ENCOUNT BLUE

揣 仁希(低浮上)

始まりの"海"

episode-1 計画



 ガタガタと揺れる振動を感じウトウトしていた私は浅い眠りから覚める。

「ん……何時?」

 ベッドの壁にかけてある時計の針は3時18分を指しているが、それが昼なのか夜なのかは定かではない。


「夜中かな……」

 はっきりとしない頭を振り、ベッドから降りた私は椅子にかけてあった服に袖を通す。


 簡素で狭く、灰色の金属で出来た素っ気ない部屋。

 片隅にある机とライト、それに寝心地の良くない硬いベッドとクローゼット。

 年頃の女の子の部屋としてはどうかと思う。


 壁にある丸い窓からは真っ暗な闇しか見えない。

 時折、カツンと何かがぶつかる音が響く以外は静寂に包まれている。


 自分の呼吸の音がやけに大きく感じる。

 部屋を出るため私はこれまた味気ない金属の扉に手をかけた。


 扉から出るとそこは薄暗い通路。

 私は襟元を正し通路を進んでいく。

「ほんのこないだなんだけど随分前に感じるなぁ……」


 自分が着ている群青色の軍服・・を見て改めて今の自分を実感する。


「ま、考えても仕方ないか……」



 ◇◇◇



西暦2672年


「ミハル〜早く起きなさ〜い!遅刻するわよ〜!」

「もう起きてるから大丈夫〜!」


 階段の下からママが顔を出して私を大声で呼ぶ。

 毎朝の恒例だとはいえご近所の迷惑をちょっとは考えればいいのに。なんて私は自分が起きれないことを棚に上げて急いで階段を降りる。


「ミハル!朝ごはん!」

「帰ってから食べる〜!いってきま〜す!」

「帰ったら晩ごはんよ〜」


 玄関から飛び出して自転車のカゴにカバンを放り込んで勢いよくこぎ出す。

 今日も燦々と降り注ぐ暖かな日差しを浴びて学校への道を急ぐ。


「昨日はネットニュースを見てて遅くなっちゃったからなぁ、カナタやラナは見たのかな?アレ」


 私はなだらかな道を自転車を走らせながら昨日の深夜のニュースを思い出していた。

 昨日5月28日23時15分、臨海3区の警戒区域にて海人うみびとを捕獲。

 直ちに海人の襲撃に備えて臨海3区及び隣接する2区、4区に特別警戒警報を発令。


「はぁ〜海人だって……怖いなぁ……」


 海人というのはその名の通り"海"の中に住む人のこと。昔々、私のおじいちゃんのおじいちゃんのそのまたおじいちゃんより前には陸地は今よりもっと広かったらしい。

 それを海人が沈めちゃったんだ、当時あった陸地の7割くらいが"海"に沈んで世界は今のカタチになったんだって。

 それ以来、海人は残りの陸地も沈めようとして時々こうして襲ってくるらしい。


「う、う、う〜この坂道が……なんでこんなところに学校なんか建てたのよ〜!」

 急な坂道を私は立ちこぎで必死に登ってゆく。


「はぁはぁはぁ、か、帰りは楽なんだけどなぁ」

 坂道のてっぺんから見渡せる景色には、話に聞いたことのある"海"という大きな水たまりは見えない。

 見えるのは空高くそびえる白い壁、学校で習った"海"と"陸"を隔てる境界線。

 私達が住む"陸"と"海"が断絶してから数百年が経過していると言われているが、それも本で読んだり学校で習っただけで実際にはどのくらいなのかはよく分からない。


 "海"……それは想像でしかなく、古い写真でしか見ることは出来なかった。


「あの向こうに……"海"があるんだよね」

 疲れたので自転車を押して歩きながら私はまだ見たことがない"海"に思いを馳せる。

「"海"かぁ〜どんななんだろ?いつか……見てみたいな」

 私の住む山林3区は残された陸地の内部に位置していてニュースでしていたような臨海区のように"海"には面していない。とは言え臨海区も壁に遮られ実際にその向こうにあるとされる"海"が見えるわけではない。

