episode-10 狂宴



「どうだ?マコ、ミハル?」

「敵艦位置把握出来ません!」

「こっちも艦影無しだよ」


 現在私達のサンダルフォンとラナのドミニオンは丁度アズライルの真下に位置している。

 アズライルは順調に海流の影響下から抜け出して東へと航海を進めているので、その護衛といったところだ。


「一体何だったんだ?さっきのは?」

 艦長席に座り首を傾げるソナタ。

 前からと後ろから、少なくとも2隻はいたはずの敵艦からは何の反応もなく私達はあっさりと、それこそ拍子抜けするくらいに"海人"の領域から離れることができた。

「ラナ、そっちも反応はなしか?」

「ええ、何も」

「ラキ、どうだ?」

「こちらも何も無いわね……ただ……」

「ん?どうした?」

「少し気になる事が……思い過ごしならいいのだけど」

 ラキが言うには先程の艦の識別信号がアズライルと同系統のものだと思われるとのこと、それと操舵の仕方が明らかに人のものではなかった感があることだった。


「つまり……お前たちと同型が乗っていると?」

「その可能性は高い……と思います」

「ラナやラキの同型か……厄介だな」

 "海人"に味方しているアンドロイドがいるってことなんだろうか?

 私はまだ実際に"海人"に会ったことがないけど、ソナタ達に聞いた限りではかなり好戦的らしく途中で諦めたりする感じではないと言っていた。


「とりあえずは海流を出れたわけだし東へ針路を取ろう。話はそれからだ」

「そうね、そうしましょう」

 そう言って私達は航路を東へと向けようとした。


 ピーピーピー


「ん?何だ?通信?」

「か、艦長!識別不明の艦からの通信です!」

「おいっ!ラキ!」

「艦影は見えないけど多分先程の艦からね」

「艦長!どうしますか?」


 ピーピーピー。と通信を求めるように受信機がブリッジに鳴り響く。


「ラナ、ラキ、警戒はしといてくれ!マコ、通信開けろ」

「はいっス」


 ピーピーガー、ガーガー。


「聞こ……か……フォン?……」

「通信状況が悪いな、聞こえん」

「アズライルを動かします、多分この艦の妨害電波のせいです」

「……聞こえるか?」

「ああ、聞こえるぞ。さっきの艦のヤツだな?」

「ははっおいおい、相変わらずせっかちなヤツだな」

「何?」

「ソナタ……この声……」


 私は通信機から聞こえてくる声に聞き覚えがあった。つい何ヶ月か前まで一緒に何年も過ごしたのだから。


「よお?もしかしてミハルか?なんだ?すっかり軍人サマかぁ?えぇ?」

「まさか……キョウ?キョウなのか?」

「鈍いヤツだな?友人の声くらい覚えとけよな」


 通信機越しに聞こえてくる友人の声……それはつい先程私を攻撃してきた艦からの通信なわけで……


「おいっ!どういうことだっ!キョウ!」

「んな大声出さなくても聞こえてるさ、ったくよぉ」

「テメェ……どういうことかって聞いてんだよ!」

「はぁ?どういうことって見たまんまだろうが?他に何があんだよ?」


 声は間違いなくキョウだけど……キョウが私達に攻撃?ソナタが言うように一体どういうこと?それに……カナタは?カナタは一緒じゃないの?


「キョウ!お前、わかってて打ってきやがったのか?何でお前が艦に乗ってやがるんだ?」

「おいおい、ソナタさんよぉ?一々説明しなきゃわかんねーのか?当たり前だろうが、ん?」

「艦長!映像回線来ます!」


 ブウゥゥン、ザザザッとモニターに映し出されたのはサンダルフォンのここと似たようなブリッジ、そして一段高い位置にある席に座り足を組んでニヤニヤした笑いを浮かべ私達を見るキョウの姿だった。


「キョウ……どうしてあなたが……それにカナタは?カナタは一緒じゃないの?」

「何だ?次はミハルか?ははは、随分と軍人サマが似合ってるじゃねーか」

「質問に答えろよ!何でお前が艦に乗ってんだ!それに……カナタはどうした!俺の妹は!"海の民"の街に行ったんじゃなかったのかっ!」

「はぁ……お前らさ、俺がわざわざ説明するとでも思ってんのか?馬鹿馬鹿しい」

「キョウ?キョウよね?」

「他に誰に見えるんだ?なんなら俺達しか知らんような話でもするか?」


 艦長席に座りニヤリとした笑みを浮かべながらも目は全く笑っていないキョウ。

 その笑みは獰猛な肉食獣のように見え、私は背筋に冷たいものが流れるような感覚を覚える。

 小さい頃からずっと一緒だった友人、でも今画面越しに見るキョウは全くの別人に見える。


 本当に……キョウなのだろうか?


