戻らざるもの

episode-12 理由



「艦長、敵艦反応有りません」

「そうか……俺の思い過ごしだったか?それならまぁいい、全艦回頭!帰港する!」

「全艦回頭!」


 沈んだならそれでいい。もし、しぶとく生き残っていやがったら……その時はきっちりトドメを刺してやる。


「艦長、楽しそうですね?」

「ははは、当たり前だろうが!今までの鬱憤を多少なりとも晴らせたんだからな」

 くくくっ、見てろよソナタ!お前は俺が絶対にこの海に沈めてやるからな!


「自動航行に切り替えておけ!ラグ!後は任せる。他は休めるうちに休んでおけ!」

 俺は艦長席から立ち上がりそう言い放ちブリッジを出る。


「……了解致しました、艦長」


 けっ!相変わらず辛気臭い声しやがって。


 心の中で悪態をつき俺は灰色の通路を歩いていく。

 この艦に乗ってまだ3ヶ月も経っていないが、どこかもう我が家でもあるかのような錯覚すら覚える。

 "海"なんてもんに多少の憧れがあったにせよこうして日がな一日"海"の中にいるような生活になるとは……人生わからんものだ。


 通路脇の窓の外は真っ暗な闇。

 今ではその闇すら何とも思わないし寧ろ落ち着くほどだ。


 通路を歩いていき俺は何の変哲もないひとつの扉の前に立って、扉を開けようとして僅かに躊躇する。


「入るぞ」


 開けて入った部屋は取り立てて何もない部屋だ。

 机にベッドがあるだけの部屋、そしてそのベッドで眠る……カナタ。


「カナタ……」

 俺はベッドの横に跪きその細くて白い手をとる。

 真っ白なベッドとシーツにカナタの黒髪が良く映えていて美しいと思うと同時に遣る瀬無さがこみ上げてくる。

「なぁ、カナタ。お前はいつになったら眼を覚ますんだ?俺には何も出来ないのか?」


 長い睫毛を伏せて、ピクリともせずに眠り続ける俺の大切な女。

「今日な、俺はラナを……殺したよ。俺やお前、ミハルの……友達をな。お前は今の俺を見たら何て言うんだろうな?馬鹿なヤツだと笑うんだろうな。何やってるんだって怒るんだろうな」

 握った手は暖かく、本当にただ眠っているようにしか見えない。


「でもなカナタ……俺にとってお前だけが全てなんだ。なぁカナタ……」


 北の最果ての地にあると言う最後の希望「サナトス」、俺はそれを絶対に手に入れてみせる。

 そこには人類の叡智があるって話だ、お前を目覚めさせる方法だってきっとあるはずなんだ。

 西側の連中が言うにはそこにたどり着けるのは、たった一人だけだって。

 なら、俺がその一人になってやるよ、ソナタやミハルじゃなくて、この俺がな。


 そう、辿り着くのは俺だけでいい。


 そういやソナタのヤツが言っていたっけ?まだ見たことないものを見に行くって。

 そんな訳の分からない理由で俺の前に立つんじゃねーよ。

 俺にはやらなきゃならないことがある、コイツを……カナタを助けるって理由が。


 ベッドの中にそっと手を戻し俺は立ち上がり部屋を出る。


「待ってろよ、カナタ」


 そう言い残し俺は来た道を歩いていく。

 俺はもう昔のようにアイツらのところには戻れねぇ、いや戻っちゃならないんだ。



 ◇◇◇



「一旦、"海の民"の街に戻るつもりだ」

 ラナの死から数日が過ぎ私もソナタもどうにか現実を受け入れていた。そんな矢先、ソナタがみんなを集めてそう告げた。

「今回の件は、どう考えたところで"海の民"が関わっているのは間違いないだろう。俺がいた街がどうかはわからないが、兎に角情報が欲しい」


「そうね、あの敵艦はおそらくハールート型。配属は西側だったはずだから何かしらの接触があったのは間違いないと見るべきね」

「西側か……陸地がまだ残っているのか?ラキ」

「はっきりとは分からないけど、あれだけの戦力を維持しているところを見る限りはかなりの確率で残っているでしょうね」


 ラナの死後、ラキのアズライルは私達に同行して針路を南へととっている。

 幸いにもあれからキョウとは接触していないし"海人"とも遭遇していない。

 あの状況で"海人"の介入が無かったことからこの辺りの"海人"はキョウの艦隊が排除したと思われる。


「ってことはアズライル型がまだ他にも残っているってことか?」

「アズライル型だけに限らずもしかすると他の大型艦が残っていたのかもしれないわね」

「ラキ、他の大型艦って?」


 今のところ私が知っているのは、このサンダルフォンにアズライル、ラナのドミニオンにキョウのハールート、それに私達の街の土台となっていたザハキエル。

 あとはキョウやカナタと別れた時の艦くらいのものだ。


「可能性としては、サマエル型かカマエル型が有力かしらね。どちらも西側に配属されていた艦だから残っていても不思議ではないのだけど……」

「何かあるのか?」

「サマエル型にしろカマエル型にしろ最後の希望「サナトス」への航路は記されていないはずなの。あれはアズライル型に配置された私達『LA型』にのみ適用されたものだから」


