第10話

「――爺さんとは、何を話した?」


 ミネラスタの長である祖父を交えた会食を終え、ナビアの私室で文字に起こした契約書の文面を確認する最終作業中。

 貸してもらったゆったりとしたミネラスタの装束も相まって少しだけ気の緩んだ頃合いだった。

 彼女が私にそんなことを聞いてきたのは。


「……なぜエウタリカ人は、自分の土地で満足しないのか?という話だった」

「ふむ、君はどう答えた?」

「飢えた若者が富を求めれば、外に広がるしかない。そう答えた」


 こちらの回答に軽い笑みを浮かべるナビア。


「君は、飢えた若者だったのかな? その若さで金鉱山の主になった君が」


 ……元セルタリス商会のメンバー、今は金鉱山の主。

 確かに外から見れば私という人間は恵まれた立場の人間なのだろう。

 多くのものを私は得てきた。親が誰かも分からず、清貧なる牧師に拾われたあの頃が嘘のように。


「ミネラスタというのは、この土地の名前だろう? 土地の名前をそのまま自分たちの名前として使っている」

「ああ。君たちエウタリカ流にナビア・ミネラスタなどと名乗ってはみたが、ミネラスタに住むナビアという程度の意味合いしかないよ」

「……私のオルブライトという名前は、とある牧師の名前なんだ」


 彼女は、こちらの言葉に質問をしたいように見えた。

 けれど黙っていてくれた。私の言葉の続きを待ってくれていた。


「孤児を集めて育てる奇特な男でね。とても慕われていたし、彼がいなければ今の私はないだろう」

「ほう、親を持たない子供だったという訳か……戦争で?」

「いいや、私が生まれたころに戦争はなかった。ただ単に捨てられたらしくてね。親が誰なのかさえも分からないんだ」


 こちらの言葉に首を傾げるナビア。


「親が分からないか……それは同じ村の人間ではないということか? 外の人間が捨てていったと?」

「ああ、セルタリスはそれなりに大きな国でな。その首都となると故郷がどこなのか分からない連中ばっかりさ」

「……なるほど。正直なところ想像がつかないな、ミネラスタでは親の分からない子供は殆どいない。親が死んだ子供なら多いが」


 そう言いながらナビアは器に水を汲んでくれた。

 

