episode-14 救助


「それでは私はここで」


「ああ、長いこと世話になったな」


「いえ、それが私の役割ですから」


 ソナタや私、マコさん達はラキと固い握手を交わしてアズライルの制御室を出る。

 流石にこの小さな島くらいあるアズライルを南まで動かすには労力がかかり過ぎるので今私達がいる赤道と呼ばれる付近で一旦別れることにしたのだ。


 フォールキャニオンからの帰り道にまた再会することを約束して私達はサンダルフォンへと乗り込む。


「アームロック解除します。ハッチ開けます……」


「了解、サンダルフォン発進する」


「注水完了……皆さん、良き旅を……」


「ラキも元気でな」


 こうして半年近くにも及んだラキとアズライルでの生活は一旦終了した。


 サンダルフォンが潜水を開始するとソナーからアズライルの反応が消える。ラキが霧の結界を作動させたのだろう。


「なぁに、しばらくの別れだ。また会えるさ」


「うん、そうだね」


 水深を下げ海底深くへと潜っていくサンダルフォンから私は心の中でラキに別れを告げる。


 ありがとう、ラキ。また会えるよね?



 ◇◇◇



「艦長、針路南南東へとります」


「ああ、途中に2、3街があるだろうから時間があれば寄ってもいいかもな」


「え?街があるの?」


「ここからだと、そうだな……1週間も行けばロドニーの街に着くな」

 水上都市ロドニー。

 その昔南方で栄えた場所に築かれた"海"に浮かぶ巨大な都市だそうだ。

 太古の叡智のカケラを集め、生き残った人々が作り上げたその街は今も尚、南の海上にあり人々の営みがなされているという。


 私達が生まれ育ったような閉鎖的な街ではなく世界中から人が集まるような場所。

 だが、その街も例外ではなく"海人"の襲撃に晒されており防衛線が張られているそうだ。

 又、私達の目指すフォールキャニオンとも馴染みが深いこともあり多くの船乗り達が中継地として利用している。

 そう聞くと如何に自分達が暮らしていた街が閉鎖的だったかがよく分かる。もし、あの時"海"に出ることを決意していなかったら私は今頃何も知らずにあの狭い檻の中で暮らしていたのだろう。


 世界はこんなにも広くて綺麗なんだ……


「さてと、そうと決まればさっさと行くか!」


「そうっスね、久しぶりに行って……ん?あれ?艦長!」


「どうした!敵か!」


「んん?これは……救難信号っス!識別は"海の民"のものっスね。位置は……ちょっと遠すぎて分からないっス」


 こんな海の真ん中で救難信号?いったいどうしたんだろう?


