episode-2 出航
暦は7月になり学校は長期休暇に入った。
7月の終わりから9月の末までの2カ月間。私達はその間にあの計画を実行することに決めていた。
私達がそんな計画を話しているうちにも海人が捕まえられたというニュースは4回も世間を賑わせていた。
しかしどのニュースサイトを見ても実際の海人の写真や映像を載せているサイトはどこにもなかった。
「やっぱさぁ、海人なんかいないんじゃないか?」
「そうなのかなぁ……」
今日は最終の打ち合わせのためにラナの家にみんなで集まっている。
ラナは両親の仕事の都合で一人暮らしをしているのでこうして何かの話をするときは大抵ここに来ている。
「そうかもしれませんが、用心と準備はしっかりとしておくべきです」
「わかってるよ」
「後はどうやって壁を越えるか、だよね」
ラナがキョウに言い聞かせているとカナタが一番の問題を口にする。
「そうなんだよな〜海門が開く時間はわかってるんだ、そこをなんとか出来れば……」
「何かのトラブルなりアクシデントならあればいいんだけど」
「そうそう上手くいくわけないしね〜」
「ま、ダメ元で行ってみればいいんじゃね?」
「キョウはいっつもダメ元なんだから」
あははと4人で顔を見合わせて笑いあう。
ふとラナは何かを思い出したように私達に話だした。
「ねぇ3人共知ってる?昔はこの時期を"夏"って言っててその夏の長い休みを"夏休み"って言ってたそうよ」
「……夏?」
「ええ、何でも7月と8月はすごく暑かったんですって」
「へぇ〜暑く感じることって4月くらいよね?」
ラナの話にカナタが興味を惹かれたようだった。
7月と8月が暑かったのか……今じゃこんなに涼しいのに。
ラナの話によると数百年前は春夏秋冬と4つの季節があったそうだ。
小さい頃に習ったようなあやふやな記憶が僅かに頭の片隅にあった。
ちなみに"冬"はとても寒かったらしい。
「ラナは何でもよく知ってるよな〜どこで覚えたんだ?」
「前に住んでいたとこにあった図書館よ」
「ああ〜そういえばラナって臨海のほうに住んでたんだっけ」
「ええ、18区よ。今はもうないけれどね」
カナタの問いにラナは窓から外を眺めながら呟いた。
18区は2年前の大火災によって壊滅的な被害を受け多くの住人が命を落とした。
その中にはカナタの兄であり私の恋人だったサハラ ソナタも含まれる。
思い出したくもない、けど忘れることなど出来ない出来事。
大火災でソナタの遺体すら見つけることはできなかった。ソナタの部屋だった場所から炭化した遺体らしきものは発見されたが。
それ故に私達はソナタの死が受け入れられなかった。
カナタも私も最近になりようやくあの悪夢から立ち直ることが出来た。完全にとは到底言い難いけど。
「ごめんなさい。カナタ、ミハル。思いださせてしまって」
「ううん、気にしないで。私は大丈夫だから」
「ミハルの言う通りよ、あたし達は大丈夫」
辛い出来事だったけど忘れないことが亡くなった人達への弔いだと思う。
◇◇◇
翌週になり私達4人は早朝から臨海区に来ていた。
流石に泊まりというわけにもいかずこうして朝早くから集まってきたわけだ。
ラナは実質一人暮らしで、キョウは早くに両親を亡くしていて施設で育っているので泊まりでも構わないと言っていたけど中々そういうわけにもいかない。
「相変わらずな〜んもね〜な」
「そうね〜特にこの辺りは工業区だから仕方ないんじゃない?」
私達が訪れた臨海3区は工業区にあたり商業施設もあまりなく高台の上に住宅街が広がっているくらいだ。
「さてと、ならとっとと行ってみようぜ」
「どこから回るの?」
「まずは壁を見に行こうぜ」
