episode-13 南下



 蒼く澄んだ果てしなく続く"海"と、どこまでも真っ青な空の境目にサンダルフォンは浮かんでいた。

 久しぶりに仰ぎ見る空と暖かな日差し、私達は何週間かぶりの外を満喫していた。

 はっきり言って潜水艦というのは女性に優しくない。

 狭いし暑いし臭いだって酷いものだ。プライバシーなんてあってないようなものだし、何よりお風呂に入れないのがキツイ。

 潜航中の潜水艦にとっては水は貴重で、海水を蒸留して真水を作ってはいるが優先的には飲み水と食事にあてがわれる。

 本で読んだ昔の潜水艦とは比べ物にならないくらいだが、それでも女性に優しくはない。


「いやぁ〜やっぱお日様の下は気持ちがいいっスね〜」


「うん!ずっと暗い海の底じゃお肌がカピカピになっちゃうしね〜」


「女の子にはツライっスよね」


 サンダルフォンの甲板で私とマコさんは水着に着替えて日光浴をしている。

 こうしてみるとマコさんて、スタイルが凄くいいのが良くわかる。

 赤い髪に少し浅黒い肌が健康的で可愛い顔と出るとこは出て引っ込むとこは引っ込んでいるアンバランスさが何とも……

 どちらかといえば小柄なのに、それがまたマコさんの可愛さを引き立たせている。

 むうぅ〜これが人妻の魅力なのか……

 はぁ……それにひきかえ私は……


 くっ!


 うん、まだこれからだよね?

 そう!まだまだこれからだよ!


「ん?どうかしたっスか?」


「え?ううん、何でもないの!うん!ははは……はぁ」

 ジッとマコさんを見ていたのでマコさんが不思議そうな顔をして首を傾げている。


 ちくしょー!青い空なんて大嫌いだぁー!



 ◇◇◇



「さて、これからの針路について説明しておく」

 翌日、ソナタはサンダルフォンの乗員全員を集めてこれからのことについて話した。


 普段はあまりブリッジには来ない機関士長さんや機関士さん達に整備の方々、食堂のおばちゃんにスズナちゃん姉妹も集まっている。


「ラナのことは皆聞いている通りだ。残念だが俺達は前を向いて進んでいくしかない」

 そう言ってソナタは皆に黙祷を頼む。

 それぞれ思い思いにラナへ祈りを捧げる。


「俺達は一旦"海の民"の街、コーラルへと戻る予定だがラナを失ったことでこのサンダルフォンの戦力は大幅に低下している。アズライル内部に停泊する手もあるが何らかの事態を想定するとそうも言っていれない」


「まぁそりゃそうだわな、ラナの嬢ちゃんがいないんじゃ制御系統はちとしんどいわな」

 整備士長のイシイさんが髭を撫でつけながら呟く。

 イシイさんは60歳くらいの白髪のおじさん、如何にも海の男って感じの盛り上がった筋肉が一際目立つ大柄な男性だ。

「ああ、そこでだ。本艦はこれより南下して南の陸地フォールキャニオンへと向かう」


「フォールキャニオンですか?何をしに……あっもしかして?」


「そうだ、フォールキャニオンには未だ目を覚ましていないアンドロイドが眠っている。出来れば一人この艦に招き入れたいと思っている」

 周りのみんなは、なるほどといった感じで頷いているが私にはさっぱり何のことかわからない。


「あの……フォールキャニオンって?」


「ん?ああ、そうかミハルは知らないよな。フォールキャニオンってのはな……」


 フォールキャニオン。

 遥か南に位置する、昔オーストリアと呼ばれていた大陸の更に南にある残された大地。


 いつかソナタが言っていたラナや他のアンドロイド達が発見された土地でそこには未だ目を覚ましていないアンドロイドが多数眠っている。

 そもそもアズライルの為に造られた『LA型』であるラナが何故遥か南のフォールキャニオンで眠りについていたのかはわからないが、他の型式番号のアンドロイド達も多くがそこで発見され永い眠りから目覚め"海の民"の艦に乗ったらしい。

 現在は"海の民"が小さいながらも街を築き訪れる者のためにアンドロイドの斡旋をして生計を立てている。


 場所が場所だけに訪れる者も決して多くはなく、周囲を氷河に覆われたそこは人が住むには適しているとは言い難いが"海の民"は眠る彼等をそのままにはしておけず結果、街が出来たのだそうだ。


