第17話

 なぜデイモンには腕しかなかったのか。なぜ足を持たなかったのか。

 その理由は、たった今、理解した。

 グランドアークの狭い峡谷、台地に走る裂け目。この場所で生きていくのに足など必要なかったのだ。


「谷を渡ってやがる……!!」

「追うぞ、スペンサー。もう一度奇襲を受けたら確実に死者が出る」

「おい、まさか……?!」


 ”吹かれるなよ? 臆病風に”


「――ッ、冗談?!」


 台地を駆け抜け、宙に躍り出る。重力に引かれ、落下の恐怖が全身を襲う。

 そんな中、ライテスは爪を立てた。デイモンの巨体へと。


「掴んだ……ッ! 行け、ライテス!!」


 ナビアが叫び、ライテスは進む。

 一歩、また一歩と進み、谷を渡るデイモンに完全に取り付いた。


「無茶苦茶やりやがって……!」

「それくらいしなきゃ倒せないだろう? こいつは」

「……確かにな、こいつの両腕は塞がっている!」


 デイモンはその巨大な両腕で谷を渡っている。腕を広げている。

 だから攻撃の手段が2つ潰れているのだ。尻尾さえ黙らせられれば、もう攻撃の手段はない。

 そう、今みたいにダイヤの槍を放たれる直前に、爆裂弾で軌道をズラせば……!


「……上出来だ、スペンサー」


 次の瞬間、ライテスの炎がデイモンの身を焼き始める。

 無機物の身体が炎熱に赤く染め上げられていく。そして、その奥から黒い光が溢れ出した。

 黒い光、これが意味するものは2つある。1つは怪獣の特性である光が露出するほどに深い傷を負わせたということ。

 そしてもう1つは、今再びこの怪獣の力が発現するということ……ッ!!


「ダイヤの槍など……ッ!」


 同じ攻撃をしてくると思った。あの尻尾からダイヤモンドを放ってくるのだと。

 けど違った。実際に起きたのは、全身から真っ黒いワイヤーを放つ事だった。

 弾丸のような速度で放たれたワイヤーが、ライテスの身体を貫かなくて良かったと思う。

 しかし、これはなんだ……? なぜ四方八方に向けてワイヤーなんて――


「――マズい、飛び退け! 腕が来るぞ!!」

「ッ……ライテス!!」


 ワイヤーを伝い、崖にまで飛び退くライテス。

 ……そして自分もまたナビアの身体を落ちないように支えていた。

 こんなアクロバティックな戦闘になると分かっていれば、命綱でライテスと自分たちを繋いでいたのに。


「なるほど。腕以外にも、この谷を移動する術を持っているということか」


 ナビアの言ったとおりだ。腕で谷を渡れないときには、こういう風に無数のワイヤーを射出する。

 そして谷の狭間で巨体を安定させるんだ。

 しかもこのワイヤー、ライテスが渡れる程度には頑丈だ。

 いったい何で出来ているのかは分からないが、恐らくは石炭に類する何かなのだろう。


「……かなり危険だが、相手も手負いだ。勝ち目がない訳じゃない」

「分かってる。あれだけ光を零しているんだ。ここで決着をつけよう」

「グゥウウウウ……!!」


 デイモンの目玉が回転する。

 鏡面のように反射する黒い球体がグルリと回り、こちらに狙いを定める。

 あちらもあちらで完全にこちらを殺すつもりという訳だ。


「――来るぞ!」

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