episode-4 決意
ソナタが私達に語ったのは、私達の家族のことそしてこれからのこと。
陸に残してきた家族は国防軍の"海の民"の協力者が責任を持ってフォローしてくれるそうだが、正直どこまで信用していいかわからないけど今の私達にはどうすることも出来ない。
私達は現在長期休暇中ということもあり騒ぎにはならないだろう。両親のことは気になるが父も母も案外楽天的なところがあるのできっと大丈夫だろう。
キョウも同じようなもので神妙な顔をしてソナタの話を聞いていた。
それから私達のこと。
今向かっているのは"海の民"の街だということ、海上に浮かぶ巨大な船の上にある街とソナタは言うが全くといっていいほど想像がつかない。
そもそも"海"を見たのだって今日が初めてだったのだから。
今現在、その"海"の中を潜水艦なんてものに乗り進んでいることがまだ夢の中の話のように感じるのだから。
私達はとりあえずはその街に着いてからこれからのことを考えて欲しいと言われた。
そう言われても私の心はもう決まっているのだけど。
◇◇◇
ソナタの話が終わり私達は何も食べていなかったので艦内にある食堂へと案内された。
「潜水艦と言えばカレーだ!カレーと言えば潜水艦だ!」
「意味わかんねーよ、なんでカレーなんだよ」
「まぁ文句言わず食ってみろって」
おばちゃん!カレー4つな!とソナタが厨房の中へ声をかけると、中々に貫禄のあるおばさんがオタマ片手に景気良く返事を返してくる。
「うちの胃袋を管理してくれてるハナさんだ」
私達はハナさんにそれぞれ挨拶をしてテーブルに座る。
しばらくすると食欲を唆る匂いと共にカレーが運ばれてくる。
カレーには何かのフライが乗っていてソナタがやけにそれを勧めるものだから仕方なく一口食べてみた。
「え?何これ?美味しい…」
外はサクッと中はフワッと、お肉とは違う初めて食べる食感に私達はあっという間に食べ終わってしまう。
「おいっ!ソナタ!いったいこいつは何なんだ?ヤバイくらい美味いぞ!」
「うん、初めて食べる味だったね」
「そうね、何だろ?お肉やお野菜じゃない…よね?」
そんな私達を得意げに見たソナタは驚くべきことを口にした。
「そいつはなぁ……」
「そいつは……?」
キョウが身を乗り出してソナタの言葉を待つ。
「そいつは"魚"だ!!」
「……サカナ?」
「サカナ?サカナって言やあ、お前あれか?本とかに載ってる"海"にいるっていう…」
「おう、そうだ!そのサカナだ。お前らが今食ったのは"アジ"ってサカナだ」
「アジ……サカナ……」
学校の教科書や本には"魚"について書かれていて"海"に広く生息していることは皆が知っている事実なのだが実際に見たこともましてや食べたこともなかった。
昔まだ陸地が多くあった頃は街中に流れる川にも"魚"が泳いでいたと本には書いてあった。
今は街中を流れる川も人工的に作られたもので綺麗に舗装され無菌状態が保たれていて生物の気配は全くないのが普通だ。
ソナタは驚く私達に"魚"について、そして"海"について話してくれた。
それは私達の想像外であり、教科書や本の中だけに存在していた世界だった。
実際、今私達はその"海"の中にいるのだけれどそう言われてもまだイマイチ実感が湧かない。
"魚"も陸に住む人達の"海"に関わる仕事をしている人は食べている人もいるらしいがそれはごく少数で世間が知るほどではないそうだ。
現在の"海"は世界のおよそ8割まで広がっているそうで世界から"陸"が消えるのも遠くない未来だとソナタは話した。
そのためにも"海の民"と陸に生きる人間が協力することが大事だと言うが実際には中々そうは簡単にはいかないらしい。
"海の民"にも陸に生きる人間にもそれぞれプライドもあり幾度かの話し合いも平行線のまま終わりそうこうしているうちに"海人"の襲撃が始まったのだそうだ。
「そうは言ってもよ、こいつみたいなのがあれば"海人"なんか敵じゃないんじゃないのか?」
キョウが潜水艦の壁を叩いてソナタをみる。
「初めはそうだったんだがな……さっき襲ってきた連中はその"海人"なんだよ。あいつらもどこかでこいつと同じようなものを手に入れたみたいなんだ」
「どこかって……?」
「さあな、俺たちの知らない陸があるのか、海底から引き揚げたのか。何はともあれ実情はやらなきゃやられるってわけだ」
「それでお前は軍人さまをやってるってわけか?」
キョウが若干の皮肉交じりにソナタにそう言うがカレーを食べながらなのでイマイチ迫力が足りない。
「まぁそういうこったな、たまたまこの
「兄さんはそれで良かったの?今度は本当に死ぬかもしれないんだよ?」
それまで黙って話を聞いていたカナタが泣きそうな声で問う。
ソナタはそんなカナタを撫でながら静かに続きを話始めた。
「俺はなぁ、他の連中みたいに高尚な目的があるわけでもねぇ。正直言って"海の民"と"海人"の戦争なんざどうでもいいんだよ」
「なら……どうして!どうして死んだふりまでして戦ってるのよ!」
「なぁ、カナタ、それにキョウにミハル。お前らさ、この"海"を見てどう思った?いや、何を感じた?」
"海"を見て……何を?
