episode-6 別離
久しぶりの空は青く澄んでいて雲ひとつない晴天だった。
周りを見渡せばひたすらに青く広がる"海"とそこには場違いに思える鉛色の艦。
私達の乗る潜水艦──
それとふた回りほど小さな艦──駆逐艦というそうだ──が二隻、浮上した私達のすぐそばに停泊していた。
「……すごいね……これも"海の民"の艦なんだよね?」
潜水艦の甲板に出ている私は隣で艦に向けて手を振るソナタに尋ねる。
「ああ、こいつもあれも南の方で発見された艦だ。南側は比較的に陸地が多く残ってたこともあって結構多くの艦が見つかったんだ」
「へ〜、じゃあ人も結構残ってたんじゃないの?」
「それがな……不思議なことに人っ子ひとり見当たらなかったんだそうだ。まるで忽然と姿を消したかのように……な」
「全く人がいなかったの?」
「そう聞いてる。何せ何百年も前のことだからなぁ、又聞きの又聞きだ」
「そっか……そんなに昔のことだもんね」
「ああ、それに調べようにもとっくの昔に海の底だからな。調べようがないしな」
ソナタの話によれば、南の方には巨大な大陸が残っており数多くの艦や潜水艦が"海の民"の元に渡ったそうだ。
遠い昔に海の底に沈み滅んだとされていた文明の遺産を相続した"海の民"は海上に巨大な船を浮かべそこに街を築いた。
それは私達、陸に住む人間も同様で普段何も思わずに使っていた電子機器や通信機器、テレビや衛星放送などもそれに当たるそうだ。
「あとは……ラナ達だ」
「ラナも?」
「ああ、ラナや他のアンドロイドは皆、南の大陸で産まれてる。何でもそういった施設が残されていたそうだ」
「ラナの他にもいるんだ……?」
「俺も何人いるのかはっきりとは知らないが少なくとも10人以上はいるな」
ソナタがそう言ってどこか苦々しい笑いを浮かべたとき向かいに泊まっていた潜水艦の上部が開き一人の男性が顔を出した。
「よう!ソナタ!久しぶりだな、迎えに来てやったぞ」
「リツ!あんたか!久しぶりだなぁ」
潜水艦の側面から伸びた補給用のパイプの上を器用に歩いてこちらにやってくるのは30代くらいの黒髪黒目のガッシリとした男性だった。
「ははは、まさかこんな"海"のど真ん中でお前に会うなんてな」
「そいつはお互い様だな」
笑いあい肩を叩いて握手を交わし再会を喜ぶ2人。
「おっと、こちらのお嬢さんは……」
「ああ、シシド ミハル。覚えてるか?」
「シシド?ミハル?……おおっ!カナタの友達だったあの女の子かっ?」
「え?どこかでお会いしました?」
リツと呼ばれた男性は陽に焼けた顔をくしゃくしゃにして笑いながら私をまじまじと見つめる。
「わははは、俺があんたに会ったのはこいつやあんたがこんくらいの時だからなぁ」
そう言って膝くらいの高さを手で示して今度は辺りをキョロキョロと見渡し始めた。
「カナタやキョウもいんだろ?」
「ああ、ちょっと待っててくれ、呼んでくる」
2人を呼びに甲板から中に入っていくソナタ。
「いやぁしかし大きくなったもんだなぁ」
「あの……ごめんなさい。私全然覚えてなくて」
「ははは、いいって。まだ小さかったからな」
リツさんはソナタの従兄弟にあたりずっと前から"海"で生活しているそうだ。
今回の件で少しでも私達と接点のある人間を寄越して安心させようという計らいだそうだ。
しばらくして2人を連れて戻ってきたソナタがリツさんを紹介する。
カナタは全く覚えてなかったがキョウは何となく覚えていたようで少し安心した。
◇◇◇
別れは私の思うより随分とあっさりしたものだった。
カナタとキョウはやはり艦に残ることはせずに"海の民"の街にいくことを選んだ。
私とカナタは抱き合って涙ぐみ別れを惜しんだが、キョウは軽く話をしただけでさっさとリツさんの潜水艦に入って行ってしまった。
「キョウって案外涙脆いとこがあるからさ」
カナタはそう笑い、私達は固い握手をして再会を約束し別れた。
ソナタと2人、甲板からゆっくりと"海"の中に消えていく鉛色の塊を見ても不思議と涙は出なかった。
「もう会えないってわけでもないからな」
「うん、そうだね」
私の手を握りそう言ってじっと海面を見つめるソナタの横顔を夕陽が照らしていた。
その後私は艦内に戻りカクさんやマコさんにいつもとおり色々な事を教わり1日を過ごす。
カクさんが言うにはとりあえずは東を向いて正体不明の艦に接触を図る予定だそうだ。
私達は海面下に、新たに"海の民"の街からきた戦艦は海上でそれぞれ哨戒にあたることになる。
打ち合わせが終わり艦内に戻ったソナタが出発の指示を出す。
「これより本艦は正体不明の艦の調査にあたる。敵か味方かはまだ分からん。くれぐれも油断するな!」
「「「はい!」」」
こうして私達はカナタとキョウと別れて一路東へと舵を切った。
◇◇◇
「おかしいな……」
「ああ、例の艦が見当たらない」
「ソナーにも反応はないっス」
「こっちも全然反応なしだよ」
目的地周辺についたのだけど周囲にそれらしい反応はなかった。
海上の艦も同じだった。
「引き返したか?」
「それにしては足が速すぎませんか?」
「距離的にこっからここっス。いくらなんでも見失うような距離じゃないっス」
机の上に置かれた地図を見て私達は首を傾げる。
「街の方は何て言ってる?」