「ははは、偽物か何かかと思ってるみたいだな?ミハル。生憎俺は俺だぜ、なぁ?ソナタぁ、お前なら分かるよな?」

「ああ……ミハル、アレは間違いなくキョウだ。ムカつくがな」

「くくくっ、はははは!」


 苦虫を噛み潰したようなソナタを見て可笑しくて仕方がないといった風に笑うキョウはそのまま笑いながら話しだした。


「予定の時間までまだちぃーとあるしな、折角だから教えてやるよ」

「予定の時間?」

「俺はなぁ、ソナタ!お前が昔から大嫌いだったんだよ!知ってるよなぁ!ええっ!」

「ああ、知ってるさ。俺もお前が気に食わなかったからな」

「くくっ、お前はいっつもそうなんだよ!事あるごとにしゃしゃり出てきやがって!いつもいつも俺の前にいやがる!俺が見てたのはお前の背中ばかりだっ!なぁ!分かるよな?なぁ!」

「ちょろちょろと俺の後ろばっか着いて回ってたヤツがよく言うぜ」

「……お前のそういうとこが嫌いなんだよ!何でも自分だけで出来るような顔しやがって!俺は何でも知ってます、わかってますってか?何様のつもりだ!俺はなぁ……お前が死んだあの日、初めて心の底から笑ったよ、やっとお前の背中を見ずに済むってな!ミハルやカナタの手前、笑いを抑えるのに苦労したくらいだ!」

「ふん、それで?また俺の後ろをついて回るのか?」


 キョウの独白は続く……でもこの時私は、いやキョウも含めて私達は気づくべきだったのだ、余りに唐突すぎたキョウの話を両艦のクルーが聞き入ってしまったから……私達はラナのドミニオンが静かに離れていっていることに気づけなかった。


「いいや、それももう終いだ。俺は力を手に入れた!お前よりも遥かに大きな力をだ!だからなぁ……」


 キョウがそこまで言った時だった。


「艦長!魚雷発射音です!数8!距離6000!」

 画面越しから男性の声が聞こえ、この不毛で心を削り合うようなやりとりは終わりを余儀なくされる。


「何!どこ……あれはっ!……ドミニオンか?ラナぁぁ!」

「ソナタ、聞こえますか?アレは生かしておいて益のあるものでは有りません!今ここで沈めておくべきです」

「ラナ?ラナか!やめろっ!あの艦には、あの艦にはカナタが乗ってるかもしれないんだぞ!」

「ラナぁぁぁ!お前もいたんだよなぁ!いいだろう!相手してやるよ!」


 ザザザッとモニターに砂嵐が起こる。


デコイ発射します……発射……距離3000……」

「キョウ!カナタはカナタも一緒なの?キョウ!」

「くくくっ当然だろ?この艦に乗ってるに決まってんだろう!」


 ザ、ザザッ、ザザザッザザザッとモニターに再度ノイズが走る。


「ははっ!今回は様子見だったがヤメだ!ソナタ!お前はそこでお仲間が海の藻屑になるのを眺めてなっ!」

「テメェ!!本気かっ!!」

「キョウ!!ラナっ!」

「お前のその顔が見れていい土産が出来たわ!じゃあな!全艦最大戦速!目障りなハエをぶっ叩くぞ!ははははは」


 ブリッジにソナタの制止する声とキョウの笑い声が交錯する。

 ザザザッとノイズが走り通信が途切れる。キョウの高笑いの余韻を残して……


「艦長!艦影です!4時、6時、9時、15時、の方角……ドミニオン……囲まれています……」

「ああぁぁ!!ラキっ!魚雷はっ!!」

「すみません……この距離では……」

「サンダルフォン!全速前進!追いつけるか!おいっ!カクっ!全速前進だって言ってんだろ!」

「艦長……」


 カクさんが静かに頭を横に振る。

 ソナーに映る影を見ても私にだって分かる……この距離じゃとても追いつけない……魚雷も届かない。


 いつの間に……私達がキョウと話している間にきっとラナは、ドミニオンの機関を停止させてソナーにかからない様に近づいたんだろう。


 でも……あの艦にはキョウが乗っていて……カナタも……


「ミハル!ミハル?」


 どうして?どうして友達同士で戦わなくちゃならないの?だって……キョウもラナも一緒に過ごしてきたのに……一緒に"海"に出たのに……


「ミハルさん!しっかりするっス!」

「え?あ、マコ……さん?」


 ボーっと考え込んでいたのか、マコさんが私を心配そうな顔で覗きこんでいた。


「ごめんなさい……何が何だか……わからなくて」

「前方の敵艦、魚雷発射しました……数……48……です……」

「くそがぁぁぁ!!あの野郎!!」

 ガァァンとコンソールに拳を叩きつけ鬼の様な形相で真っ暗になったモニターを睨みつけるソナタ。


「マコ、状況を」

 努めて冷静にカクさんがマコさんに言う。


「はいっス、ドミニオンに向け包囲した敵艦から魚雷が発射されていますっス……ドミニオンは……多分正面の敵艦へ向け直進してるっス」


「ラナっ!!体当たりする気かっ!」


 モニターには敵艦の艦影が8隻とそれに向かう……ラナのドミニオンが映っていて……


「ソナタ……海域を離脱しましょう。ここにいても私達は何も出来ないわ」

 重苦しい雰囲気のブリッジにラキの感情のない声が響く。

「ラキっ!お前の兄弟みたいなもんだろうが!何とも思わねーのかよ!」


「……ええ、何も思わないわ。アズライルはこれより海域を離脱します、サンダルフォンは?」


「ぐっ……」

 ギリっと歯をくいしばる口から流れる血がソナタの心情を表している。

「ラナの……アイツの最後を見届けてからだ……」


「……そう……それじゃあ……」


 モニターに映っていたアズライルの反応が消失する。おそらく霧の結界を作動させたのだろう。


 私はもう何も考えたくないと思いながらもモニターへと目を落とした。







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