episode-16 戦端



 ロドニーでの滞在は非常に楽しかった。

 まるであの頃に戻ったようで私はソナタとあちこちに出かけた。

 当然サンダルフォンの補給やニシキさんにアルさんとの話し合いなどもあったが、それでも皆久しぶりの陸を満喫していた。


 懸念していた西側の襲撃もなく哨戒に出ている艦が襲われることもあれ以来なかった。

 数回"海人"と思われる艦に遭遇したが、それほど大きな戦いにはなっていなかったみたいだ。



 ◇◇◇



「本当にいいの?」


「はい、是非ともお願い致します」


「う〜ん、ソナタに聞いてみてからになると思うけど……」


 私は充てがわれた部屋でセナと話をしていた。

 あれ以降、セナはちょくちょく私の元を訪ねてくるようになっていた。

 ラナのように感情のあるセナと私は波長が合ったのだろうか、打ち解けるのにそれほどの時間はかからなかった。


 そしてこの日セナは私にこう言った。

「自分をサンダルフォンに乗せてほしい」と。

 私としては歓迎なんだけどセナはシェミハザの乗組員だし勝手な返事をすることは出来ない。

 ニシキさんが何と言うかも聞いてみないと分からないし。

 私がセナにそう言うと、シェミハザは修理中だしここでは彼女たちアンドロイドに自由に艦を選択することが認められているらしくセナがサンダルフォンに乗ることに問題はないそうだ。


 後日ソナタに話すということでこの日は別れたのだけど……



 ウウゥーーー!!!

