episode-11 覚悟



「よくもまあ、こんなに集めたものね……」


 モニターに映る艦影を見て私はため息と共に率直な感想を述べた。

 4方向から2隻づつ、魚雷の発射音から計算して40発以上。距離はおよそ6000といったところかしら。


 スクリュー音からして敵艦はサンダルフォンやこのドミニオンと同系の艦、恐らくはハールート型。

 サンダルフォンよりも後期に製造された艦で、その特徴は超長距離感知と遠距離魚雷。


 私の記憶、いえ記録に間違いがなければハールート型はアメリカと呼ばれていた大陸に配備されていたはず……ということはアレは向こう側の手によるものと思って間違いないようね。


デコイ発射……魚雷1番から12番……発射……全速前進後、デコイ発射……機関停止……」


 さて……ノイズに紛れてどこまで凌げるかしら。


 私はチラッとモニター端に映っていたアズライルが消えるのを確認してサンダルフォンへと目を向ける。

 ラキはきっとあっさりと私を切り捨てて退くことはわかっていたけど……そうよね、あなたは「はい、そうですか」と退くような人じゃないものね。


 遥か後方のサンダルフォンの反応は未だに消えず……あの人はどうにか手を考えているのでしょう。


デコイまであと……2000……追尾型ならお終いね……」



 ◇◇◇



「艦長!敵艦こちらへ突っ込んできます!」


「くくくっ、体当たりでもする気か?ラナぁぁ」


「敵艦、デコイ及び魚雷発射!距離6000!」


「ふん!無駄な足掻きを!5番から8番発射!各艦は包囲を縮めろ!逃すなよ!」

 艦長席で片肘をついてモニターを睨みつける。

 逃がしゃしねぇ、ラナお前にゃ悪いがここで沈んでもらうぜ。


「魚雷接触しました!爆発音多数……敵艦……反応消えました!」


「はははっ!ザマァ見やがれ!」


「艦長……磁気機雷を蒔いていた模様で……ノイズが酷いです……」


「ははは……何?磁気機雷だと?」


「はい……デコイに何らかの仕込みがあったようです……」


デコイに仕込み?……ラグ!敵艦の沈降した位置は特定出来るか?」

 おかしいぞ?正面から当たりをかますんならそんな小細工は必要ねぇはずだ。ましてやアレはあのラナだ……んなつまんねぇ仕込みなんざする訳ねぇ。


「ノイズが晴れるまで少々お待ちください……艦長」


「急げ!警戒を怠るな!いつでも撃てるようにしとけよ!」


「艦長、どうしたんだ?敵さんは沈んだんじゃないのか?」

 俺の副官を務める男、クレイマンが怪訝そうに聞いてくる。

 向こうの大陸の"海の民"で昔アメリカと呼ばれていたところの出身で真面目すぎるきらいはあるが中々に優秀な男で使い勝手がいい。


「俺の思い過ごしならいいんだがな、アレはラグと同型だが性能は段違いだ。あの程度で沈むとは思えん」


「機雷……ですか?」


「ああ、磁気機雷みてえな通信障害以外に使い道がないオモチャをこのタイミングで使うくれえだ、何かしら意図があると思った方がしっくりくる」


「艦長……ノイズ晴れます……敵艦反応やはり有りません……沈降予測位置出ました……」


「ここか……魚雷発射用意!敵艦沈降予測位置へ1番から4番!」

 もし何か企んでやがるなら……炙り出してやるぜ。


「敵艦沈降予測位置へですか?」


「そうだ!つべこべ言わず撃ちやがれ!」


「は、はいっ!魚雷発射1番から4番!」


「ソナー!耳澄ませとけ!どんな些細な音も聞き漏らすんじゃねーぞ!」


 さぁて、ラナさんよ?沈んでねぇならどう出るよ?



 ◇◇◇



「ドミニオン……反応消えました……」


「ラナ……そんな……」


 ブリッジが重苦しく息が詰まりそうな雰囲気になる。

 ラナ……さっきまで一緒に帰って来たのに?どうして?どうしてキョウが?


「……サンダルフォン回頭……海域を離脱する……」


「敵艦隊動きありません……回頭します」


 ギシギシと軋む音がまるで艦が泣いているように聞こえる。

「すまんが少し外す……」

 そう言い残しソナタはブリッジを出て行く。

「ソナ……」

 追いかけようとしたソナタの背中は、酷く小さく見えて……そして誰もを拒んでいるかのようだった。

 私は通路を歩いていくそんなソナタの背中を見えなくなるまで見ていることしか出来なかった。


 カクさんとマコさんに私も少し外すことを告げ自室に戻り硬いベッドへ顔を埋める。

 ラナが死んだ。

 それも友人であるキョウの手によってだ。


 不思議と涙は出ずに実感も未だに湧かない。


 私だってここに来るまでに"海人"をこの手ではないが殺めてきた。指示を出すわけじゃないけど……直接的、間接的の如何に関わらず。

 きっと"海人"にも家族がいて友人や恋人もいたんじゃないだろうか?私はそんな彼等の未来を刈り取ってここまで来た。


 自分の番になるとは思いもよらなかった。

 ソナタとキョウやカナタ、ラナと一緒にずっと居られると思ってた。


「キョウ……何でだよ……カナタ……一緒にいるんでしょ?何で止めないのよ……」


 キョウやカナタ程には長い付き合いじゃなかったラナ、でも私には仲のいい友人であり姉のような存在だった。

 それは彼女が私達人とは違うことがわかっても関係なかった。

 ベッドに顔を押し付けてどれくらいそうしていただろうか、私の中で何か気持ちの悪いどす黒い感情が湧き出してくるのを感じ慌てて顔を上げる。


 今、私は……何を考えたの?


 それは思ってはダメな事。


 でも……


 大きく息を吸い私はベッドから立ち上がった。

 服の襟を正して壁にかけられた鏡に自分を写して鏡の向こうにいる自分に話しかける。


「ねえ?あなたならどうする?」


 鏡の自分に問いかける。

 彼女は醜悪な笑みを浮かべこう答える。


『ラナの仇を取らなきゃね』


「ラナの仇……」


『そう、仇よ。彼女を殺した奴らを同じ目に合わせてあげなくちゃ』


「殺した……奴らを……」

 鏡の自分は尚も続ける。

『そうよ、だってそうでしょう?あなたもあなたの大切な彼のことも殺そうとしたのよ?当然じゃない』


 そう、そうだ。私だってソナタだって殺されそうになったんだ。

『やらなきゃやられるわよ、そんなの嫌でしょ?』

「嫌よ!絶対に!」

『でしょう?じゃあ覚悟を決めなくちゃ。それでも無理なら……私に言いなさい』


 そう言って鏡の私は消えていった。


 覚悟……覚悟……


 大丈夫、大丈夫。ちゃんとやれる、私は大丈夫。


 もう一度大きく息を吸い私は薄暗い廊下に出てブリッジへと足早に戻っていった。

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