episode-7 邂逅
「艦長!間も無く海面に出ます!」
「よし!警戒は怠るなよ!」
ゆっくりと海面に浮上しいつもならその白銀の体躯を煌めかせるサンダルフォン。
たがこの時ばかりは辺りの様相は異なっていた。
「映像きます!」
「……何だ?これは?」
モニターに映し出されたのは一面真っ白な画面だった。
「霧……でしょうか?」
「こんな海のど真ん中でか?」
僅かな先すらも霞んでしまう程の濃霧が立ち込める中、私達はどうするかを悩んでいた。
ピーガーガー。
「通信?」
「……こちら……イル……ているか……ル……」
「ノイズが酷くて聞き取れんな」
「感度はこれ以上は……」
ピーガーガー、ガーガー。
「……サンダル……こ…ら……アズライル……いるか?」
途切れ途切れに聞こえてくるのはどうやら女性の声のようだった。
「アズライルだと?」
「ソナタ、知ってるの?」
「知ってるも何も、アズライルってのは俺たちの街の土台になってる
なおも通信は続いている。
次第に霧が晴れてきたのだろうか、通信も聞き取れるようなものになってきた。
「こちらアズライル12番艦、聞こえるかサンダルフォン」
「……ああ、聞こえている。こちらサンダルフォン、どうぞ」
はっきりと聞き取れるようになった声は私もよく知る声にそっくりだった。
「ラナ?」
「こちらアズライル。私はラキ、LA-KI型アンドロイド。サンダルフォン、入港を許可する」
「か、艦長っ!!!霧が……」
モニターに映し出されていた霧が急速に下がっていきそこに現れたのは巨大な艦だった。
いや、巨大なんてものではなくひとつの島のような風貌をしている。
モニターに映るのは一部なのだろうけど、木が生い茂りまるで海の中に森があるかのような感覚を覚える。
「繰り返す、サンダルフォン。貴艦の入港を許可する」
「どうしますか?艦長」
「行くしかないだろ?」
「罠……の可能性は?」
「ないだろうな。これだけの艦だぞ、そんな必要があるとは思えん」
「こちらサンダルフォン。入港の許可感謝する、どこから入ればいい?」
「こちらアズライル。ハッチを開ける、貴艦の入港を歓迎する」
私から見て少し西側の壁がゆっくり上下に開いていく。
長い間使われていなかったのだろうか、絡みついた木が音を立ててちぎれ飛び、土砂が海に大量に落ちていく。
黒く口を開けたようなその壁の穴に私達は入っていった。
入るとすぐに周囲に明かりが灯る。
おそらくは戦艦や潜水艦の搬入路だったのだろうが、壁には蔦や苔が茂り僅かに金属の鈍い光が見えるくらいで所謂洞窟のような体だった。
進むこと数分で開けた場所にでる。
「こ、これは……」
モニターに映し出された映像を見て私達は息をのんだ。
そこには何隻もの戦艦や潜水艦が整然と並んでいたのだ。
先日の"海の民"の戦艦に似たものやさらに大きなもの、私達のサンダルフォンによく似た形のものや小型から大型まで。
「まだこれほどの艦が残っていたとは……」
先ほどの搬入路とは違い壁や通路は綺麗にされており並んでいる戦艦や潜水艦にも傷一つなく、何者かが手入れしているのは明らかだった。
「24番ハッチを解放しています。停泊の準備を」
「了解した」
ラキに言われるままに停泊すると左右から巨大なアームのようなもので固定されて桟橋が伸びてくる。
「どうぞ、こちらへ。申し訳ありませんが現在私は動くことが出来ませんので」
「全員で行くか?」
「いや、何人かは残った方がいいだろう。何があるかわからないしな」
「そうっスね、自分とカクは残るっス。艦長とミハルさんで行くといいっスよ、あとラナさんも」
「ああ、そうする。ラナ聞いてたか!」
しばらくしてラナが返事をする。
「わかったわ。外に出るから表で合流しましょう」
「よし。じゃあ行くか」
そう言ったソナタの顔は少年のように輝いてみえた。
「ソナタ、楽しそうね」
「当たり前だろ?俺の予想だがここはまだ誰も来たことのない艦だ。こんな楽しみなことはないだろ?」
「ふふっそれもそうね」
ハッチを開けて外に出るとラナは桟橋の向こうで停泊している他の艦を眺めていた。
「ラナ、行くぞ」
「ええ」
「久しぶりね、ラナ」
「ミハルも元気そうでよかったわ」
今までのようにラナに話しかけるとラナも昔と変わらない笑顔で返事をしてくれる。
わたしはそれが何となく嬉しかった。
「誘導灯を点けますのでそれに従って下さい」
「わかった」
通路の先に赤いランプが点々と点いていく。
所々蔦や苔が生えてはいるがこの通路もまた何者かが手入れをしているようだった。
「ねぇ、ソナタ。ここって人はいるのかな?」
「多分……いないだろうな」
「どうして?」
「おそらくだが、ここを統制してるのはあのラキってアンドロイドだろう。もし人間がいるのならコンタクトを取ってくるのはそいつらになるはずだからな」
アンドロイドはあくまで人をサポートするために作られた存在のはずだ。
アンドロイドが単体で意思を持ち活動することはあり得ないとされている。
現にラナや南大陸で発見されたアンドロイド達は皆、眠りについた状態だったといわれている。
「じゃあ、わたし達にコンタクトを取ってきたあのラキってアンドロイドはいったい……」
「だからそれを確かめにいく」
「…………」
わたしとソナタの話をラナは黙って聞いていた。
「さぁ行こうか、あまり待たせるのも悪いからな」
薄っすらとついた灯りを頼りにわたし達は通路を進んでいく。
所々にある窓からは艦の上の様子が見てとれる。