 けたたましいサイレンの音が聞こえ私は驚きベッドから飛び起きた。


「な、何?何かあったの!?」

 急いで服を着て部屋を飛び出すと慌ただしく走る人達が目に入る。


「と、どうしたんです?何かあったんですか?」


「敵襲らしい!あんたも急いだ方がいいぜ!」


「敵襲?」


 バタバタとかけていく人混みをぬって港へと急ぐとそこではソナタ達が出港の準備をしていた。


「ソナタ!」


「ミハル!よしっ!後はマコとカクだけだな!」


「敵襲って?何があったの?」


「どうやら西側の連中が本格的に仕掛けてきたみたいだ。今ニシキやアルさんが軍議を開いている」


「西側!?」


「奴らやっぱりカマエル級の艦を動かしてやがった!今は防衛ラインでやりやってるがこちらも総力戦でやらないとやられる!」


「艦長〜!遅れて申し訳ないっス」


「マコ!カク!これで揃ったな!全員サンダルフォンに乗り込め!」


 ソナタの号令のもと私達がサンダルフォンに乗り込んでいると……

「私も乗せて下さい!」


「セナ!」


「セナ?あんたはシェミハザの乗組員だろ?いいのか?」


「はい!ニシキ艦長の許可は頂いています!」


「……わかった。急げっ!」


「はいっ!」



 ◇◇◇



「セナ、どうだ?状況は?」


「はい、敵艦……おそらくカマエル級一隻、戦艦に駆逐艦……多数。海面下の潜水艦はジャマーを出しているようで数不明ですが、かなりの数かと思われます」


 ロドニーを出た私達は防衛ラインの後ろで戦況を見つめていた。

 モニターで見る限りでは戦力は五分五分といったところだけど、あちらにはカマエル級が控えている。

 もしアレが十分に戦える艦だとしたら圧倒的にこちらが不利だ。


「あのデカブツが厄介だな……」


「はい、如何程の戦力を保持しているかは不明ですが……」


 モニターに映るのは正に巨大な鉄の塊と言っていいような艦だ。

 アズライルとは違い上に街があったり森があるわけでもなく、単純に戦艦を何十倍にも大きくしたような威容を誇っている。


「ロドニーより通信来ました。映像来ます」


「聞こえるか!我がロドニーの勇敢なる諸君!今我々は不当にも西側からの侵略を受けている……」


 後方の戦艦からだろう、軍服を着用したアルさんがロドニーの艦隊に向け演説を行う。


「かぁーっ、流石はロドニーのトップだな!中々どうして様になってるぜ!」

 アルさんの演説を聞いたソナタが艦長席で仰け反りながらも楽しそうに笑う。


「こんな時でも余裕っスね?艦長は」


「当然だ!なんせ……アルの旦那、本気で『アレ』を使うつもりみたいだからな」


「アレを使う?」


「ああ、まぁ見てのお楽しみだな。これで少なくともロドニーの負けはねーな」


 ソナタが言う意味がわからないが、アルさんの演説が終わりロドニーの艦隊が前線へと移動を開始し始める。


「さぁて、こっちはこっちでいっちょやってやるか!いけるな?セナ!」


「問題ありません……同調は完璧です……」


「よし!本艦はこれより西側の連中と交戦に入る!気合い入れていくぞ!」


「「「「はいっ!」」」」



 ◇◇◇



西側とロドニーの艦隊が衝突して既に半日が経過していた。


「これが……戦艦同士の戦い……戦争」


 モニターに映る海上の様子を見て私は言葉が出てこなかった。

 水中での戦いは相手が見えないしソナーに映る点だけで判断する戦いだけど……これは違う。


 激しく飛び交う砲弾に炎上する艦、燃え盛り沈んでいく艦から飛び降りる人達に……吐き気が込み上げてくる。

 まるで人が紙クズか何かのように燃え、海に落ちていく。


「ミハル、これが現実だ。人の命なんざこんなもんだ。やらなきゃやられる、それだけだ」


「うん……」


「艦長!魚雷発射音!12時の方向!距離10000!数6っス!」


デコイ発射!右舷側から周りこむ!……まぁ、慣れろとは言わん、言わんが……目を背けることはするな」


「うん……」


「右舷側に味方艦多数!どうするっスか?合流するっスか?」


「いや、所詮俺達は外様だ。前線で目立っても仕方ねー!カク!そのまま回り込めるか?」


「問題ない」


「よしっ!レーダーに映らんギリギリを回り込め!スズナ!スズシロ!準備しとけよ!」


「はぁ〜い」「わかった……」


 スズナちゃんとスズシロさんの返事をどこか頭の片隅で聞いている感覚を覚える。


 そう、頭ではわかっている……これは戦争だ。ソナタが言っていたみたいにやらなきゃやられる。

 わかってる……わかってる……大丈夫……私は大丈夫だ。ねぇ……私。


『ええ、何も問題ないわ。だってほら、考えてもごらんなさい。確かに多くの人が死ぬわ、でもね、その中にあなたの大切な人はいる?いないでしょう?ね?大丈夫でしょう?』


 そう、その通りだ。大切な人はここにいる。大丈夫……何も……気にする必要なんて……ない!


「ソナタ!18時の方角に僅かながら反応があるわ」

 どんな小さな事も見逃さない。そう、大切な人のため。もう失くすのはイヤ!

「何?マコ!」


「こっちはわからないっス」


「……回頭する!18時の方角か……もしかすると敵の伏兵かもしれん!」


「了解!回頭します!」


「ミハル、大丈夫か?」


「うん、全然大丈夫。大丈夫……この艦には絶対に誰も近づけさせないから」


「あ、ああ……」


「18時の方角……艦影は……4つ……知らない機関音……」

 何故だろう?神経が研ぎ澄まされていくのが分かる。

 ……まるで、海の中を泳いでいるような……

「ミハルさん……すごいっス……」


「魚雷発射1番から8番!続いて9番から12番!一気に叩きこめ!」


「魚雷発射〜〜」


「発射後即装填!敵艦の回避予測地点に向けて打ち込むぞ!」


「ソナタ……機関音からして三隻は9時の方角……後一隻は……回避出来ない……」

 変な感覚……あんなに遠く離れているのに、まるで手に取るように分かる……ふふふっ。

 慌てて舵を切るのね?そう、そうよ、ほら、そっちに切りなさい。


「ミハル……お前……」


「大丈夫。私を信じて……」


「……わかった……9時の方角!1番から8番!撃て!」



 ◇◇◇



「か、艦長!前方より艦影!猛スピードで迫ってきます!」


「な、なにぃっ!こっちの位置がバレたのか!」


「魚雷発射音!数8!いや!14!距離8000!」


「ちいっ!どうなってやがる!全艦回避!3時の方角!デコイ発射!急ぎやがれ!」

 くそったれがぁ!どうなってやがる!


デコイ接触します!……敵魚雷抜けて来ます!誘導弾です!」


「な、何っ!!こっちの機関音まで把握してるってのか!」


「4番艦間に合いません!!」


「く、くそがぁぁぁ!デコイ発射後戦線を離脱だ!いそ「艦長!魚雷です!距離……2000……間に合いません!」」


「な、な、バカな……」


 こ、こんなこと……あるわけねぇ!ははっ……あるわけねぇだろうよ……



 ◇◇◇



「……魚雷命中したっス……敵艦沈降していくっス」


「ミハル……お前いったい何があったんだ?どうして……わかったんだ?」


「……私にもわからない……わからないけど全部視えたし聞こえたの。すぐそこにあるみたいに」


 ブリッジに奇妙な沈黙が流れるとそれを破ったのは意外にもセナだった。


「ミハルさんのそれはおそらく……深層集中トランシックだと思われます」


「深層集中?」


「はい、極度の緊張と集中により普段では考えられない集中力を発揮する状態です。ミハルさんは何らかの要因により深層集中に入ったのではないかと」


「ミハルさん!すごいっス!」


「え?あ、ありがと?」


「そんなのがあるのか……いや、ミハル、助かった。大したもんだ!」


「そんな……大袈裟だよ?ホント偶々だって!そ、それよりほら!前線に戻らないと!ね!」


 ソナタやマコさん達に褒められ私は慌ててソナーに向き直って額の汗を拭う。


『ね?大丈夫だったでしょう?』

「うん、ありがと」


 そう誰にも聞こえないくらい小さな呟きを発した私は自分が歪な笑みを浮かべていることに気づくことはなかった。

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