episode-3 決断


 狭い通路を私達はソナタに続いて進んでいく。

 通路に付いている丸い小さな窓の外は真っ暗で何も見えない。

 2年ぶりに会うソナタは以前より精悍な顔付きになりドキドキした私はまともに顔を見れなかった。

 本当ならすぐにでも抱きつきたかった。抱きしめて欲しかった。


 でも……今は……


 まだ何か言いたそうなキョウをなだめつつ先を歩くソナタの背中を見つめる。

 それはカナタも同じだった。


「聞きたいことや言いたいことも山ほどあるだろうけどまた後にしてくれ」

 私達の気配で察したのかソナタは振り返ることなくそう言った。


 通路の突き当たりの重そうな扉を開けて中に入る。


「あ〜艦長!お疲れっス。無事合流出来たんスね?」

「ああ、それで状況は?」

「それが、ノイズが多くてはっきりとした状況が確認出来ていません」

「そうか……微速前進。警戒を怠るな!」

「「ハイ(っス)」」


 その部屋は壁をよくわからない機械で埋め尽くされ、正面には大きなモニターがあり美しい海面が写っている。

 ソナタに声をかけてきたのは右側に座る小柄な女の子、反対側には中年の男性が座っていた。


 一段高い席に腰をおろしたソナタはふぅっとひと息ついて私達にその辺りに座るように言ってきた。


 言われるままに腰を下ろす私達。


「すまんがここを抜けるまで我慢してくれ」

「うん。わかった」

「ああ、そのかわり後で説明しろよ」


 ソナタは真面目な顔で正面にあるレーダーのようなものを見ている。


「艦長、ノイズ晴れます」

「ソナー、聞きもらすなよ」

「はいっス」


 それほど広くない部屋にコーンと音が響く。

「艦長おかしくないですか?後方の艦影がありません」

「そうっスね、しつこい連中にしては諦めが早すぎるっス」

「待ち伏せか……」

「おそらくは」

 部屋の中に緊張が走る。


「ダンマリか……厄介だな」

「カオリちゃん、連れてきたほうがよかったっスね」

 そうヘッドホンをした女の子が言うとソナタは何かを思いついたように私を見た。


「そういやミハル、お前耳良かったよな?ちょっとここに座ってみ?」

「えっ?」

 そう言うとソナタは私を女の子の隣に座らせてヘッドホンをつける。


「ちょっと、ソナタ?」

「まぁいいからいいから、な?いいか良く聞け。ヘッドホンの中でコーンって音は聞こえるな?」

「え?……うん」

 すぐ真横にソナタの精悍な顔がありドキッとしてしまう。


「よし、もしそのコーンってヤツ以外に何か聞こえたら手を挙げ……なんだ?」

「聞こえるよ。コツコツってそれと……何だろう?何か擦れるような音?」

 ソナタが息を飲んで隣の女の子を見る。


 彼女は黙って首を横に振った。


「ミハル、前からのレーダーの緑の丸が広がっていくだろ?それの……」

 ソナタが私にレーダーの見方を教えてくれる。


「えっと……この辺かな?」

 気がつけばキョウとカナタも私の後ろにきて固唾を飲んで見守ってくれていた。


「カク、ここいらは?」

「その辺は昔の都市が沈んでるな。隠れるにはもってこいだな」

 カクと呼ばれた中年の男性はレーダーを覗き込みそう答えた。


「ははは、なるほどな」

 ソナタは席に戻って電話の受話器のようなものに向かって声をかける。


「通常魚雷装填一番から四番、前方15時の方角、距離6000」

「魚雷そうて〜ん」

 受話器からは可愛らしい声が返ってくる。


「あぶりだしてやる!アップトリム30!第1戦速前進!魚雷打てぇ!!!」

 ガタンと部屋が大きく揺れてギシギシと金属がしなる音が聞こえる。


「ミハルはソナーに集中してくれ!キョウ、カナタは危ねぇから座って何かに捕まっててくれ!マコ!ピン打て!」

「了解っス!」

「カク!デコイ射出!魚雷室!続いて五番から八番!魚雷装填!アクティブホーミング」

「ピンきますっス!」

「ソナタ!ここっ!」

 私はレーダーのある位置を指差してソナタに伝える。

「魚雷室!16時の方角!距離5500!|打てぇ!」

「艦長!8時の方角に艦影2!距離10000!っス」

「やっぱいやがったか!」

「8時の方角!魚雷発射音っス!数は…4!距離9000!っス」


 部屋の中が急に慌ただしくなる。


「前方魚雷命中音、敵艦反応消失しました!」

「後方魚雷来ます!距離8000」


「艦首回頭、面舵20!」


「距離7000」


「魚雷装填一番から四番!デコイ射出!」

「デコイ射出〜!」

 魚雷室から返ってくる声は可愛い女の子の声でちょっと和む。


「8時の方角!距離6500!魚雷発射!パッシブホーミング」

「魚雷接触まで距離5500」


「ノイズに紛れてやり過ごすぞ、機関停止!」

「あと3000」


 部屋の中にはピリピリとした緊張が走る。

 気づけば口の中はカラカラで喉がヒリヒリとする。


「あと1000。接触します」


 真上辺りからドオーンと激しい音がして部屋の中がグラグラと揺れる。


「マコ、ミハル、集中してくれ。お馬鹿さん方が上を通過したら沈めてやる」

「う、うん、あの……お水貰えないかな?喉がカラカラで……」

「ほらっス、どうぞっス」

 ソナタが返事するより先にマコさんが水筒を渡してくれた。

「ありがとうございます」

「いいっス、お姉さんの耳が頼りっスから」

 マコさんは私にウインクして再びヘッドホンに集中する。


「……どうだ何か聞こえるか?」

「ノイズが結構酷いっスけどそれはあちらも同じっスから」