私達は観光客に紛れて壁を見に"海"がある方へと足を運んだ。
「ここが第3区画の壁です。現在ではこの第3区画を始めとして計14の区画があり……」
壁の前では観光客に向けて国防軍の女性士官が説明をしていた。
「2ヶ月前からの"海人"の捕獲により第7区間から以降は現在閉鎖となっており……」
女性士官の話では今見れる区間は第1から第6区間までとなっているみたい。
「第1か第6区間に行ってみるか?」
「第1区間に行きませんか?」
珍しくラナがそう提案する。
「そうね、第1区間のほうが近いしそうしようか」
観光客から離れて物珍しげな風を装って私達は壁沿いに第1区間に歩いていく。
第2区間はほとんど人通りはなくすれ違う人はおそらく高台の上の住宅の住人だろう。
元々人通りは多くない上に"海人"騒動で更に人通りが減少しているみたいだった。
海門は全部で4つあり3区画ごとに設置されている。
街全体をグルリと壁で囲まれているため第1区間の向こうは14区間につながっている。
「しっかしよくもまぁこんなもん作ったよなぁ」
真っ白い高くそびえる壁を見上げてキョウがため息混じりに言うとカナタも同じように壁を見上げる。
第1区間の丁度端にあたる部分にひとつめの海門は位置している。
高さは何メートルくらいだろう、かなりの高さがあり重厚な鉄格子と扉で固く閉ざされていてその両脇には通用門らしき小さな扉がある。
「さてと、ここまで来たのはいいけどどうしたもんかね」
海門が開くのは月に一回だけ。今日を逃せばまた来月まで待たなければならない。
「さぁ行きましょうか」
そう言ってラナは何ごともないように海門に近づきその脇にある小さな扉を開いた。
「「「え?」」」
「ほら、早く!」
そう言い残しラナは扉の中へと姿を消した。
「何?ちょっと!ラナ!」
カナタとキョウが急いで扉に駆け寄り中を覗いている。
私もその後に続き扉の中を覗く。
中は予想に反して明るく真っ白な壁に囲まれた通路が続いていた。
「どうする?」
「どうするって……」
「行くか?行かないか?」
キョウが私とカナタを見てから通路を指差す。
「ラナが何でここを開けれたのかはわからないけど行かないって選択肢はないよね」
「ミハルは?」
「……行くよ、ラナを追いかけないと」
私達は互いに頷き合い扉の中の通路を進んでいった。
しばらく進むと通路はなだらかな登りになり突き当たりで左右に分かれていた。
「どっちだと思う?」
「わかるわけないでしょ」
ラナはこの通路をどちらかに進んだはず。
「キョウ、カナタ!こっち!ラナの時計が!」
左側の通路を少し進んだところに可愛らしい女性用の腕時計が落ちていた。
「目印ってことか……ラナ……いったいどうしたってんだ」
私から時計を受け取りキョウは通路の先を睨みつける。
通路を更に進んでいく、誰かに出会わないかとビクビクしながら進んだ先には下へと続く階段があった。
「カナタ、ミハル、俺が先頭に立つからお前らは後からついてこい」
キョウがそう言って慎重に階段を降りていく。
「明かりが……」
階段を降りるにつれてあたりは明るくなりやがて開け放たれた扉が見え……そして……
扉から出た私達が見たものは、遥か彼方まで広がる"蒼"
雲ひとつない青空に負けないくらいの静謐な水を湛えた"蒼"
「これが……"海"……?」
どこまでも果てしなく続くその美しい光景に私達はしばらく言葉がなかった。
「ははは、これが……これが"海"か!」
「これが……"海"……」
キョウとカナタはそう言ってうっとりと"海"を見つめる。
しかし私の頭には疑問が浮かんでいた。私達がいるのは少しだけ"海"に迫り出した場所。
それならラナは?ラナはどこに?
