第21話
チェスターからの手紙、それに記されていたのはセルタリス商会としての依頼だった。
内容は極めてシンプルで『デイモンの遺体を売ってくれ』というものだ。
メタリアを越えてエウタリカ全土にまでその名前を轟かせた”グランドアークの悪魔”の遺体であれば、展示にも研究にも使い道がある。
だからセルタリス商会で買い取りたい。同時に可能であれば私とナビア、そしてライテスも同行させて欲しいとも書いてあった。
今回のグランドアーク奪還戦を物語として喧伝するためだろう。あの男らしい動きだと感じた。
「――船というのは、落ち着かないな。まるで怪獣の背に乗っているみたいだ」
「怪獣の背には慣れているんじゃないのか?」
「私が慣れているのはライテスの背中だけだよ、スペンサー」
夜風が吹き付ける船の上、ナビアと何気ない会話を交わす。
最初の頃こそ酷い船酔いに襲われていた彼女だったが、セルタリスの灯台が見えてきた今となっては慣れたものだ。
……チェスターの依頼に応えたのだ。応じられなかったのはただひとつ、ライテスを船に乗せられなかったこと。それだけだ。
彼は今、ミネラスタの洞窟でゆっくりと休んでいる。
「まぁ、それでもようやく到着だ。あの港に降りればそこがセルタリス、私の故郷だよ」
「セルタリスというのは、国を指すんだったな?」
「ああ、エウタリカというのはここら辺の国家をひっくるめた総称だ。セルタリスはその中のひとつさ」
セルタリス商会というのも、国の名前を頂く商人結社なのだ。
ここら辺の関係性は、外からではすぐに理解するのは難しいだろう。
「しかし”お前に勝った男”か。楽しみだよ」
「……絆されるなよ? ナビア」
「ふふっ、どうだろうな。君から向けられる嫉妬は心地いいからな」
クスクスと笑うナビアが軽くこちらに口づけてくる。
……あの戦い以来、本当に何気ないタイミングでこうしてくるものだから、なんだろう。
とてもドキドキする。
「チェスター・チェンバースとは仲は良かったのか?」
「ああ、派閥争いをしたもの同士にしては仲は良かったと思う。同じ時期に商会に入ったんだ。長い付き合いだった」
あいつ個人への恨みはない。
ただ、私ではなくあいつを選んだ商会に居続けようと思えないくらいには強いライバル意識を持っていたのも事実だ。
チェンバースに負けたオルブライトとして商会に残る未来は、あり得なかった。
「……けれど良かったじゃないか。今のお前はメタリアの覇者だ。
お前以上の開拓者はいない。セルタリス商会の重役よりも素晴らしい地位を持っている」
ナビアの指先が私の肩に触れる。
彼女の言っていることも理解できる。そうだ、確かに今の私はあの日の賭けに勝った。
セルタリス商会を去り、新大陸の金鉱脈に全てを賭ける。その賭けに、私は勝ったのだ。
「……オルブライト防衛隊、か」
「ああ、お前はそのトップだ。横に並ぶ者はいない。
かつて競り負けた相手だろうが、今のお前は勝っているよ」
月明りに照らされるナビアの笑顔が、本当に美しかった。
あの日に突き付けられた無茶な契約を結んでいて良かったと改めて思う。
人生さえ明け渡すような契約だったけれど悔いはない。
「――なん、だ?」
船が大きく揺れた。港に近づいたからかとも思ったが、何か違うような気がした。
今まで人生において何度も船に乗ってきた。この手の大型船に乗ったのも初めてじゃない。
そしてその経験の中に、これと同じような揺れはなかった。けれど感じたことがある。この手の揺れを、私は感じたことがある……!!
「……スペンサー」
「ナビア……」
愕然とした彼女の表情を見ていると理解した。
今、私と彼女は同じ想像をしている。最悪の状況を想定している……!!
「向かうぞ、貨物室へ!」
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