「………何にも聞こえないかな……」

「逃げた……か?」

「わかんないっス」

 部屋の中にソナーのコーンという音がこだまする。

 マコさんは緑色のレーダーの輪っかを真剣な表情で見ていたがしばらくするとふぅっとヘッドホンを外してソナタを見た。


「いないっス。どうやら逃げたみたいっスね」

「そうか……はぁ疲れた」

 ソナタは襟元を開けてパタパタと扇ぎ自分の椅子にどっかりと腰をおろした。


「ミハル、ご苦労さん。ありがとな」

「え、あ、うん」

 私も緊張の糸が切れたみたい。

「ミハル〜!すご〜いっ!かっこよかったよ!!」

 そんな私にカナタが抱きついてくる。

「おう、何かちょっとヤバかったわ」

 キョウもそう言って私の隣にきて照れた笑顔を見せてくれた。


「そうっスよ!ミハルさんっていうっスね?自分はマコ、クジリ マコっス」

 隣の席のマコさんが手を出して人なつこい笑みを浮かべる。

「あ、どうも。シシド ミハルです」

 差し出された手を取り私も笑顔を返し改めてマコさんを見てみる。

 マコさんは私達と同い年くらいの赤髪、赤目の小柄な女の子で笑ったときの笑窪と八重歯が可愛い。

「お友達のお2人もよろしくっス」

 次いでカナタとキョウにも握手を求める。

 互いに自己紹介をし握手をするカナタとキョウ。


「あなたがいて助かりました」

 私達が握手をして笑いあっていると離れた席にいた男性もこちらに歩いてきた。


「わたしはマナカ クニエ。みんなからはカクと呼ばれてます。よろしく」

「は、はい、こちらこそです」

 カクさんは40代くらいの大柄な男性でマコさんと同じ赤髪赤目だ。

 多分無口な人なのだろう、それだけ言うとそそくさと席に戻ってしまった。


「よ〜し、なら一旦引き上げるぞ。通常航行でぼちぼち行くぞ、カク!」

「通常航行、アップトリム」

「ピン打つっス……異常なしっス」

「よし、撤収!」



 ◇◇◇



「……で俺たちを呼んだわけか?」

「ああ、こんなことに巻き込みたくはなかったんだが早かれ遅かれカナタはこっちに連れてくるつもりだったからな」

「でもよ、本当なのか?お前やカナタが"海の民"ってのは?」

「本当だ。親父やお袋もな。今はまだおおっぴらにはなってないがいずれ世間にも知れることになるだろう」

「"海人"とは違うんだよな?」

「違う。俺たち"海の民"はれっきとした人間だ。それは長年一緒にいたお前もわかってるだろ?」

「そりゃまぁそうだけどよ」

「"海人"も同じ人間だが、アイツらはちょっと違う。自分達以外を全て滅ぼそうとしてやがる」


 ソナタの説明だと"海人"は陸に住む人間もソナタ達"海の民"も滅ぼそうとしているらしい。


 かつては"海の民"とも共存していたことがあったそうだが今はもう一方的に敵視されているそうだ。


 ソナタは2年前の事故は偽装で"海"に出るために死んだことにしたと語った。

 国防軍の中にも"海の民"に協力している勢力と反対勢力があるらしく反対勢力の目を欺くためだったらしい。

 今回の私達の行動も友好勢力の支援があり、ああいった形になったそうだ。


「じゃあラナは?ラナはいったい誰なの?」

「ラナか……彼女はな…」

「それは私自身からお話しさせて頂きます」


 キシュンとドアが開く音がしてラナが入ってくる。


「ラナ……」

 カナタが私の腕を掴んで小さくラナに呼びかける。


「ごめんなさいね、カナタ。それにミハルとキョウも」

「どういうことか説明してくれんだろうな?ラナ!」

「ええ、何から説明しようかしら……」

 ラナはソナタの横に立って私達を正面から見据えて自らのことを語りだした。


「私はラナ。LA-NA型アンドロイド、形式番号1169。作られたのは西暦2308年。今から300年程前になるわね」

「は?」

「「え?」」

 私達の返事をよそにラナは続ける。

「私が作られた時代についてはまた後日話すとして……信じられないって顔ね」

「そりゃそうだろ!アンドロイドってつまり機械ってことか?」


 一般的にアンドロイドが研究はされているのは周知の事実で、実際お手伝いロボットのような機械はまだ極少数ではあるが普及はしている。

 でも……目の前のラナのような人と区別がつかないようなアンドロイドは聞いたことも見たこともない。


「お前らが驚くのも無理はないさ、俺だって最初は信じられなかったからな」

 ソナタがそう言って意地の悪そうな笑いをラナに向ける。


「私達LA-NA型は集積型人工知能に特化して作られています。よりヒトに近づくことを目的とて開発されましたのでこのように蓄積された情報により表情や感情を表すことも可能となりました」

 そう言って微笑むラナは見た目は私達が知っていたラナだった。


「それでも、それでもだ!俺たちを騙してたのには違わねぇよな?仲良しさんを気取って心ん中で笑ってたのか?なぁ?」

「笑ってなどいませんよ、キョウ。そういった機能はついていませんので」

「〜〜っっ」

 キョウは拳を固く握り締めて何かを言いかけてやめた。


「キョウ……」

 そんなキョウの肩に手を置いたカナタは何と言えばいいのか困っているように見えた。

「悪いがラナのことはそれくらいにしといてくれないか?まだまだ言っとかないとならんことが山ほどあるんでな」


 ソナタはそう言って椅子に座り直して話し出した。





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