木々に覆われて朽ちかけてはいるが、立派な街だったのだろう。
窓から見る街に人影はなくひっそりと静まり返り、まるで街全体が眠っているかのようだった。
「ここか……」
灯りを辿り、着いたのは大きな扉の前だった。
扉には荘厳さを感じる天使のレリーフが施されている。
「こんなところまで同じなんだな……」
レリーフを指先でなぞりながらソナタが呟く。
「ソナタの街の艦も同じものがあるの?」
「ああ、だからここが何なのかもわかっている。ここは……艦の制御室だ」
扉を開けわた達が目にしたものは……
「ようこそ、アズライルへ。サンダルフォンを駆るものよ」
辺り一面は無数の配線が這い回り、歩くスペースも僅かしかなく、壁や天井にも大小様々なパイプや配線が走っている。
そして、それらは部屋の中央部に座る女性に繋がっていた。
女性とは言ったが、見えるのは頭と片方の手だけ。
身体中に配線とパイプを繋げて座る女性はわたし達を確認するとゆっくりとめを開いた。
「はじめまして、私がラキ。このアズライルを任された者です」
「俺はソナタ、こっちはミハル。ラナはわかるよな?」
「はい、もちろんです。曲がりなりにも同形式の同胞ですから……」
「あなたがラキですか……」
「はい、ラナ。私はこの艦の制御システムそのものでありアズライルでもあるのです」
ラキはわたし達にその辺に座るように勧め静かに語り出した。
それは私達が知らない世界の歴史。
ラキ達の作られた時代、残された人類の希望を託された天使の名を持つ艦は全部で25隻。
アズライル型12隻とザハキエル型12隻、そしてサナトス型1隻。
その多くはこの数百年の間に海へと散っていった。
ラキが把握している艦はこの艦も含めて合計5隻、それがおそらくは最後の希望に繋がっているのだという。
ここを訪れる者にその航路を指し示すことが自分に託された使命だとラキは言う。
かつての人類が繁栄と栄光を謳歌した時代の唄を今に伝えるのが自分達であると。
ラキのいう最後の希望、サナトス。
その艦にはかつての世界の叡智と記憶の全てが納められているという。
その叡智と記憶があれば海に沈んだ都市や陸地を再び浮上させることすら可能だと。
「そんなものが……この"海"を漂ってるってのか?」
「はい、正確にはわたしと同じ『LA型』のアンドロイドが制御していると思われます」
「じゃあ他の4隻は?」
「それは……ひとつはあなた方"海の民"が、ひとつは"海人"と呼ばれるもの達が、そしてふたつは……陸地として留まっています」
「陸地として……?」
「はい、あなたはご存知なのではないですか?シシド ミハル」
「な、何故……私の名前を?」
先程、ソナタは私と自分を名前の部分しか言わなかったはずだ。
「あなた方のデータはザハキエル型9番艦からの通信により把握しております」
「9番艦……もしかして……」
私の問いに答えたのはラキではなくソナタだった。
「俺たちが育ったあそこは艦の上だったってことか?」
「その通りです」
私達がいたのは残された陸地ではなく巨大な艦の上だったってこと?
「正確には陸地に接舷した艦の上ということです」
「全部が全部ってわけじゃないのか?」
「はい、面積にして凡そ2割がザハキエル型9番艦になります」
ラキはラナと同じように淡々と語る。
「他にも数カ所、陸地を確認はしていますがそれが全てではないと思います」
ということは私達がいた街にもラナやラキのようなアンドロイドがまだ他にもいるってこと?
計器類に埋もれたラキは、僅かに動く手で近くのキーボードを操作して脇にある画面に何かを映し出した。
「現状ではサナトスへの航路はまだ解析が完了しておりませんが、大凡の位置は把握しております」
画面に映し出されたその航路の先は、かつて北極と呼ばれていた場所だった。
「ここからだとどれくらいかかるんだ?」
画面を食い入るように見ていたソナタがラキに問う。
「普通に航海するとすれば3ヶ月程度だと思われますが、現在の"海"の状態ですと半年は見たほうがよいかと思います」
「現在の"海"の状態?」
「はい、北側の"海"は海流が荒く通り抜けるのもかなりの労力が必要だと推測されます」
ラキが言うにはここより遥か北側は常に嵐が来ているような状態だそうだ。
海上もだが海面下も海流が非常に荒く通り抜けることが出来るとは言い切れないらしい。
嵐は定期的に来るらしく、何かしらの人為的なものだと思われ資格のない者はまず間違いなく通り抜けることは叶わないそうだ。
資格のない者……つまり世界のどこかにいるであろう『LA型』アンドロイドに導かれた者ということだろうか。
「そうか……さぁてどうしたもんかな」
そう言って腕を組むソナタな横顔はどこか楽しそうで、何かを企んでいるのは間違いないように思える。
「ソナタには何か考えがあるんでしょ?」
「ははっまぁな」
まるでオモチャを貰った子供のように瞳をキラキラさせるソナタを見て私は内心ため息をついた。
こういう所は昔からまるで変わっていないことが嬉しく思う反面、それが疎ましくもある。
「なぁ、ラキ。この艦は何処まで動かせるんだ?」
「……何処まででも……と言いたいところですが、私ひとりでは限界があります」
「現状なら?」
「嵐の手前まで……」
それを聞きニヤリと笑みを浮かべるソナタだった。
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