「――君もそう、なのか?」

「やはりよく見ているな」


 ナビアの言葉に、静かに頷く。彼女の祖父は現れたが、両親は今の今まで見ていなかった。

 この集落を離れているという訳でないのなら、死んでいると考えるのが当然だ。


「……それこそ戦争でね。エウタリカの連中に殺された」


 翡翠色の視線が冷たく突き刺さる。

 ――彼女が”獣の魔女”という異名を得たという戦争のことなのだろう。

 ミネラスタ人はエウタリカ人を憎んでいるから危険だと言っていたけれど、それは自分のことじゃないか。


「どうしてだ……? どうして君は、仇敵である私と手を組もうとする?」

「仇敵? 君が? どうして?」

「私がエウタリカ人だからだよ、違うかい?」


 本気で疑問を抱いていた。私の言葉を、ナビアは本気でおかしいと思っていたんだ。


「確かに君はエウタリカ人だけれども、私の仇敵ではないよ。

 私の仇敵は、もう私が殺したんだ。自分の手で、念入りに」


 呟くナビアの瞳が、怜悧で、美しかった。


「それでもどうして、君は私と手を組もうとする? エウタリカ人は、君たちにとって侵略者だろうに」


 どうしても聞かずにいられなかった。

 だって、彼女には怪獣という力が、ライテスという切り札がある。

 私なんかと手を組まずとも、あの金鉱山を奪い取れるのだ。なのに、どうして。


「……君たち全員を殺し尽くす力が、私にはないから」


 さらりと告げてみせる彼女に、息を呑む。


「もしライテスと私でエウタリカ人全てを殺し尽くせるのなら、私はそうしていたかもしれない。

 けれど、そうじゃないということは嫌というほどに思い知っているんだ。前の戦いでね」


 殺し尽くせないから手を組む、か。

 随分と大胆な思考を持っているものだと思う。


「だから私と手を組むと……?」

「そうだ。私とライテスには怪獣を殺す力がある。それがあれば君は金を掘れる。金を売る経路を君は持っている。

 君と手を組めば、私はエウタリカ人と戦う必要がなくなる。怪獣さえ倒せば富を得られるようになる」


 ……エウタリカ人と怪獣の両方ではなく、怪獣だけを倒せば富が手に入る。

 私が味方になることで金の流通経路を使うことができる。とても合理的な思考だ。

 恐ろしいくらいに。


「合理的だな、ナビア」

「ああ、君たちの好きな考え方だろう? それにだ、今のエウタリカ人たちは怪獣のせいで随分と困っているらしいじゃないか」

「そうだな。メタリアの至る所で怪獣は掘り起こされているし、そのたびに採掘は止まっている」


 こちらの言葉にニヤリとした笑みを浮かべるナビア。


「その全ての怪獣を私たちが倒し、その全ての鉱脈で採掘される利益の半分ないし3割程度をいただいたらどうなると思う?」

「ッ……?! 本気か、君は本気でそんなことを考えて……」

「本気も本気だよ、スペンサー。だから君を仲間に引き込んだんだ。エウタリカ人に変な反発をされないように」


 それで、彼女の求めた契約は、あの鉱山ひとつではなく”今後に私が鉱山から得る利益の半分”だった訳か。

 いったい、どこまで壮大な絵を描いているんだ。この女は。

 本当にゾッとするくらいに大胆で、美しい。


「なぁ、スペンサー。私は思うんだよ。我々ミネラスタの過ちは、土を掘り起こさなかったことだと。

 ライテスという味方を、彼の親の親の代から神と崇めることしかしなかった。彼と共に他の怪獣と戦ってでも富を得ようと思わなかった。

 それが間違いだった。閉じた停滞を望んだからライテスは1人きりになってしまったし、我々はエウタリカ人に蹂躙されている。本当なら、我々がエウタリカ人を蹂躙していたはずなのに。

 災禍を恐れ、黄金ごと全てを封じた。だから我々は奪われる側に成り下がった」


 ッ……!! だから、その過ちを取り戻そうというのか。

 彼女はライテスの力を使い、メタリアから目覚める怪獣を倒し尽くし、その分だけの富を巻き上げようというのだ。

 私はその最初の人間で、他のエウタリカ人との交渉を進めるための橋渡し。ああ、なんて、なんて壮大な計画に巻き込まれたのだろう。


「スペンサー、私は君が生涯に得る富の半分を貰い受ける。けれど悪くない契約だったと思わせてやるよ。

 お前は今から、この世で一番の富豪になるんだ。全ての開拓者から富を得ることによって。

 君と私とライテスの力で、開拓を妨げる怪獣を殺し、開拓で得られる富をかき集めようじゃないか」


 ――怪獣を殺せる武器をくれ、怪獣を殺す力をくれ。そういう需要は極限まで高まっている。

 そしてウィルドマスター社はまだその方法を確立できていない。しかし、彼女の手の中にはそれがある。

 行けるんじゃないか? これほどまでに壮大な計画だとしても実現できると思える。怪獣をもって怪獣を殺すことができれば。


「……まるで世界征服だな。メタリアからの富を押さえられれば、エウタリカなんて目じゃないほどの富を握ることになるぞ」

「ふふっ、良いじゃないか。そうか、世界征服か――」


 笑みを零すナビアがこちらに契約書を渡してくる。

 ほとんど出来上がっていて、あとは署名を書き記すだけの契約書を。


「――では、スペンサー・オルブライト。この私と共に世界を征服しようじゃないか?」

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