episode-9 遭敵



 アンカーを下ろして固定していても僅かづつではあるが西へ西へと流されていくアズライル。

 このままだとあと数日もすれば"海人"の領域に入ってしまうことになる。


「『霧の結界』を解いて出力を上げ海流の影響下から脱出を試みた方がよろしいかと」

「やっぱりそれしかないか……」

「現状ソナーには艦影はありませんが、いつ見つかるかわからないですから……」

 制御室に重苦しい空気が漂う。


「ラナはそれでいいか?」

「はい、何も問題ありません」

「そうか……よし!今日はこのまま警戒してくれ!明日の日の出と共に作戦を決行する!」

 ソナタがみんなを見渡して告げる。

 私を含めた皆神妙な表情で頷き制御室を出てそれぞれの持ち場へと向かう。


「ミハルさんの耳、頼りにしてるっスよ」

「私に出来る限りのことはするよ」

「頼みます」

 鈍く光る灰色の通路をサンダルフォンへと歩いていく。

「ラナもラキも……このアズライルも……絶対に守ろう」


「お姉ちゃん……大丈夫だよね?」

「大丈夫よ、ソナタが守ってくれるわ。今までもこれからもね?」

「うんっ!」

 スズナちゃんの車椅子を押してサンダルフォンへと戻っていくスズシロさんの後姿を見送り私は改めて気合いを入れ直した。



 ◇◇◇



「なぁ、ラナ」

「はい、何でしょうか?」

「お前、俺に何か言いたいことがあるんじゃないか?」

「…………」

 私達がサンダルフォンへと向かった頃、制御室から出たソナタとラナは墓標のように佇む滅んだ街を歩いていた。

「俺とお前、それなりに長い付き合いだ。お前の様子がおかしいことくらいわかっているつもりだ」

「…………」

「言いたくなければそれでもかまわん、だがな……俺もお前も……」

 ソナタは蔦に覆われた街を見上げ、ため息混じりに言葉を吐き出した。


「俺もお前も死ぬかもしれん。心残りはない方がいいんじゃないか?」

「……貴方は優し過ぎる」

「何?」

「貴方は優し過ぎるんです……私は人ではありません。機械です……道具なのですよ」

「ラナ?」

「貴方が……貴方がそんなだから……私は自分が分からなくなるんです」


 静寂に包まれた街にラナの声が響く。


 ソナタから少し距離を置いて振り返るラナ。


「私は機械です。貴方と同じ人ではありません」

「ラナ?何を……」

「聞いてください。今ここで伝えておかないと……きっと私は後悔というものの意味を知ることになりますから」

 そう言ってラナは静かに語り出した。



 貴方は覚えていますか?


 私と初めて会った日のことを。

 きっと覚えてはいないでしょう。

 だって貴方はまだこんなに小さかったのですから。

 しかし私は、はっきりと覚えています。

 それは私が人ではなく機械だから……忘却というものがないから、私の記憶は消去しない限り決してなくなることはないのですから。


 貴方は覚えていますか?


 あの日、貴方が一度死んだ日のことを。

 貴方が私に言った言葉を。


 先程、私は貴方に言いましたね?きっと後悔の意味を知ることになると、いいえ、私はわかっているのです。後悔することの意味を……だって私は貴方に出会ってしまったことを後悔しているのですから。


 幼い頃からずっと貴方を見てきました。

 小さな子供から少年へ、そして青年になる貴方を……私は貴方とは違う時間の流れの中でずっと見てきました。


 側にいる時も、いない時もずっとです。


 お分りになりますか?