「そりゃあこんなもんが本当にあったんだなって」
「キョウ、それだけか?」
「いや……まぁ……広いなとか?他に何かあるか?」
「カナタとミハルはどうだ?」
カナタは涙を浮かべ頭を横に振る。
「私は……私はもっと知りたいと思った。上手く言えないけど……何かこう……ドキドキした」
「ははは、ミハルらしいな。うん」
「ちょ、ちょっと何よ!それ!何で笑うのよ!」
「ははは、悪い。でもな多分それが正解なんだよ、俺もそうだった。狭い陸地よりも世界はこんなにも広いんだぜ?おまけにこいつがあればどこだって行ける。それこそ世界の果てまでだってな」
「世界の果て……」
「果てなんてもんがあるかはわからねぇ、けどな見てみたいと思わねぇか?俺たちの知らない何かがまだまだわんさか"海"にはあるんだぜ」
ソナタはスプーンにアジのフライを乗せてニヤリと笑う。
「だからな、俺は行けるとこまで行ってやろうって思ったわけだ。まだ見たことねぇ……ワクワクとドキドキを探しにな」
「けっ、カッコつけやがって」
「ははっ別にお前らに強制なんかしねぇよ。時間は腐るほどあるんだ、ゆっくり考えてくれや」
アジのフライをひょいと口に放り込んだソナタは食器をカウンターに置くと私達に食べ終わったらさっきの部屋に来るように言って食堂を出ていった。
残された私達は皆一様に考え込んでいた。
これからどうするのか?"海の民"の街で暮らすのか、陸に戻るのか、それともソナタと一緒に行くのか。
「キョウはどうするつもりなの?」
始めに口を開いたのはカナタだった。
「俺か?俺は……どうだろうな。陸に戻るって気はしないな、かといってソナタに着いていくってのもなぁ」
「じゃあ"海の民"の街に住むの?」
「とりあえず行ってみてからだな。そう言うカナタはどうするんだ?」
「私は……兄さんのそばにいたいけど……」
「こいつに乗るってことか?」
「それは……」
「お前が"海の民"の街に残るって言うなら俺が絶対に守ってやる。絶対にだ」
「キョウ……」
2人の視界には私は入ってないみたい。
キョウとカナタなことはわかってたけど私の空気感が……
そんな2人を見て見ぬ振りをして私はひとり食堂を出てソナタに聞いた通路を歩いていく。
きっとあの2人は陸に戻るか"海の民"の街に住むだろう。
ソナタもカナタを艦に乗せるつもりはないはずだ。
「きゃっ!」
「あっ!ごめんなさい」
考えごとをしながら歩いていた私は通路を曲がったところで誰かにぶつかってしまった。
「ごめんなさい、大丈夫でしたか?」
「う、うん、大丈夫……えっと……誰ですか?」
通路でぶつかったのは車椅子の10才くらいの女の子だった。
「私?私はミハル、シシド ミハル。ソナタに連れてこられて……」
「あ〜っ!マコちゃんと一緒にエコーしてた人だね!お姉ちゃん」
「え?そ、そうだけど……あなたは?」
「あたしはハセ スズナ。魚雷をど〜んってやる人だよ〜よろしくね。お姉ちゃん」
私の手を取りぶんぶんと振って可愛らしい笑顔を見せてくれる。
「こちらこそよろしくお願いします。スズナちゃん」
「そんなに畏まらなくてもいいよ〜」
「そう?かな?じゃあ改めてよろしくね」
「うん!」
私はスズナちゃんの車椅子を押してソナタのいるブリッジに向かう。
道中スズナちゃんは楽しそうに笑っていた。
「でもスズナちゃん、車椅子で魚雷の準備とか大変なんじゃないの?」
「ん〜そうでもないよ、もうひとりいるから」
「あ、そうなんだ。2人でしてるんだね」
「うん。あたしのお姉ちゃん」
こんな小さな子まで戦わないといけないんだろうか?
振り返って屈託無く笑う小さな少女を見て私は無性に悲しくなった。
「お姉ちゃん?どうしたの?どこか痛いの?」
「ううん、どこも痛くないよ。ただスズナちゃんみたいに小さな子までこの艦に乗ってるんだなぁって思って」
「あたしとお姉ちゃんはソナタ兄ちゃんに助けてもらったの、だからソナタ兄ちゃんのためにここにいるの」
「ソナタが?」
「うん」
スズナちゃんは"海人"に襲われたときにソナタのこの艦に助けられたらしい。
それ以来ずっと姉と一緒にこの艦で暮らしていると嬉しそうに話してくれた。
「じゃあその時に怪我をしたの?」
「そうだよ」
スズナちゃんはそう言って車椅子の膝掛けを取った。
「スズナちゃん……」
スズナちゃんは怪我とかそんなものじゃなく膝から下がなかった。
「ちょっと不便だけどもう慣れたから大丈夫なんだよ」
「…………」
これが"海"の現実なのだろうか?
私達が安穏と陸で暮らしている間にこんな小さな子が戦いに巻き込まれて……
「ソナタ兄ちゃんが一緒だから平気だよ」
そう言って笑う小さな少女を私は後ろから抱きしめることしか出来なかった。
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