episode-8 航路




 私達がこのアズライルに来てそろそろ2ヶ月が経とうとしている。

 北へ向かうにしても補給の問題もあり単独では到底不可能なのでラキに頼んでこうしてアズライルごと動かしてもらった。

 ラキは特に何かを言うわけでもなく素直に私達の要望を受け入れてくれている。


『霧の結界』のおかげもありここまでは"海人"の襲撃に遭う事もなく順調といえる航海をしてこれており、ラキが言うにはかつてニホンと呼ばれていた辺りの南側を航海しているそうだ。

 私達はその間にサンダルフォンの整備をしたり上の街を散策したりして過ごしいた。

 広さ的には私が住んでいた街の四区画分くらいあり初めのうちは迷子になったりもした。


「しっかし、まぁすげえよなぁ」

「うん、そうだね……」


 誰もいない半ば廃墟のような街。

 森に埋もれるようにして佇む街は、ある意味巨大な墓標のようにも見える。

 長い年月をかけてゆっくりと森に侵食され、その姿を徐々に変えていったのだろう。

 何軒かの家の中を覗いてみたけど、人の営みの痕跡をそこに見ることはなかった。


「ここってラキしかいないのかな?」

「ん?いいや、それなりにいるぞ」

「え?そうなの?」

「あれ?お前まだ会ったことないのか?」

「ないよ!今初めて知ったし」


 港に停泊している艦が妙に整備が行き届いているから多分ほかに誰かがいるんだろうとは思っていたけど。


「なら、ちょっと会いに行くか?」

「うん。どんな人なの?」

「あ〜、そうだな、ラナやラキみたいな感じではないわな。どちらかと言えばロボットみたいなもんだ」


 誰もいない街を通り抜け森の中に埋もれた施設から下へと降りる。

 鈍く光る灰色の金属で作られた通路を通り私はソナタに着いて行く。

 どれくらい歩いたのか、かなりの距離を歩いた先には重厚な扉が開いたままになっていた。

 扉をくぐるとそこは天井が高いホールになっていて……


「ほら、あれがこの艦の他の住人だ」

「……ロボット?」


 ソナタの指差す方にいたのは、2メートルはあろうかという銀色の巨人だった。

 人型のラナやラキとは違い角張った形をしておりアンドロイドというよりも確かにロボットと言ったほうがしっくりする。


「よう!ご苦労さん」

「……ゴクロウサマデス」

「喋った……」

「そら喋るだろうよ、見てくれはこんなだが歴としたアンドロイドだからな」


 ゴンゴンとロボットを叩いてニヤニヤ笑いを浮かべるソナタ。

 広間には10体以上のロボットが作業をしている。


「ここって何に使う部屋なの?」

 ガランとしていて天井が高く円型の部屋で8方向に扉がある。

「ここか?ここは元は中央会議室だったんだと思うぞ」

「会議室?」

「ああ、俺達"海の民"の街でも丁度この辺りにあったはずだから間違いないと思うぜ」

「ということは私が住んでいた街にも?」

「あるだろうな、と言っても実際使われていたかは知らんがな」

 この会議室は長年使われていなかったのだろう、天井から木の根が入り込み辺り一面にその根を下ろしている。

 それをロボット達はせっせと片付けている。

 ソナタが言うにはこの艦のあちこちでこのような光景を見かけることが出来るそうだ。


 えっと……全く気づかなかった……


「俺達が来たからこのアズライルをどうにか使いモンになるようにしようとしてるみたいだな、ラキは」

「使いモンて……これだけの艦だよ?普通に使えてるんじゃないの?」

「んなわけねーだろ。ラキ一人じゃ霧を張って隠れるくらいしか出来ねーよ」

「それで充分なんじゃないの?」

 実際のところ、そのせいで私達はアズライルを見つけれなかったわけだし、北へと向かっている現在も"海人"に見つからずに済んでいる。

「あのなぁ、俺達はどうやってここを見つけたよ?」

「どうやってって……海中から……」

「だろ?霧の結界だって万能じゃねーんだ、海ん中からだと案外アッサリと見つかるもんなんだよ」


 なるほど、確かにもし真下から"海人"の襲撃を受けたりしたら大変なことになる。


「でも、今までずっと見つからずにきてたんじゃないの?」

「なんだ?お前聞いてないのか?こいつはつい此間まで陸地にくっついてたんだぞ」

「え?聞いてないよ!そんなの!」

 初耳も初耳、陸地にくっついてた?一体どこの?って言うかそんな話いつしたのよ?