「お前やラナの他の『LA型』が西側にいるって可能性はないのか?」

「可能性としては低いと思うのだけど……でも実際あのハールート型には載っていたようだし……ラナのような人に似せて創られたものが他にもいたってことなのかも」


「なぁ、ラキ。ラナは特別だったのか?」

「ええ、そうよ。『LA型』の中でも特にLA-NA型は人に最も近く、人を真似て学習し人を理解するように造られた最後のナンバー。私も全てを知っているわけじゃないから一概には言えないけど私達より後期に造られたナンバーにそうしたものがあったのかもしれないわ」

 ラナやラキ、キョウのザハキエルに載っていたであろう『LA型』、太古の昔に人によって造りだされたアンドロイド達。

 それは自らを造りだした創造者達がいなくなった今でも彼等の言葉を守りこの"海"を漂い続けているのだろうか?

 そうだとしたらそれは生きていると言えるのだろうか。


 それとも人の世に交わったラナのように人として生を全うしているのだろうか?

 そう考えると少し怖くなる。

 普段、人として接していた相手が人ではない"何か"だとしたら。


「とりあえずここでウダウダと考えていても仕方ない。先ずは一旦街に戻って対策を練ることにしよう」


「そうね……彼等も単独では北への航路には入れないでしょうから」


「よし。カク、微速前進!周囲に警戒しつつ街に戻るぞ」

「了解です」


 こうして私達はアズライルを伴い一路針路を南東にとり"海の民"の街を目指したのだった。



 ◇◇◇



「ねぇソナタ……ラナは本当に死んだと思う?」

「どうだろうな、アイツのことだから何もなかったような顔して戻ってくるかもな」

「ふふっ……そうだね」


 ソナタの部屋のベッドの中で裸の胸に頭を預けて私はそんなことを尋ねてみた。

 それは薄い希望だとは分かっていてもこうして誰かに……ソナタに肯定してほしかったのだ。

 私のそんな心の内を知ってか知らずかソナタは優しく頭を撫でてくれる。


「なぁミハル、俺な、アイツに好きだって告白されたんだわ」

「えっ?ラナに?」

「ああ、アイツはさ、俺が産まれた頃からずっと俺を見ていたんだってよ。俺がいない間も俺が"海"に戻ってからもずっと……だそうだ。笑っちまうよな……俺なんかのどこに惚れたんだか……」

 ラナがソナタに……か。

 何となくだけど分かるような気がする。

 ソナタを見るラナの視線が他とは違っていたことに私は気付いていたけど敢えて知らないフリをしていた。

 私の知らないソナタを沢山知っているラナに私は少なからず嫉妬にも似た感情を持っていたから。


「惚れたのは私もだけど……ちょっと酷くない?」

 そんな心の内をおくびにも出さず私は少し戯けてみせる。

「あ、悪い、そんなつもりで言ったんじゃないんだ。ただ……なんつーか、なぁ?」


「ふふふっ、ラナはソナタのそんなところを好きになったんだと思うよ。もちろん私も……」


「そうか?」


「うん、ソナタはさ……優しいんだよ。優しすぎるくらいに優しいから」


「……ラナにも言われたわ、それ。自分じゃわからんが」


「ラナも……か。そうだね、わからなくていいよ。ソナタはソナタのままでいい」

 もし、この先何かあって……私が変わってしまってもソナタは変わらずにいてほしい。

「ミハル?何だ?お前泣いてるのか?」


「え?あれ?あははは、どうしたんだろ?おかしいね……」

 私は自分でもここのところ自覚してきている……自分の中にドス黒い何かがいることを。

 一度は無くし手離したこの幸せを、この幸せの為なら私は何だってする。


 もしかしたらキョウもカナタの為だったのかもしれない。

 でも私はキョウやカナタの幸せより自分を優先する、間違いなく。


 ポロポロと零れ落ちる涙を止めることが出来ず私は何が悲しいのかはわからないまま、ソナタの胸の中で泣き続けた。

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