「衛星にも写ってないそうだ」
「いったいどういうことだ……」
"海"の真ん中で忽然と消えた艦。
この後2日ほど周囲を捜索したけど手がかりは何一つ見つからなかった。
「上の艦隊は一旦引き返すそうですが、どうします?艦長」
「そうだな……俺たちはもう少し探してからにすると伝えてくれ」
「わかりました」
「何か気になることでも?」
艦長席で難しい顔をして考え込むソナタに私は声を掛ける。
「気になるってほどじゃないんだが……」
そう言ってソナタは地図の上を指でなぞった。
「街の衛星が監視できるのがこの辺りまでだ。で、俺たちが今ここだ。この艦のソナーの範囲はこの辺りまでだから……」
「ここより向こうにいればわからないってこと?」
「理論上はな。だがそう上手くこちらの索敵から外れれると思うか?」
「現実的に考えるとないっスね」
「だよなぁ」
ソナタとマコさんは同じような難しい顔をして黙ってしまった。
「可能性としては私と同系統の式番が乗っていればありうるでしょう」
急にブリッジ内にラナの声が聞こえた。
「ラナか?どういうことだ?」
「簡潔に言いますと私の式番は艦と同調しある程度なら動かすこともできます。それに衛星とも接続が可能ですから……」
「あの妙な動きもそうだって言うのか?」
「あくまでも可能性の話です」
「…………」
それっきりラナの声はしなくなった。
「ねぇソナタ、ラナはこの艦と……?」
「ああ、この上の制御室で艦と同調している。だからこの人数でここまで動かせるわけだ」
私達がそうやって話し合っている間に海上の艦隊はゆっくりと回頭し引き上げていく。
「それじゃあ、とりあえずこの辺りから探ってみるか」
地図を指してソナタがそう言うとギシギシと軋んだ音を立てて針路を変更し始めた。
「マコとミハルは索敵に集中してくれ!カクは操舵を、水雷室聞こえるか?」
「はぁ〜い、聞こえてるよ〜」
「いつでも打てるように準備は怠るなよ」
「大丈夫だよ〜準備おっけぇ〜」
一瞬だけピリッとしたブリッジはスズナちゃんの愛らしい声のおかげで和らいだものになった。
「よし、航路このまま、微速前進。ダウントリム、300を維持」
「微速前進、300を維持」
コポコポと空気をはきだし
「どうだ?」
「何にも引っかかってこないっス」
「こっちも何にも」
「そうか……なら……北か南か?」
「艦長どうします?」
「針路を南に!」
「了解」
ソナーには何も反応はなく艦は静かに南を向いて潜行していく。
「ん?艦長!5時の方角に反応っス!距離13000……潜水艦っス!」
「何!こんな時に奴らか!」
「ソナタ!11時の方角にも艦影!距離12000!数3!」
「ちっ!挟み撃ちか!」
「5時の方角、魚雷発射音!数6!距離11000!っス」
「こっちも!11時の方角!数8!距離10000!」
魚雷の数から見て相手は少なくとも4隻。
「
「囮射出〜」
スズナちゃんの、のんびりとした声が返ってきてブリッジのピリッとした空気が少し和らぐ。
「針路5時の方角!第2戦速!」
「艦長!どうするんです?」
「まぁまかせろ。きっちり沈めてやるから」
「わかりました。針路5時の方角!第2戦速!」
「前方から魚雷!数6!距離6000っス」
「後方からも!数8!距離7000」
「よし!魚雷1番から4番発射と同時に機関停止!急速潜航!」
「魚雷発射〜1番から4番〜」
「機関停止します。急速潜航」
「前方との距離5000っス」
「後方とは6000です」
「後方の囮の爆発音が聞こえたら全速前進!一気に距離を詰めて叩くぞ!」
「後方、まもなく接触します」
ドオオーンという音が響いてカタカタとブリッジの明かりが揺れる。
「よし!今だ!ノイズに紛れて前方の敵を叩く!」
「了解!全速前進!」
「前方魚雷との距離2000、まもなく接触するっス」
「接触と同時に魚雷5番から8番発射!そのまま突っ切れ!!」
激しい衝撃と共にブリッジが左右に揺れる。
「前方の艦!左舷に回頭!」
「ははっこの距離なら外さんよ」
また激しい衝撃がブリッジを襲う。
「命中!敵艦沈降して行きます!」
「よし!このままノイズに紛れて振り切るぞ!」
「はいっ!」
「ふぅっ何とかなったな」
「艦長〜ヒヤヒヤっスよ」
「ははは、まぁそう言うな。無事だっただろ?」
「全く……」
"海人"の艦を撃沈してブリッジ内が少し気が緩んだときに"それ"は唐突に現れた。
「ソナタ!緊急よ!すぐ真上に何かあるわ!」
ブリッジ内にラナの声が響きわたる。
「何?ソナーは?」
「何にも写ってないっスよ」
「うん、こっちも何も聞こえないよ」
「ラナ!何がある!」
僅かな沈黙の後、ラナが返事をする。
「わからない。でもすごく大きい……私達の街くらいはあると思う」
「馬鹿な!レーダーにも反応はないぞ!」
「間違いない」
「艦長、どうします?」
ブリッジ内をピリピリした空気が流れる。
「確かめるか……上がれそうな位置に移動後、浮上する!各自気を抜くな!魚雷は8番まで装填!発射準備はしておいてくれ!」
「「「了解です」」」
「さぁて、何がいやがるんだ?」
そう言ってソナタはどこか楽しそうにニヤリと笑った。
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