 ああ……そんな顔をしないでください。

 私の決心が鈍るではないですか。


 これが最後になるかもしれないのですから……私は私が私である為に貴方に伝えておきたかったのです。


 ソナタ……私は貴方を……



「ラナ……」


「馬鹿ですよね?私は。人ではないのに……ラキのようにただひたすらに命令に忠実だったら良かったのに……」


 私には涙を流すという機能は備わっていません。こんな時、人は泣くのでしょう。

 そう……例えばミハルなら。


「これが私が伝えたかったことです、ソナタ」


「ラナ……すまない」


「どうして謝るのですか?私が勝手に想って勝手に終わらせるだけです。貴方が謝る必要はありません」


「すまん」


「……謝らないでくださいっ!お願いですから!謝らないで……ください」

 それは泣顔というのだろうか、もしも彼女にその機能があったのなら思う存分泣けただろうに。


 そんなラナに声を掛けることもなくソナタはじっとラナが落ち着くのを待っていた。

 やがて落ち着いたのか、ラナは普段と変わらない顔をソナタに向け、戻りましょうと言って墓標の街を歩きだす。


 ラナは振り返ることなく歩きながら小さく、小さく呟いた。


「ミハル……後は貴女に……」


 その小さな呟きは、ふわりと吹く風に攫われ誰の耳にも届くことはなかった。



 ◇◇◇



「よし!準備は万端だな?」

「ええ、問題ないわ」

「サンダルフォン、いつでもオッケーッス!」

 海流から抜け出す為に、私達はサンダルフォンでラキはアズライルに、ラナは停泊しているサンダルフォンと同型の艦にそれぞれ乗り込む。


「ラキ、聞こえるか?」

「こちらアズライル。聞こえます、どうぞ」

「アズライルは海流から抜けることを優先してくれ、何事もなけれはそれでよし、"海人"が出てくるようならダミーの艦を出してくれ」

「了解しました」

 と言ってもアズライルは巨大な艦だ、気付かれないってことはまずなく間違いなく"海人"は襲ってくるだろう。


「ラナ、無理はするなよ」

「はい、もちろんです」

「アズライルが海流を出たら合流するぞ!それまで踏ん張ってくれ!」

「……はい」

 二人の間に何があったのかは知らないけれど、ラナのソナタに対する接し方が以前とは少し違うように見える。


「こちらアズライル、サンダルフォン及びドミニオン三番艦、アーム固定解除します」


「サンダルフォン了解!」


「ドミニオン了解です」


「注水始めます、ハッチオープン……ご武運を」



 ◇◇◇



「アズライル移動始めました!速度25ノット!東へと針路を取る模様です!」

 ソナーにははっきりとアズライル、そしてラナのドミニオンが写っている。

「よし、本艦はアズライルの後方につく!気を引き締めていくぞ!」


「「「はい(っス)」」」


「マコ、ピン打て!ミハル!聞き漏らすなよ!」

「ピン打つっス」


 コーン……コーンと返ってくる音を集中して拾う。


「静かっス……」

「ああ……静か過ぎる……」

 これだけ派手に動いたにも関わらず"海人"の気配は全くと言っていいほどしない。


「"海人"の領域じゃないのかな?」

「そんな筈は無いと思うが……妙だな」


 ソナーにも敵の艦影は見当たらず、アズライルは順調に海流の影響下から出ようとしている。


「このまま何事もなければ……」

「艦長!17時の方角!高速で接近する……魚雷ですっ!数4!距離15000!」


「何っ!どこからだ!くそっ!デコイ発射!魚雷発射準備1番から4番!」


「ソナーには艦影なんかなかったよ!」


「索敵範囲外からかっ!」


デコイ発射!魚雷まで距離12000!」


「マコ!ミハル!敵艦の位置はっ!」


「ダメです!完全に範囲外からの攻撃です!」


「ちっ!魚雷発射位置の割り出し急げ!全速前進!捕まえやるぞ!」


「魚雷接触まで距離8000」


「ソナタ!魚雷発射音!8時の方角!?数4!」


「何っ!後ろからだと!マコ!」

「艦影ないっス!発射音だけっス!」


「回頭!魚雷発射!8時の方角!1番から4番打てぇ!」

「魚雷打つよ〜1番から4番〜」


「どうなってやがる?ラナっ!そっちはどうだ!」

 ソナタがドミニオンへと通信を呼びかける。

「わからないわ!こっちのソナーにも何も写ってないわ!」

「ソナタ!後ろからってアズライルは無視して私達に攻撃してきたってことよね?」

 そう、先程の魚雷の発射位置はアズライルの向こう側、つまり敵はアズライルを無視してこちらを狙ってきたわけだ。


「後方!デコイ接触します!」


「前方魚雷接触まで距離4000!」


「アズライルより……こっちって訳か?ははっ!上等!」

 ソナタの顔はこんな状況にも関わらずどこか楽しそうに見える。

「こいつは是が非でも奴さんの顔を拝んでやらねーとな!」



 ◇◇◇



「艦長……サンダルフォン回頭します……こちらに向かってくるようです」


「ははは、やっぱそうくるよなぁ?面舵45、第2戦速!周りこむぞ!ソナー!ギリギリまで距離を取れ!」


「了解です……」


「さぁて?どう出るよ?ソナタ艦長さんよ?」


「魚雷打ちますか……?」


「いんや、あっちの出方次第だな。向こうは上のデカブツが気になるんだろうし、こっちはこっちでコイツの性能が把握できりゃ万々歳だしな」


「艦長……悪そうな顔……してる」


「ああ?うるせぇよ!俺はアイツとは違うんだよ!」


 サンダルフォンによく似たブリッジに響く声はソナタ同様にどこか楽しげで、命のやり取りをしている緊張感はカケラも感じられなかった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る