第22話

 ――私たちが貨物室で見たもの、それは最悪の光景だった。

 積み込んでいたデイモンの遺体が、動いていたのだ。

 あり得なかった。光を失った怪獣が再び動き出すなど今までの経験上あり得る話ではなかった。

 ライテスはデイモンの力を手に入れていた。石炭を喰らうこと、ダイヤモンドを作ること、どちらも可能になった。


「馬鹿な、こんなバカなことが……」


 あの巨大な腕が、その拳が、力なく虚空を掴む。

 そしてその先端からどす黒い油のようなものが流れ出した。

 

「スペンサー、港は近いんだよな……? 小舟でたどり着けるか?」

「ああ、恐らくは……」

「同乗者たちを逃がすぞ、まずはそれからだ」


 流れ落ちていたはずの黒い油が、不自然に沸き上がり始める。

 上に向かって、集まり、収束していく。

 なんだ、なんなんだこの動きは? いったい何が起きてこんなことになっている?


「……ナビア、この状況を伝えてきてくれるか?」


 言いながら貨物室のライフルを拾い上げる。

 弾丸は爆裂弾だ。……もしもあれが油なら一気に火が回るだろう。

 けれど、そもそもあれは油なのか? だとしたらデイモンと戦った時になぜ誘爆しなかった?


「スペンサー……分かった、私が戻るまで手を出すなよ?」


 ナビアが駆け出す。それと同時だ。

 虚空を握り締めていたデイモンの腕が落ちた。その力を失ったかのように。

 そして、流れ落ちていた黒い油がひとつの球体へと形を変える。そしてその奥に紫の光が見えて、隠れた。


(……別の色の光、だと?)


 デイモンの持っていた光は黒だった。ライテスが喰らったのもその色で、石炭を喰らうときダイヤモンドを作るときには黒い光を放つ。

 けれど、遺体から流れ出して、球体となったあの液体の持つ光は黒じゃない。紫色だ。

 ……経験上、怪獣が持つ光の色はひとつ。ライテスのように力を奪える怪獣ではない限りは。


「デイモンの中にいたのか……?」


 寄生虫のように、あの悪魔の中にいて、今になって外に出てきたのか。

 よりにもよって海を越えてセルタリスが間近だというこのタイミングで……!!

 

「キ、キ、シャァアアア……!!!!」


 球体の中から頭が出てくる。そしてそれは翼を広げた。

 ものの一瞬で巨大な翼竜へと姿を変えたのだ。

 マズい、このままではこの貨物室から飛び出していくだろう。そうなれば船が真っ二つになる!


「させるか……!!」


 その巨大な翼を狙い、爆裂弾を放つ。それは簡単に命中し、その翼に穴を開けた。

 予想以上に脆い……! これはやれるかもしれない。

 そう思った次の瞬間には、吹き飛ばされていた。鳴き声だけでこちらの身体は壁に叩きつけられたのだ。


(……クソ、なんて出鱈目な)


 ――次に目を覚ました時、私が目の当たりにしたのは抉れた船と天空に輝く紫色の太陽だった。

 セルタリスの街を、あの翼竜の光が染め上げている。

 ああ、なんて異様な光景だ。これを見れば、嫌でも思う。間もなく私の故郷は焼かれて消えるのだと。


「……フン、消えてしまえばいい。あんな故郷なんて」


 物心ついたときから1人だった。同じような親のいない子供たちの中で育った。

 自分は溝の中で生まれたのだと思った。自分は人の子供ではない。捨てられた屑の中から生まれたのだと。

 いけ好かない牧師に拾われて、彼に色々なことを教えられた。知識というものを身に着けて、彼の後押しもあってセルタリス商会に身を置いた。

 ……けれど結局は商会も私を選ばなかった。私ではなく、チェスターを選んだ。

 だから、消えてしまえばいい。この国に私を必要とする人間など居ないのだから。


「――ふふっ、お前やっぱり憎んでいたか。自分の故郷を」

「ナビア……?」


 いないと思っていた。私は逃げ遅れて、彼女は逃げたのだと思っていた。

 だってそうだろう。半壊した船で意識を失った男が目覚めるまで待つなんて、そんな奴がいるわけないと思って、いたのに。


「悪いな、スペンサー。お前には寝ている暇もなければ、燃える故郷を眺めている暇もない」

「……どうして、逃げなかった? 君だけなら救命艇に乗れたはずだ」

「ふん、いい加減に学べよ、スペンサー。私が君を見捨てて逃げることはないのだと」


 ……デイモンとの戦いを思い出す。

 足の動かなかった私を見捨てなかったナビアのことを。


「そして悪いな。君を逃がしてやれなくて。それもこれも必要なんだよ、あいつを倒すために、戦士がもう1人」


 紫色の強烈な光に照らされて、ナビアの瞳がギラついていた。

 ……なんて女だ。

 この状況下で、ライテスなしで倒すつもりなのか。あの怪獣を。


「身体は動くかな?

 燃え盛る故郷を見たい君には悪いが、私は君を怪獣をエウタリカに持ち込んだだけの大罪人にしてやるつもりはないし、リックの妻と子を死なせるつもりも、君の父上を殺させるつもりもない」

「父上、か……」


 そうだ、今、あの怪物が照らしている街には、あの牧師がいる。

 私を救ってくれたあの男が。そしてリックの家族がいる。

 かわいいリックの愛する者たちが。


「さて、スペンサー。怪獣退治を始めようか――」

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