第20話
――黄金の毛並みから離れ、台地に降り立つ。
右手には杖。医者はもう杖なんていらないと言っていたが、まだ怖いのだ。
下半身の感覚が曖昧で、すぐ消えてしまうんじゃないかと思う。
「ぐぅうう?」
ここまで乗せてきてくれたライテスが私に鼻を寄せてくる。
その鼻頭を簡単に撫でながら、笑いかける。
「ありがとうな、ライテス。ここまで連れてきてくれて」
大きな舌でこちらを舐めまわしてくるライテスを好きにさせてやる。
今日は畏まった服じゃない。別にダメになろうが大した問題ではないのだ。
しかし、本当に長かった。1か月だ。デイモンとの戦いを終え、身体が十全に動くようになるのにここまでの時間がかかった。
「ぐるるる……」
そして1か月の時間を経てもなお、デイモンの死体は動かされていない。
10メートルを超える巨体、鉄道計画には影響のない位置で死んでいること、そして何よりも”再び動き出すのではないか?”という恐怖。
全てがその処理を遅らせていた。
「どうするべきだと思う? ライテス」
「ぐぅうう」
こちらの質問の意味を知ってか知らずか、ライテスがデイモンの死体を突いている。
しかし、デイモンが無機物で良かったのかもしれない。
もしこれが生ものだったら今ごろ目も当てられないほどに腐乱していただろう。
(……実際、これの処理をどうするべきなんだろうな)
解体すれば石炭と同じなのか、それともダイヤモンドが体内で精製されているのか。
いや、そもそも腐らない怪獣の死体なんていうのは稀有だ。
最初に倒した岩の怪獣は倒したあと数日で風化して自壊してしまったけれど、これは1か月過ぎても問題ない。
解体するのではなく、この死体そのものに利用価値があるのではないだろうかとも思う。
「……ぐるるるる」
ライテスが台地に横になる。ちょうど日光浴には良い陽気だ。
そして彼の視線に導かれるままに彼の腕にもたれかかった。
……黄金の毛並みと彼の体温が心地いい。
(ナビアなしでライテスと過ごしてみるのは賭けだったが、意外と上手く行ったものだな)
そうして少し、ウトウトしていた頃だった。
馬のひづめの音が聞こえてきたのは。
……拳銃は持っていたな、なんてことを考えながら身体を起こす。
いいや、そもそもライテスを連れている私に対して盗み脅しの類いを仕掛けてくる阿呆がいるとは思えないが。
「――ライテスの乗り心地はどうだった? スペンサー」
「ナビアか。最高だったよ、彼には本当に良くしてもらった。
そっちこそ馬に乗るなんて珍しいじゃないか」
こちらの言葉に相槌を打ちながら馬から降りるナビア。
「それでどうしたんだ? 心配だったから実は後ろから着いてきていたとか?」
「うん、それもある」
ライテスと一対一で付き合ってみろと焚きつけておいてこれか。
ありがたい話ではある。
「それ”も”ということは何か他にも?」
「ああ、お前はずっと病室にいたからな。2人きりになりたかった」
彼女の言葉に若干ドキリとする。
けれど、続けざまに彼女が懐より引き抜いた封筒を見るとそんな気分も吹き飛んだ。
「――その封書、いつ届いた?」
「今日の朝だ。安心しろ、そこまで抱えるほど愚かではない。
君の古巣からの手紙だろう? スペンサー」
ナビアの言葉に頷く。
封筒の種類を見ただけでそれは分かったし、押されていた封蝋を見て確信した。
これはセルタリス商会からの封書だ。
「……チェスターから、か」
受け取った封筒を開き、まず差出人を確認した。
いや、差出人を見る前から分かっていたかもしれない。
字体を見れば分かるのだ。懐かしい男の文字だと。
「……古い友のようだな?」
ああ、そうか。ナビアにセルタリス商会時代の話は、あまりしたことがなかった。
チェスター・スターレットは、名前さえ出したことがなかったんだ。
「――親友であり、宿敵だった。私は、奴に負けてここに来たんだ」
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