狂気の海

episode-20 海人


 "海人"の少女アオを救助して3日後、私達は次の目的地であるメルボンに到着した。


 ロドニーより更に南に位置するメルボンは半分くらいを氷に覆われた海上都市だった。

 ソナタが言うには昔あった陸地に停泊した巨大艦がそのまま氷山に飲み込まれそこを開拓した土地だそうだ。


 艦が停泊する辺りは疎らに流氷が浮かんでいるが、街の南側の方は銀色に輝く氷山がどっしりと構えておりその隙間を縫って海路が作られている。


「あの海路の先がフォールキャニオンだ」

「すごいところだね、って寒っ!!」


「ははは、この辺りは昔で言うところの『冬』ってやつに似てるらしいから厚着しとかんと風邪引くぞ」


 冬……確かラナが言っていた"四季"っていうもののひとつだっけ?数百年前にあったっていう。

 春夏秋冬と呼ばれる季節というものがあったらしく、今のように1年を通して殆ど寒暖の差がないわけではなかったらしい。

 暑い、寒いがあったら着る服とかに困りそうで私としては今のままでいいと思う。


「ミハル?」

「ん?あっごめんね、アオ。ぼーっとしちゃってた」


 甲板へ続く入り口から、ひょこっと顔だけ出したアオはそれだけ言って頭を引っ込める。

 たった数日だけどアオは妙に私に懐いていてどこへ行くにでも着いてくるようになった。

 すっかり乾いた髪は薄い青色で腰より少し下くらいまであり、澄んだ瞳は先日訪れた小島の海の青さを思い出させる。

 サンダルフォンの乗組員は"海人"に対して多少なりとも悪感情を持ってはいたものの屈託のないアオに対してそういった目で見ることはなかった。


 記憶障害のせいなのか言葉に若干の不自由はあるもののアオはたった3日でサンダルフォンに溶け込んでいる。

 以前にソナタから聞いた通り甲板から見えるメルボンの街の港には私の見たことのない様な、明らかに人間とは違う人達の姿が見てとれる。

 アオの様に一見して人に見える"海人"から、まるで魚に見える"海人"まで多種多様な"海人"が行き交っている。


 私達の住んでいた街では"海人"は怖くて人を襲い食べてしまう存在だと教えられていた。

 だけど、ここから見る"海人"は決してそんな風には見えず海風に乗って楽しげな笑い声まで流れてくる。

 私は……この日、自分がいかに狭い世界に暮らしていたのかを思い知ることになった。


「ここは、今の世界では珍しくなっちまったが人間と"海人"が共存している街なんだ」

「ソナタのいた街もそうだったんでしょ?」

「ああ、何年か前まではな。何であんな事になっちまったのか……ここは昔と何一つ変わっちゃいねーのにな……」

「…………」

「なぁミハル、昨日まで友達だと思ってたヤツが急に牙を剥くんだぜ?キョウじゃねーけど、何があったらあんな風になるんだろうな」

「……世界中でなのかな?ここが何ともないのは何か特別な理由があるのかな?」

「さぁな、街に入れば何か分かるかもしれねーけど」


 ソナタは何かを思い出したのか悲しそうな顔をして港を行き交う人を見つめていた。



 ◇◇◇



「それじゃあ艦長、私達は門の通行官のところに行ってきます」

「すまんな」

「いいっス、いいっス。艦長はミハルちゃんとディトを楽しんでくださいっス」

「ちょ、ちょっと!マコさん!?」


 手をひらひら振りマコさんはカクさんの腕にしがみついて雑踏の中に消えていく。

 デートなのはマコさんのほうじゃないかと思ったりもしたけど、人の事は言えず私もソナタの手を握った。


「ミハル〜」


 それと当然だけどもう片方の手はしっかりとアオが握っている。

 私のお下がりのブルーのワンピースを着て長い髪は編み込んでポニーテールにしているアオは大きな目をくりくりと忙しなく動かして辺りを見渡している。


「……保護者の気分だな」