 氷河の隙間、まるで渓谷にあるかのように見えることからフォールキャニオンと名付けられている。


「へぇぇ〜また凄いところにあるんだね」


「ああ、街中はそうでもないが外は極寒の地だからな。まぁそのおかげでゆっくりと寝過ごしてるんだろうがな」


 氷河に閉ざされた研究施設の中で彼等はいずれ来る目覚めの時を待っているのだろうか。


「そういう訳でこれより本艦はフォールキャニオンを目指す。何か質問は?……無ければ解散だ。明朝8時にサンダルフォンに集合な」


 ソナタの話を聞き終えて皆それぞれサンダルフォンにもどりアズライルの上の街を見に行ったりして時間を過ごす。

 そんな中、私はひとりラキのいる制御室を訪れることにした。


 薄明かりの中を私が歩くコツコツという足音だけが響いていく。


「ラキ?入るよ?」


「どうぞ、ミハルさん」


 制御室は相変わらず足の踏み場もない程の配線や機械に覆われていて、その中半ば埋もれるようにしてラキが座っている。


「南に向かうことになったそうですね」


「うん、フォールキャニオンってとこに行くらしいよ」


「ラナの……彼女の生まれ故郷ですね。ソナタさんにも何か思うところがあるのでしょう」


「やっぱりラキもそう思うんだ」


「ええ、可能性は薄いですがラナや私達『LA型』のバックアップへのアクセス方法があるかもしれませんのでそれが目的のひとつであると考えています」


「バックアップのアクセス方法?」


「はい、私達はいくら人に似せようとも所詮は人の手によって造りだされたモノです。不慮の事故の為にバックアップは常に自動的に記録されるようになっています」


 ソナタがサンダルフォンに新しいアンドロイドを迎えたいと言った時、私はちょっと驚いた。

 ラナがいなくなりまだそれ程時は経っていないのに、そう簡単に割り切れたりするものだろうかと。

 ましてやラナはソナタが産まれた時から共に過ごしてきた仲間でもある。だから私は思ったんだ、ラナが発見された場所に向かうなら、それは何か意図があるのではないかと。

「もし……バックアップがあったらどうなるの?」

 至極単純でラキの答えも大凡わかってはいるが敢えて私は聞いてみた。


「当然他のアンドロイドへダウンロードすることになるでしょう」


「それって記憶?記録?はどうなの?」


「問題ないと推測されます。私達の記録は……あそこにありますので」

 そう言ってラキは軋んだ音を立てながらコードに覆われていない手を空へと上げた。

「空?」


「はい、この空より遥か高いところに私達の記録を保管する衛星が打ち上げられています。私達の記録は自動で一定の周期でそこに蓄えられるようになっています」


「エイセイ……」

 確か本で読んだことがある。

 昔の人がこの世界の更に上の空に打ち上げた機械だと、テレビや電話に通信機器はそのエイセイがあるおかげで使えると書いてあった。

 それがどのようなモノなのかは知らないが、何百年も経った今でも空の上で動き続けているなんて、どれ程の技術だったんだろうか。

「どれだけの周期で記録されているのかはわかりませが、少なくとも造られた当初ということはないと思います」


「でも姿は変わっちゃうんだよね?」


「私達にとってそれは然程重要なことではありませんので……」


「そうなんだ?」


「人が言う容姿を気にするといった概念は私達にはありませんので」


 ラキは自分が単なる機械であることを十分すぎるほどわかっているのだろう。

 その後はフォールキャニオンについて話したり停泊している艦について聞いたりして制御室を出た。


 泣いたり喜んだりといった喜怒哀楽はラキには備わっていない。

 彼女にあるのはこのアズライルと最期の希望への航路を示す使命だけ、後は時と共に朽ちていくのみ。

 それは悲しいと同時に彼女にとっては幸せなのかもしれない。

 現在の状況では、サナトスへの航路は嵐の中にありしばらくは航海出来る状態ではないとラキは言う。

 流石のアズライルでもそこに突っ込めばバラバラになる可能性の方が高く今は嵐が去るのを待つほうがいいと。

 そんな理由もありソナタは南へと赴くことにしたんだろう。


「私はただ航路へと導くだけです」


 そう言うラキを見つめ、もしラナだったらどんな答えを導き出すのか少しだけ、今更ながらに思ってしまった。


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