「あれ?お前いなかったか?」

「知らないし!」


 あれ?おかしいなぁと首を傾げるソナタを横目で睨んで詳しい話を聞く。


 なんでも昔アメリカと呼ばれていた巨大な陸地が東側にあったそうで──今ではそのほとんどが海面下に沈んでいるそうだが──そこに、このアズライルは隣接して長い年月を陸地として過ごしていたそうだ。


「そっか……じゃあ、"海"の向こうにも人が住んでいる陸地があるんだね」

「そう言う話だが……俺も実際に会ったことがあるわけじゃないからわからねーよ」

「そうだよね……私達なんて教科書や本でしか見たこともないんだし」


 ロボット達が忙しなく働く広間から私達は来た道とは違う扉から内部へと進みながら私は未だ見ぬ陸地に思いを馳せていた。



 ◇◇◇



「こうして話すのもいつ以来でしょうか」

「私の記録に残る限りでは以前に話したのは288年前になります」

「そう……またこうして同型式の同胞に会うとは思ってもみませんでした」

 中央制御室でラキの向かいに座りラナはそう言って作り物の笑みを浮かべた。


 共に300年前に造られた二人は暫くの間見つめ合う。


「単刀直入に問います。ラナ、貴方は何を企んでいるのですか?」

「企む?私が?ラキ、私にその様な機能があるとでも?」

「残念ながらそう結論付けるしかないと思います」

「何を根拠に?」

「それを私の口から言わせるのですか?」

 見つめ合う、いや睨み合う二人。


「ラナ、貴方はどうしてサンダルフォンに乗っているのです?型式番号LA型は例外なくアズライルの専属ではなかったのですか?」

「…………」

「私を含めたLA型はそれぞれに与えられたアズライルがあった筈です。もう一度問います、ラナ、貴方は何故アズライルに乗っていないのですか?」

「…………」

「黙りですか?」

「……ラキ、貴方には分からないでしょう。LA型の中でも特に創造主たる人間に近づく様にと造られた私の……私の"想い"は」

「想い?それは……人間のいう感情というものですか?貴方は……貴方はそれを理解したとでも?」

「これが人間の感情を理解したことだとするのなら……私はこんなもの理解したくなかった」

「ラナ……貴方はいったい……」



 ◇◇◇



「北に向かってたんじゃなかったのか?」

「航路自体に問題はなかったのですが思いの外、海流の影響を受けて西側へと流されている様です」

「西側か……カク!」

「ああ」

 ラキに呼ばれ私達は中央制御室に集まっていた。

 ソナタに言われカクさんが机の上に海図を広げる。

「マズイな……このまま西側へ流されると、"海人"の領域に入っちまうぞ」

「何とかならないの?ラキ」

「申し訳ありません、アンカーを下ろして固定するのが現状精一杯です」

「海流の流れが変わる可能性はどうなんだ?」

「今のところなさそうっス。東側から西側へかなり広範囲にわたって流れ込んでるみたいっス」

 憶測ではあるが、東側で大規模な沈下があったのではないかとカクさんが言う。


「最悪の場合、このアズライルが囮になります。皆さんはサンダルフォンで索敵範囲外へとお逃げください」

「そんなことしたら、ラキが……」

「私はサナトスへと到る海路を導くのが使命です。このアズライルもそのためだけに存在しています」

 平然とそう告げるラキに私は少し何か違和感を覚えたが、それが何なのかは分からなかった。


「差し当たって"海人"の連中には気づかれてはいない様だが……時間の問題かもしれんな」

「固定できる時間にも限界があるだろうし、何かしらの策を考える必要があるんじゃないかな?」

「ミハルさんの言う通りっス、ドンパチやるにしても正面からじゃ分が悪いっスよ」

「そうだな……」


 ソナタが眉間にシワを寄せて考え込む。

 私やマコさん、カクさんにラナ、ラキもそれぞれ何か名案がないものかと頭を悩ます。


「なぁラキ、お前が動かせる艦はどれくらいだ?」

「単に動かすだけでしたら……8隻が限界でしょうか」

「8隻か……」

「陽動ですか?艦長」

「ああ、ある程度の動きが出来る必要を考えると10隻は欲しいとこだが……」

「でしたら私が半分受け持ちましょう」

 ラナはそう言ってラキの方を見つめる。

「それでいいのですか?ラナ」

「構いません。それが私の……"想い"に……いえ、何でもありません」

 ラナの言葉の最後の方は小さく聞き取れなかったがラキとラナは互いに視線を合わせ共に小さく首を振る。きっとラナとラキにしか分からないこともあるんだろう。


 私達とは違い、永い時を生きる彼女達にしか分かり得ない何かがあるだろうから。


「頼めるか?ラナ。正直言ってかなりヤバイぞ」

「問題ありません、ラキが言うように私達はサナトスへの航路を導くために存在しているのですから」

「……そうか……すまんな」

「いえ……」

「ラナ……」

「そんな顔をしないでください、ミハル。それにマコにカクも」

 ラナはそう言って穏やかだが、どこか寂しそうに微笑んだ。


「このまま何事もなく流れが変わればいいんだがな」

「そうなることを願うしかないですな」

 制御室のモニターに映し出された荒れ狂う海を見つめソナタとカクさんは難しい顔を見合わせていた。


 そんな皆んなを見ながら私はラナとラキの間にある微妙な空気の変化に首を傾げていた。

 何と表現すればいいのだろうか……私自身が以前に感じたことのあるような……心の内のどこかに引っかかって出てこない、焦れったい空気感。


 これって何なんだろ?


「どうかしたっスか?」

「え?ううん、何でもないよ」

 マコさんが覗き込み不思議そうな顔をする。

 そう、今はそんな事よりも他に考えることがある。

 私はそう言い聞かせて頭を切り替えた。






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