episode-17 兵器



「しっかし、また馬鹿げたことを思いついたもんだな」

 艦長席から見るモニターには辺り一面を真っ赤に染め上げる炎が映し出されている。

 何とも、けったくその悪い眺めだ。


「やりすぎとの批判が本国から上がりそうですな」

 かたわらのクレイマンは顔をしかめてその画面を見ている。


「ふん、ロッグ将軍閣下さんのことだ、上手く責任転嫁でもするだろうよ」


「おや?艦長は閣下のことがお嫌いで?」


「ははっ!アレが好きなヤツなんているのか?そういうお前はアレが好きなのか?」


「ふふっ……私も大嫌いですよ」


「くくくっ、お前も言うようになったな?えらい変わり様だ」


「誰かの影響ですかね……私も自分がこんな人間だとは思っていませんでした」


 苦笑いを浮かべ俺の隣で再度モニターに目をやるクレイマン。

 最初会った頃は優秀だが堅物な男といった印象しかなく俺にとってはどうでもいいような有象無象でしかなかった。

 つまり、つまんねぇヤツだったわけだ。それがどうだ?あのラナの一件以降何かを吹っ切ったかのような変わりようだ。


 クレイマン曰く「ワクワクした」そうだ。

 俺には何がこいつをワクワクさせたのかは皆目見当がつかないが、まぁそういうことなのだろう。


「これからどうなさるので?」


「北へ……と言いたいところだが、ちょっと野暮用があってな。ニフォルニアに向かう」


「ニフォルニア……ですか?」


「ああ、俺は元々こっちの人間じゃねぇ。知っとかなきゃならんことや調べたいことが山ほどあるからな」


「ニフォルニアの大図書館ですね」


「俺がこうしてコイツを扱えてるのもラグのおかげってのが気にくわねぇ。俺はもっと知らなきゃならねぇ、この世界についても"海"についてもだ」


「…………」


「でないと……俺はあいつに勝てねぇ」


「……サンダルフォンの艦長……サハラ ソナタですか」


「ああ」

 一刻も早くカナタをどうにかしてやりたいのは当然だが、俺にはまだまだ足りないものが多すぎる。

 幸いこの艦の設備があればカナタの命には別状はない。

 それにラグが言うには次北への航路が開くのは早くても1年後だそうだ。

 なら、俺はこの1年であいつを超えてみせる。


「……私は艦長についていきますよ。あ!いやとか言わないで下さいね?こう見えて私ナイーブですから」


「ふん!好きにしろ!物好きが!」


「ええ、好きにしますとも」



 ◇◇◇



「こいつは……またひでぇことになってやがるな」


「艦長!救難信号っス」


「こっちも余裕はねえ。ロドニーに流してやれ」


「はい……っス」


 回頭し前線へと戻った私達の見たものは真っ赤に燃える海だった。

 ロドニーの艦隊も西側の艦隊もわからないくらいに燃え盛る炎に包まれていた。


「ひどい……何これ?何なの……」


「僅かな間に何があったってんだ?」


「海面に浮遊性の油を流したようです……」


「な!何っ!?西側か?ロドニーか?」


「どうやら西側の模様です。無人艦を突撃させて砲撃を加えたと推測されます……」


 海面はいまや炎の海と化していた。燃え盛り崩れ落ちる艦に追い打ちをかける様な砲撃。

 沈みゆく艦から炎の海へと飛び降りる人達……そこにはロドニーも西側も関係なく全てを平等に死が手招いている。

 お互いがこの炎の海域を挟んで睨み合い砲撃を撃ち合う。


「……西側ってのは……ここまでやる連中なのか……」


「艦長……ロドニーから通信です。『5分後に』とだけ伝えてくれと」


「そうか……カク!サンダルフォン回頭!戦域を離脱する!」


「え?ソナタ!みんなは?ロドニーの艦隊は……」


「……俺はロドニーの人間じゃない。俺はこのサンダルフォンの艦長だ……優先すべきは……ロドニーじゃない」


 艦長席で帽子を深くかぶり直しソナタはそう言って顔を上げた。


「急げ!あと5分でこの一帯は消滅する!潜れるだけ潜れ!急速潜航!」


「了解!」


「艦長!海面上に巨大な艦影!カマエル級っス!他艦影多数!」


「ははは、馬鹿が!調子に乗って出て来やがったのか?カク!気にするな!兎に角戦域を離脱するぞ!」



 私はこの後に起こった光景を一生忘れないだろう。

 沢山の命が消えていくその瞬間を、私は美しいと感じた。

 それは空から降り注ぐ一筋の光。


 雲の隙間をついて一直線に海面へと突き立った光の槍のようなそれは次の瞬間、空へと帰る幾筋もの光の柱になった。


『ラクシュミ』と名付けられた古からロドニーに受け継がれてきた衛星軌道に浮かぶとされる兵器。


 赤に染まる炎の海を光の草原に変えてしまうような圧倒的な力。


 光が消えた後に残ったものは、何ごともなかったかのように静かな凪の海だった。



 ◇◇◇



「提督……前線の艦隊はほぼ壊滅状態です……」


「そうですか……」


「提督……」


 ロドニー中心部に位置する建物の中でアルはスクリーンに映し出された惨状を見つめていた。

 先程サンダルフォンが見たのと同じ状況だ。


「全艦に通達を出せ……戦域より撤退……5分後に『ラクシュミ』を撃つ」


「て、提督っ!!まだ友軍がいます!!見殺しにするのですかっ!!」

「5分では無理です!!撤退完了まであと少しの時間を!!」

 周囲の軍人達からの非難を一瞥しアルは続けて言い放つ。


「では諸君らはこのロドニーを戦地にせよと言うのか?この街にあの連中を招き入れろと?そう言うのかね?」


「そ、そんなことは言っていない!私は友軍を見殺しにするのかと!」


「同じことだ。事は一刻を争う、西側はこのままカマエルを前線に出してくるだろう。諸君らはあのデカブツと正面からやり合うのかね?」


「そ、それは……」


「見たまえ、あの有様を。この街をあの様にするなど……私は絶対に許さん……絶対にだ。何を捨てようとも誰から何を言われようともだ」


「提督……」


「急げ!全艦に通達。戦域より撤退せよ……動けぬ者は……見捨てろと」


「……はい」


「責任は私がとる。急ぐんだ!」


 スクリーンに映る遥か向こうに巨大な艦影が映る。

 ロドニー艦隊が撤退を始めたのを見てこの街を奪取すべく前線へと現れた巨大戦艦カマエル。


「提督!『ラクシュミ』発射可能まであと3分!エネルギーチャージ75%!衛星軌道上問題なし!」


「照準座標固定!シールド展開します!照射線上障害物なし!」


「『ラクシュミ』反射パネル展開します!エネルギーチャージ86%!」


「衛星軌道固定完了!エネルギーチャージ97%!」


「『ラクシュミ』発射可能です!!!」


「……皆すまん……『ラクシュミ』発射!」




 この戦いによりロドニーは実にその戦力の6割を失うことになった。しかし西側もカマエル級を失いロドニー奪取を目論んだ艦隊は壊滅といっていい被害を受けた。

 痛み分け、そう言ってもよいかもしれないが、これはまた新たな戦局の始まりに過ぎなかった。

 ロドニーにある衛星兵器『ラクシュミ』、カマエル級をも一発で消し去るほどの威力を持つ兵器を西側が黙って見過ごすことなどあり得ないのだから。


 しばらくはお互いに戦力の復旧に時間がかかるだろうが、新たな火種は確かに燻り始めていた。

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