「ねぇ2人とも、ラナは?ラナはどうしたのかな?」
「ホントだ、ここまですれ違うこともなかったし隠れる場所もなかったよね」
「もしかして……"海"に落ちたのか……?」
私達が周囲を見渡していると不意に水面が波打ち始めた。
「キョウ!カナタ!何か!」
「ミハル!」
扉のほうに私達が戻るのと同時に波打つ水面が異常に盛り上がり巨大な何かが姿を現した。
風と波飛沫にたまらず顔を背けた私達が次に見たものは銀色に輝く巨大な楕円形の塊だった。
「……何だよ……これ?」
「何だっけ……何かで見たことがあるような……」
私はこれとよく似たものをどこかで見たことがある。
それがどこだったのか、本で見たのかはわからないけど……
「潜水艦………?」
私達の眼前に現れたのは白銀に輝く巨大な潜水艦だった。
私もキョウも、そしてカナタもあまりの出来事に頭が追いついてこない。
唖然とする私達を他所にその潜水艦の上が開いて一人の男性が姿を見せた。
それは私もキョウもカナタもよく知る人物。
忘れようにも決して忘れることなど出来ない人。
2年前に事故で亡くなったはずの、そして……私の恋人だった人。
「やあ、久しぶりだな。元気?」
群青色の軍服をだらしなく着て私達を見てニヤリと笑う日に焼けたその顔は紛れもなくサハラ ソナタその人だった。
「うそ……ソナタ……兄さん?」
「本物なのか?」
「ソナタ……」
三者三様の問いに困ったような顔で肩をすくめて改めて私達に話しかけてくる。
「驚いた?そりゃ驚くよな?ラナには言っておくように伝えたんだけどなぁ……きいてないか?」
「本当に兄さんなの……?」
「カナタも久しぶりだなぁ、ちょっと背伸びたか?」
そう言うとカナタは手に持っていた何かをカナタに放り投げた。
「わっ、ととと」
カナタが受け損なったそれを私がキャッチする。
チャラリと乾いた音を立てたそれは銀の鎖のついたペンダントだった。
「これは……」
カナタは自分の首から全く同じものを取り出す。
私もそしてキョウも見覚えのあるペンダント。
あの日、ソナタの棺に入れたはずのペンダント。
「すまんなぁ、あの時はああするしかなかったんだわ。マジ申し訳ない」
緊張感のカケラもない態度で手を合わせてちょっとだけ頭を下げるソナタ。
「ソナタ!ホントにお前なのか?死んだんじゃなかったのか!」
「まぁその何だ、話せば長くなるからなぁ。悪いがまた今度な?キョウ」
そのいい加減なモノの言い方は正にソナタそのものだった。
「ソナタ……なの?」
「ミハルも悪かったな、寂しかったろ?ホントすまん」
私がそんな彼に言い返そうとした時だった。
「艦長!!緊急事態っス!すぐお戻り下さいっス!!」
そう女性の声が聞こえてきた。
「どうした?何があった?」
ソナタは自分の立っている場所から中に向けて叫ぶ。
「敵影っス!東側距離7000!艦影4っス!」
「ちっ!尾けられたか!」
「潜航準備っス!あと2分で頼むっス!」
それを聞いたソナタは真面目な顔で私達に向き直った。
「時間がないんだ。今すぐここで決めてくれ!俺と来るか?来ないか?」
常識的に考えればついていくことなどありえなかっただろう。
2年前に死んだはずの人物が潜水艦に乗ってよりにもよって海から出てきたのだから。
ありえないことだらけでそんな判断など出来ようはずがない。
「いく。私はソナタについていく」
「ああ、俺もだ」
「兄さん、お願い」
私以外の2人がどのように考えたのかはわからない。
わからないけど私は彼と共に行く以外の選択肢はなかった。
こんな非現実的な事であるにもかかわらず、今日のこの時この瞬間が決められていたかのように。
「よし!こいっ!」
私達は慌てて手摺を登り狭い円形の中の階段を降りて艦内に入っていく。
「急速潜航!ダウントリム!海域を離脱する!振り切れよ!」
「了解っス!」
私達を乗せて潜水艦は海の底深くへと潜っていった。
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