「カク!信号発信地域まで前進!マコ!距離を測れ!ミハルはソナーに集中してくれ!聞き逃すなよ!魚雷室!一応念のためだ、いつでも撃てるようにしといてくれ」


「「「了解」」」


「信号はどうやら海上からみたいだよ」


「艦長、多分このへんっス。距離12000ほどっス」


「ミハル、信号を拾えるか?」


「多分……あっ!これかな?」


 ザザザッザザザッと雑音がひどいが辛うじて声が聞こえる。

『……る……か……くれ……』

「ソナタ、もっと浮上しないと聴き取れないよ」


「仕方ない、サンダルフォン、浮上する!」

 海面上に浮上して辺りを遠望鏡で見渡すが、今のところそれらしいものは見当たらない。


「微速前進、警戒は怠るなよ!」


「微速前進」


 海面上をゆっくりとした速度で進んでいくと、彼方に煙のようなものが見えた。


「艦長!見つけたっス」


『誰か聞こえるか?こちらロドニー所属艦シェムハザ……誰か聞こえるか?』


「ロドニー所属艦が何でまたこんなところに?ってまあそれは後だな、マコ通信開け、救助に向かうぞ」


「了解っス」


「こちら"海の民"コーラル所属、サンダルフォン。聞こえるか?シェムハザ?聞こえるか?」


「……こちらシェムハザ!助かった!サンダルフォン!救援を頼めるか?」


「こちらサンダルフォン。もちろんだ、今そっちに向かっている……がいったいどうしたんだ?こんな場所でロドニー所属艦が」


「いや……それがだな……あ、すまない!俺はシェムハザ艦長のニシキという。その話はまた後で構わないか?艦がそろそろ限界でな、浸水が酷いんだ!」


「わかった。あと少し持たせてくれ!」


「助かる」


 こうして私達は海の真ん中で私はロドニー所属艦シェムハザを救助することになり彼等をサンダルフォンに迎えることとなった。

 接舷したシェムハザは至る所に魚雷痕があり戦闘の爪痕が痛々しいほど、くっきりと残っていた。

 ブリッジに上がってきていたスズシロさんがあれだけの攻撃を受けて沈んでいないのは奇跡に近いと言って驚いている。

 きっと乗組員の腕がいいのよ、と嬉しそうに話してくれたのが印象的だった。




「助かった!改めて礼を言う。俺はニシキ、このシェムハザの艦長でロドニー造船所の管理官をしている。この度の貴艦の援助に感謝する」


「困ったときはお互いさまだ、気にしないでくれ」


 サンダルフォンの甲板でそう言って握手をするソナタとニシキ艦長さん。

 ソナタと然程変わらない歳の黒髪、黒目の男性でガッチリとした体格で人懐っこい笑顔が可愛い。

 他にも10人くらいの乗組員の人達が口々に私達に感謝の言葉を述べてくれる。


「ロドニーの管理官か?密輸でもあったのか?」


「ん?ああ、いや違うんだ。ここから……あ〜まぁこの話はちょっと……後にしないか?ソナタ艦長」


「そう……か?そうだな、まずは艦内に入るほうが先だな」

 私がいる場所からはソナタとニシキさんの会話は聞き取れなかったけど旧知の仲のような雰囲気にホッとする。

 艦を預かる者同士だし話も合うんだろう。


「ありがとうございました」

 最後にそう頭を下げたのは、ラナやラキに似た女性だった。

「あ……」


「どうかされましたか?」


「あ、いえ、知り合いに似ていたもので……」


 私を真っ直ぐに見つめてくる青い瞳にラナによく似た薄い青髪、もしかしてこの人もそうなんだろうか?


「知り合いに……ですか?でしたら同型統かも知れませんね。私はセナ、『SE-NA型』形式番号2003。お知り合いはNA型かしら?」


「は、はい、ラナって言います!」


「ラナ……LA型のですか……私達の憧れのLA型……」

 ラナの名前を聞いて明らかに顔色を変えたセナさん。

 顔色を変えた……?ラキはラナ以外に感情を表現するアンドロイドはいないって言っていたけど……


「おーい、セナ!何やってんだ!中に入るぞ!」


「ミハル!戻るぞ!」


 それぞれの艦長に呼ばれ私とセナさんは顔を見合わせて笑ってしまう。

 それはとても普通で……


「「はい!」」


 何となく通ずるものがあったのか私達はそう返事をしておかしくなり、クスクスと笑いながら甲板を後にした。



 ◇◇◇



「じゃあセナはラナより後に造られたってこと?」


「ええ、私達SE型はLA型の研究データを元に更なる進化と成長を期待されて造られました。LA型のように人に近づくことを、人を理解しより人に近づけるようにと」


「そうなんだ……ちょっとびっくりしちゃったよ」


「ふふっ、それでも私達SE型や他のLA型の目指すところはタイプ『LA-NA型』。唯一人を理解し人であろうとしたアンドロイド、ラナです」


 私はセナと二人、食堂で話をしていた。

 シェムハザは浸水が酷く現在はサンダルフォンに牽引されるかたちで海を漂っている。

 もし今"海人"に襲われたらと思ったが、その場所はシェムハザを囮にしてくれていいとニシキさんは少し辛そうに話してくれた。


「ところでラナはどうされているのでしょうか?お知り合いなら知っておられるのでは?」


「それは……」


 一瞬言い淀んだが私はラナの身に起こった出来事をセナに話した。

 私が話している最中も、目まぐるしく変わる表情は何ら人と変わりはなく最後まで聞き終えた時には下唇を噛んで沈痛な顔を隠そうともしなかった。


「確認した訳ではないのですね……?」


「うん、だから絶対とは言い切れないよ……」


「でしたら死んでなどいないはずです!私達の憧れであり頂きでもある彼女がそれくらいで死ぬはずありません!絶対に!」


「セナ……」


「有り得ません!私は認めない!そんなこと!絶対に……」


「セナ、落ち着いて!ね?」


「……すみません……つい……」


 感情を昂らせその端整な顔を歪ませるセナは、コップの水を一口飲み息を整えて大きく深呼吸をする。


「私達もそうあってほしいと思ってるよ……」


「はい……」


 あの悪夢の様な出来事は私の心の中に痼りとなって残っている。

 ふとした瞬間にあのキョウの笑い声が聞こえる気がして……その度に心の奥底にある何かが、モゾリと蠢くのを感じる。

 この痼りを糧としてその何かが次第に、ゆっくりと成長しいずれ這い出してきそうな……


『いつでも変わってあげるから……』


 耳の奥の方で誰かがそう囁いた様な気がした。


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