「えっと……パパ?」

「おいっ!俺はこんなでっかい子供がいる年じゃねー」

「ソナタ……パパ、ミハル……ママ?」

「アオ〜!」


 私の手を取ったまま、笑いながらぐるぐると追いかけっこをするソナタとアオ。

 まるっきり父親じゃないと思って、いつかこんな風にソナタとの間に子供が出来たら……なんて考えひとり顔を赤くしてしまった私だった。


「ミハル?どうシタノ?」

「ん?ううん、何でもないよ、うん、ははは」


 私を覗きこむアオの手を引いてそしらぬ顔で歩き始める。

 今日の私達はサンダルフォンの部品を買い付けに港から少し離れた海路にある工場へと向かう予定だ。


 ロドニーでも整備はしたけれどフォールキャニオンに入るまでにもう少し補強をしときたいそうだ。

 もちろん無償でとはいかないからそれなりにお金もかかるんだけど……驚いたことにサンダルフォンには大量の金貨が積んである。

 ソナタが言うには艦を貰いうけた時に船底から見つけたらしい。

 金貨だけでなく希少な金属やアンドロイド用のパーツ、保存用の食糧までかなりの数が綺麗に保存されていたそうだ。


 サンダルフォンを前に乗っていた人が置いていたのか、海が広がった際に積み込んだのかは分からないが有り難く使わせてもらっている。


「邪魔するぜ」

「邪魔するなら帰りやがれ!」

「けっ!相変わらずだな?親父さんは」

「あぁ?なんでぇ、ソナタの坊主じゃねぇか。久しぶりじゃねえか、艦でも壊しやがったか?」

「んな訳ねーだろ、補修だ、補修」


 ソナタに連れられて来たのは海路を3つ程隔てた先の大きな建物だった。

 裕に艦が十隻くらい入りそうな大きさで、実際に何隻かの艦が整備をされていた。

 その入り口の脇にある事務所のようなところでソナタは親父さんと呼んだ男性と談笑している。


 グレーの髪に髭面で、この寒さだというのに上半身は裸で……黒い鱗が寒空の陽光に煌めいている。


「なんだ坊主、女連れか?それも"海人"もか」

「あ、こっちはうちのソナーでミハル、でこっちがアオだ」


 ぺこりとお辞儀をする私と後ろにサッと隠れて小さな声で挨拶するアオ。


「んで、何の補修をするんだ?坊主んとこにゃもうラナの嬢ちゃんはいねぇんだろ?」

「……知ってんのか」

「当たり前だろうが?ここはメルボン、フォールキャニオンのお膝元だぞ、アンドロイドの情報は一早く入ってきやがるからな」

「第七衛星か?ならロドニーの件も聞いてるよな?」

「ああ、西側とやり合ったってやつだな。アルのガキが調子こいてラクシュミをぶっ放したんだってな」


 ソナタは坊主でアルさんはガキなんだ……私はそれを聞いてくすりと笑ってしまう。

 その後もソナタと親父さんの話は続き、明日にでもサンダルフォンをここに回すことになった。


「そういや坊主、ちと頼みがあんだ」

「へぇ、親父さんが俺に頼みなんか雨でも降らなきゃいいが」

「うっせぇ!口ばっかりデカくなりやがって」


 去り際に親父さんがそう言ってソナタに何かを話していたが私はアオに手を引かれ海路を見に行ったので詳しくは聞けなかった。



「相変わらず偉そうなおっさんだ、全く」

「ふふっ、嫌いじゃないんでしょ?」

「ソナタ、楽しソウ」

「はっ!?別にそんなんじゃねーよ」


 照れ隠しをするときのソナタは鼻の頭を触るクセがある。

 ふふっ、ほら触ってる。


「それでソナタ、何を頼まれたの?」

「んん?ああ、それがだな……」

「そなた!!!」


 ソナタが口を開きかけた時、ドシンドシンと巨大な何かが走ってきた。

 真っ白な柔らかそうな毛に覆われ丸くて大きな目に頭の上には黄色い羽飾りがついている。

 そんな巨大な──動物が走ってきたのだった。




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