ第1区は至って平和そのもの。君が深読みしているだけじゃないのかね?」

「あなた方は17区や18区を見ておられないからその様なことが言えるのです!!今や海面の上昇率は昨年より遥かに高い水準で推移しているのです!17区に18区が海面下に消えるのは遠い未来の話ではありません!」


「……遠い未来の話ねぇ……それはいったいいつなのかね?」

「そうそう、その様な漠然とした話では議会は動かせんのだよ」

「そ、それは……少なくとも10年は保たないと……」

「10年!?まるで明日明後日のことの様に言うからどうかと思えば10年かね?君ね、10年先のことより我々は明日明後日のことだよ?」

「で、ですから!10年は保たないと!本当に可能性とすれば明日明後日の可能性も!」

「可能性の話をしているんじゃないのだよ。サクマ君」


 議会が始まりかれこれ3時間は経過しようとしていたが、話は堂々巡りで一向に進んではおらず各地区の代表達の顔にも若干の疲れが見え始めた頃、休憩を挟むことになりゾロゾロと会議室を後にする代表達。


 会議室に残ったのは海洋庁の官僚数名に代表が幾人かとカンバラだけだった。


「サクマ君といったか、少し宜しいか?」


 そう声を掛けてサクマを別室へと誘うカンバラ。


「君の報告書は読ませてもらった、実に……そう、実に興味深い内容だ」

「はっ!ありがとうございます!」

「そう畏る必要はない、まぁ座りたまえ」


 別室でサクマはガチガチに緊張しながらカンバラの前のソファに腰を下ろす。

 サクマがこうも緊張するのも無理はないだろう、何せ眼前で自分の報告書に再度目を通しているのは、数十年に渡りこの都市を治めてきた長なのだから。


「さて……君は、そうだな……どこまで・・・・気づいている?」

「〜〜〜っ!?」

 ギロリとした目がサクマを射抜く。

 まるで心の奥底に隠したものまで見透かされてしまいそうな……濃紺・・の瞳が。



 ◇◇◇



 午後から再開された会議は滞りなく行われた。

 最重要案件であった"海人"の襲撃と"海"に関しての情報規制は先送りとなり現状維持となった。

 枯渇する資源の問題は、環境庁の予測より深刻であったため中国なかつくにとの貿易を再開することで話が纏まり近々船団が組まれることとなったが、依然"海人"による襲撃の懸念は残ったままだった。


 壁ができて数百年が過ぎ次第に地下資源の枯渇や人々の近親配合の問題など山積みではあるものの現時点では、一握りを除いては今のこの小さな繁栄がまだまだ続くものだと信じて疑わなかった。


 その一握り……サクマとカンバラの姿は午後の会議室にはなかった。


 その彼らがどうしていたかと言うと。


「代表……ここは……いったい?」

「君は知っているのではないのかね」

「……アズライル……ですか?」

「その通りだ。ではついてきたまえ」


 2人は中央庁館の地下を歩いていた。

 鈍く光る金属で出来た通路、ところどころに丸い窓がついているが、その向こうは漆黒の闇だ。


 いくつかの部屋らしき扉の前を通り過ぎ辿り着いたそこは……


「ここは……?」


 その声に応えるかのように薄暗い部屋に明かりが灯りそれと共に真っ暗だったモニターに画像が映し出される。

 低く鳴り響く何かの作動音に一瞬身体をびくつかせたサクマはブリッジの一段高いところにある席にだれかが座っていることに気づいた。


「ようこそ、アズライルへ。サクマ・ナハトさん」


 鈴が鳴るような美しい声の主はそう言って席を立ちサクマの前へと歩み寄った。

 何と表現すればいいのか?薄い青色の髪に同じ色の瞳、まるで彫刻のような端正な顔立ちはどこか人間離れした雰囲気を漂わせていた。


「だ、代表……ま、まさか……」

「そのまさかだ、サクマ君。彼女の名はラム、『LA-MU』型アンドロイド、君の想像通りだ」

「そ、そんな……じゃ、じゃあ……だ、代表……あなたも……」

「私のことはこの際どうでもよいのではないかね?」


 カンバラはニヤリと笑い近くの席へと腰を下ろしサクマへ問いかける。


「さて、ここなら邪魔は入らない。ゆっくりと聞かせてもらおうじゃないか、君の考えと……君の後ろに誰がいるのかをな」

「…………」


 ラムはカンバラの隣の席に座り2人の顔を交互に眺めニコリと笑う。

 暫しの沈黙の後、観念したかのようにサクマは2人にことの経緯を語り始めた。


「実は…………」





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