 同じ学校の友達や先生、家族もみんな"海"を見たことがある人はいない。


「ミハル〜!遅刻するぞ〜!」

 そんなことを考えながら自転車を押していた私に前方でパタパタと手を振る女の子が叫んでる。


「ごめ〜ん!カナタ〜まだ間に合うでしょ〜?」

「ギリギリだよ〜あと3分〜!」

「ええ〜〜っ」

 私は慌てて自転車に乗って校門をくぐった。


「せーふ!」

「もう!ミハルは毎日ギリギリなんだから」

「あはは、ごめんね。カナタ」


 そう言って並んで歩く彼女はサハラ カナタ。

 昔は普通だったらしいけど今ではとても珍しくなった黒髪黒目のボーイッシュな女の子だ。

 私は赤みがかった茶色の髪で瞳の色は淡い緑をしている。


「カナタの髪はいっつもキレイだよね〜」

「はいはい、ありがと。それよりほら急がないと!」


 私とカナタはいつものようにケタケタ笑い合いながら教室へと駆けていく。


「おっはよ〜!」

「おはよ〜!」

 ガラガラっとドアを開けて教室へと入っていく。


「おはようございます。ミハル、カナタ」

「おう、おはようさん」

「ラナ、キョウおはよ〜」


 私の席の前の女の子が手を振って返事を返してくれる。

 彼女はミチナガ ラナ。薄い青色の髪の落ち着いた雰囲気の私達のお姉さんみたいな同級生。


「どうせミハルが遅刻しかけたんだろ?カナタも待ってなくてもいいんじゃね?」

「うっさいわね、キョウだってしょっちゅう遅刻してるでしょ!」

「お前みたいに毎日じゃねーよ」

 この頭悪そうなのがカタミ キョウ。私とカナタの幼馴染。


「ねぇねぇそれよりさ〜昨日の夜のニュース見た?また海人が捕まったんだって」

「見た見た!臨海3区でしょ?結構近いよね」

「つーかさ、最近多くね?今年入って何人目だよ?」

「えっとね……6人目だって」

「だろ?去年なんか一回もなかっただろ?」

「怖いよね〜」

「うん……」

 私が覚えている限りでは大体年に1人とかそんなくらいだったはず。なのに今年はまだ4ヶ月しか経ってないのにもう6人目……。


「ネットで噂になってるもんね、海人が襲ってくるんじゃないかって」

「私も見ましたわ。臨海区の方では特別警戒警報が発令されてるって」


 特別警戒警報……教科書で読んだことしかないけど確か国防軍とか何とかが出動するんだっけ?


「ま、ここいらは山林区だし問題ないっしょ」

 机に座っていたキョウはそう言って笑いながら自分の席に戻っていった。


 ガラガラ


「おはよう、皆さん」

「「「おはようございます」」」

 担任のヒジカタ先生が入ってきて今日の授業が始まる。



 ◇◇◇



「ねぇ帰りにちょっとお茶してかない?」

「私は今日は家の用事がありますので……」

「私は大丈夫だよ」

「俺もオッケーだ」

 学校の坂道を降りたところでラナと別れて私達3人は近くの喫茶店に入った。


「あ、俺コーヒーで」

「私はミックスジュース」

「私も同じで」

 注文をしてから私達は昨日のニュースについて話していた。


「でもよ、"海"ってそんなにすげぇのかな?見たことないからわかんねーよな」

「だよね、海人っていっても実際に見たことないしね」

「人を襲って食べちゃうんでしょ?」

「聞いた話だけどな」

 私も含めてみんな話やニュースでは知っているけど実際に"海"を見たり海人を見てことがある人はいない。

 それは私達みんながずっと疑問に思っていたことだ。


「なぁ、あの計画やってみないか?」

「あの計画って……あんた本気?」

「ああ、本気だ」

 いつになく真剣な表情のキョウは、その赤い瞳を輝かせてずっと前からみんなで考えていた計画を話だした。


 私達が2年前から考えていた計画、それはあの白い壁の向こうを見に行くこと。

 この目で"海"を見に行こうという計画だった。

 実際に1年前に壁までは行ったことがあった。

 どこまでも高くそびえる白い壁。

 微かに塩の香りがしたことを今でもはっきりと覚えいる。本で読んだ"海"の水は海水といって塩辛いと書いてあった。

 壁にはいくつかの門があり──海門というらしい、これも本で読んだんだけど──定期的に"海"の調査の為に開かれることも調べてある。


「でも……海人に襲われたら……」

 カナタがそう言ってブルっと身体を震わせた。

「そもそもさ、海人なんて本当にいるのか?」

「「えっ?」」

 キョウは私達を見て小声で話し出した。


「だってよ、俺もだけど親父やお袋、爺さんや婆さんも見たことがないんだぜ。出ただの捕まっただのは聞くけど写真すら出回らないっておかしくねーか?」

「それはそうだけど……」

「ミハルやカナタの親父さんやお袋だって見たことないんだろ?」

「う、うん」

 キョウの言ってることはよくわかる、多分それはみんなが疑問に思ってること。

 でもそれを疑問に思うことは禁忌タブーな気がしてた。

 誰もそれをおかしいとは思わないし考えない。

 学校でそう教わったから。

 海人は恐ろしい怪物だと、人を襲って食べる化け物だと。


「俺さ、ずっと前から考えてたんだ。もしかしたらあの壁の向こうは"海"なんかじゃなくて陸地なんじゃないかって、何か理由わけがあってあんなモンを作ったんじゃないかってな」

「キョウ……」

「だからさ、俺はあの向こうを見てみたいんだ。本とかニュースじゃなくて自分の目で確かめてみたい」

 キョウはそう言ってじっと自分の手を見つめていた。


 キョウってこんな顔もするんだ……案外カッコいいとこあるんだ…

「どうしたの?ミハル」

「え?う、ううん、何でもないよ!うん」

 思わずキョウの横顔に見惚れていた私はカナタに声をかけられて上ずった声で返事をした。

 うわぁ〜顔が熱い〜ちょっと待ってよ〜キョウなんかになに〜?


 そんな私をカナタは不思議そうに見ていたけどすぐに何かわかったような顔をしてニヤニヤしながら私の肩に手を置いた。


「うんうん。カッコよかったよね?」

「〜〜っ、そんなんじゃないもん!」

 うしゃしゃしゃっと笑うカナタと赤い顔をした私を今度はキョウが不思議そうに見ていた。


 結局この日はラナがいなかったので計画の話はまた後日ということになり解散となった。




 この日を境に私達4人は"海"を見に行く計画を真剣に考えるようになった。

 そして……


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