第18話
「ッ、こんなことなら翼のある怪獣を食っておけば……!」
「そんなの戦ったことないし、翼を生やす特性とかじゃないと模倣できないんじゃないのか?」
「真面目に考えるな!!」
ワイヤーで全身を固定したデイモンが、その巨大な拳を振り下ろしてくる。
それを器用に避けながら、時にワイヤーに飛び移りつつ本体へと近づこうとしていく。
……しかし、ここまで足場が不安定な戦いも初めてだ。
「グゥウウ……!」
追加で射出されたワイヤーがライテスの頬を掠め、足場としていたワイヤーが崖から引き抜かれる。
回避させてから足場を奪ってくるとは本当に用意周到だ。だが、こちらも引き抜かれる直前に高く跳躍していた。ナビアの判断だ。
「倒すぞ、ライテス!」
「ガァアアアア!!!!」
ワイヤーを飛び移りながら、本体に向けて炎を放つ。
溢れ出ている黒い光に向けて。
……もう少し近づければ、あの光を奪えるのに!
「ッ――――!!」
炎を吐くという攻撃を行ったのが隙だった。そこを突かれてデイモンの腕に吹き飛ばされていた。
「クソッ、ナビア……!」
もはやライテスの背に乗り続けることさえできなかった。
放り出された宙の中、ナビアの身体を抱き寄せ、彼女を庇う。
彼女さえ生きていればいい。私よりも彼女の価値の方が大きい!
「……スペン、サー?」
背中から落ちた。ナビアを庇うことは出来たらしい。
けれど、呼吸が難しい。相当に強く全身を打ち付けてしまったらしい。
ここはどこだ? 周囲に崖が見えないということは、谷に落ちたのではなく、台地の上に投げ出されたと考えるべきか。
「……ナ、ビア。ライテスは、どこだ?」
視線を動かした先、台地の上にライテスが転がっていた。
石化は間に合っておらず、叩きつけられたダメージがそのまま入っている。
とても動ける状態に見えない。
「ライテス……ッ!!」
ナビアの悲鳴が聞こえる。デイモンがライテスに迫っていた。
トドメを刺すつもりだ。完全に殺すつもりで……!
「ッ、クソ、腕が……」
ライフルが壊れていなかったのは、運が良かった。
けれど、腕に力が入らない。ライフルを構えていられない……!!
「スペンサー!」
咄嗟にナビアが私の腕を支えてくれる。ライフルを支えてくれる。
「もう少し下だ、ナビア」
「……こうか?」
ナビアに支えられながら狙いを定めていく。
眼だ。デイモンの目を狙う。あの蠢く球体なら1発でもダメージが入るはずだ。
浅く息を吐き出す。深く息を吸いたかったが、どうもこの怪我ではそれさえできないらしい。
(……行け!)
指先に力を籠め、引き金を引く。
放たれた弾丸、秒以下の時間が過ぎ、爆ぜた。
蠢く球体は抉れ、デイモンは悲鳴のような重低音を響かせる。
そして、あいつは標的をこちらに変えた。
「……ナビア、君だけで逃げろ」
デイモンの標的がこちらになったと分かった瞬間にナビアは私を連れて逃げようとした。
けれど、動かないのだ。私の足はもう動かない。
動けない人間を連れて逃げる事は不可能だし、私が囮になればナビアは問題なくライテスと合流できる。
このためだ、このために私はナビアを庇ったのだ。
「スペンサー……?」
「……ライテスと合流しろ、デイモンを倒せ」
――ああ、こんなことになるのなら、この依頼を受けなければよかった。
身の程を知り、グランドアークの悪魔に戦いなんて挑まなければよかった。
けれど、よかった。ナビアを助けることができて。彼女の野望はまだ潰えはしない。
「私は、良い相棒だっただろう? 世界、征服の足掛かりに……」
「――私は、お前を捨て石にするつもりはない」
ナビアが強引に私を抱えようとする。
「……ダメだ、共倒れするぞ!」
ここで口論をしても時間の無駄だ。だから口で言いつつ、私も動こうとした。
けれど、動かないんだ。本当に足が動かない。
「ナビア! 良いから捨てろ! 私を捨てて逃げろ!」
私の言葉にナビアは応えない。ただただ強引に動かない私を連れて行こうとする。
自分の肩で私の肩を持ち上げて、そのまま進んでいこうとする。
しかし、デイモンはこちらに迫っている。あの腕でこちらを叩き潰すつもりだ。
「ナビア――ッ!」
力の入らない腕で彼女を突き飛ばす。
……ああ、相変わらず綺麗だ。翡翠色の瞳が本当に美しい。
「スペンサー、お前……ッ!!」
そのまま地面を転がると思った。立っていられるだけの力が残されていなかったから。
けれど、ナビアが私の腕を引いた。満足に突き飛ばすことさえできなかったのだ、私は……!!
――覚悟した。ナビアさえ救えない最期を、私は覚悟した。
「……大砲?」
しかし、私とナビアは潰されていなかった。
それよりも前にデイモンの背中で爆発が起きたのだ。
ライフルの爆裂弾よりも大きい爆発を見て、私は理解する。
魔術師殿が用意していた大砲だ。爆裂弾の前身である大砲を使ったんだ。
対岸に陣を展開したのだ。
「ふふっ、流石は防衛隊だな――」
フッと浅い笑みを零し、ナビアが笑う。
そして次の瞬間、私の呼吸は塞がれていた。
彼女の吐息が流れ込んでくる。唇の甘い感触を理解する。
「――じゃあ、ちょっと怪獣退治に行ってくる。ここで待ってろ、スペンサー」
私に口づけたナビアが私の身体を抱きしめ、そして静かに横にする。
デイモンは既に大砲へと標的を変えていてこちらには見向きもしていない。
だが、このまま放置していれば、今度はガンマンたちがやられる。
だからナビアは駆け出した。彼女自身だって無傷という訳でもないのに。
「ライテス、来い――ッ!」
駆け出したナビアが叫び、ライテスもまたそれに応える。
そして彼女は、黄金の獣の上に飛び乗った。
「……獣の魔女か」
思えば、これが初めてかもしれない。自分がライテスに乗っていないのは。
怪獣を操るナビアを遠くから見つめるのはこれが初めてかもしれない。
だって、いつも私は一緒に跨っていたから。
「――やってやれ! ナビア! ライテス!!」
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